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Case2:≪無限菓子壺≫②

「リウちゃん、リウちゃん。今日が何の日か知ってるっすよねえ? まさか何も用意してないとか……いや、それとも敢えてイタズラされたい系?」

 他の部署があるフロアに足を踏み入れようとしたとき、あたしは軽薄そうな青年にそう声を掛けられた。ニヤニヤと好色そうにこちらを見てくる青年へと、あたしは左腕にぶら下げた菓子店のロゴが入った紙袋を持ち上げてみせる。

「そうならないようにこれ持ち歩いてるんですけど。ルースさん、これどうぞ。それじゃ良い夜を」

 ルースへと可愛らしくラッピングされた焼き菓子の包みを手渡すと、あたしは扉の魔力認証装置へと右の手のひらをかざす。

「お、これ本命?」

「そんなわけないでしょう。ただの義理です。本命は他所でもらってくださいよ」

 冷たく言い返しながらドアを開けて執務室の中へ入るあたしの背後で「つれないなあ」お菓子の包みを手の中で弄びながら、つまらなさそうにルースが口を尖らせていた。

 良い夜を、というのは前世でいえばハロウィンにトリックオアトリートと言ったり、クリスマスにメリークリスマスと言ったりするのと似たようなものだ。午前中のうちににカタンに説明してもらって、頭では理解していても、まだ午後になったばかりなのになんだかなあという気分になる。

 あたしがこのフロアに来たのは決して義理配りではない。調査部のデスクのある辺りに目的の人物の姿を見つけ、あたしは話しかける。

「アトリさん、今ちょっといいですか……って、あっ」

 まるでヨークシャテリアとトイプードルを足して二で割ったような雰囲気の少年じみた可愛らしい顔があたしの顔を見上げている。あたしよりも明らかに若く見えるのに、既にこの部署の管理職の地位にある彼は、両手で持ったドーナツを今まさに齧ろうとしたままの姿でこちらを見ていて何だかやたらとあざとい。

「あ、ごめんなさい……あとで出直します……。あたし、忙しい人の貴重なおやつタイムを邪魔するほど野暮じゃないつもりなので……」

 すごすごと引き下がろうとするあたしに、いいですよ、と苦笑しながらアトリは持っていたドーナツをデスクに置いた。デスクの上には書類と同じくらいの量のお菓子の箱が山のように積み上がっている。前にカタンと一緒に調査部を訪れた際に、アトリはチャラいとカタンが言っていた覚えがあったがどうやら事実だったようだ。

「ええと……なんかすみません……。ところで、先日、取引先から問い合わせがあった件なんですが、調査状況ってどうなってますか……? そろそろ、ヴィーユさんにも報告して、今後の方針を決めなきゃいけないんですけど……」

 ああ、とアトリは年齢不詳の小型犬じみた顔に申し訳なさそうな表情を浮かべると、

「ルースが今キュレーションを進めてる最中なんですよね……。ただ、あいつプライオリティ高い案件の調査をパラでやってるから、こっちで考えうるオルタナティブを提示できるまでにはもうちょっと時間がかかりそうです」

 頭の中にカタカナが氾濫してしまったあたしはちょっと待ってください、とアトリを押しとどめ、ジャンパースカートのポケットから単語帳を取り出す。プライオリティが優先度、パラが並行という意味だということくらいはわかるが他がわからない。あたしはぱらぱらとその場で手作りの単語帳のページを繰っていく。キュレーションは情報を集めて整理すること、オルタナティブは代替案という意味のようだ。あたしがわからない単語を調べている間、アトリは何食わぬ顔でドーナツを齧っていた。

「ちなみに今日中に取引先にはヴィーユさんのほうから回答する予定だったんですけど、いつくらいまでならできます?」

「デッドラインっていつです?」

 ドーナツを食べ終えたアトリは何食わぬ顔であたしの問いの答えを質問で返した。デッドラインって、何でこの人は端からギリギリを攻める気満々なのだろう。あたしははあ、と溜め息をつくと、

「とりあえず、目処が立ったらあたしに連絡くれます?」

「わかりました。僕の方でも、ルースを捕まえ次第、プッシュはしておきますね」

 よろしくお願いします、と軽く会釈をして、あたしはアトリのもとを去ろうとしたとき、あたしはずっしりとした重量感を主張する左腕の紙袋の存在を思い出した。ルースに渡したのと同じ焼き菓子の包みを私は取り出すと、

「ところでアトリさん、これいります? 見た感じ、何かもう色んな人からもらった後に見えますけど」

「いりますいりますー!」

 まんまるにした目を輝かせるアトリにバターの匂いがする包みをあたしは差し出した。

「どうぞ。それじゃあ、あたしは失礼しますね」

 良い夜を、と定型文的にあたしは言うと、今度こそアトリの席を後にした。

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