Case1:≪記憶眼鏡≫⑤
「あのっ……大変申し訳ございませんでした!」
開口一番にそう言ってがばっと頭を下げたあたしに、カタンはようやく戻ってきたかと朗らかに笑う。
「ま、カフェが混んでたんなら仕方ねえよな。お前にコーヒー頼んだの俺だし」
「えっと、そういうわけじゃ……」
否定しようとするあたしに対し、まあそういうことにしとけとカタンはにやりと口元を歪めた。
カタンはあたしからコーヒーを受け取り、口をつけながら、
「さっき、カイのところに行って話を聞いてきた。何でも、昨日の夜、開発部の若いヤツが家で作業しようと思って、お前が使ってた≪記憶眼鏡≫を申請なしに持ち出したんだと。それで、その馬鹿が帰りに酒場に寄って泥酔しちまって、≪記憶眼鏡≫の入ったかばんを忘れてきたらしい」
「それで……≪記憶眼鏡≫は出てきたんですか?」
あたしが恐る恐る聞くと、カタンはおう、と頷く。
「酒場のマスターが朝早くに王国軍の詰所に届けてくれていたらしくてな。本人からエスカレがあってから、念のために軍に問い合わせてみたら届いてるってことで、本人とあそこの上司のラヴァンとで取りに行ってきたってよ」
あたしは平たい胸を撫で下ろした。ようやく少し生きた心地がした。コーヒーを一気に飲み干し、空になった容器をあたしへと突き返すとカタンは言葉を続ける。
「それで今、アネッサが子分どもを総動員して、中のデータに不正アクセスした形跡がないか調べてるってさ」
「アネッサさんの子分って……ケルンさんとかエメットさんとかですか……?」
あいつら今夜は帰してもらえねえぞ、とカタンは笑う。その一因たるあたしは一体どんな顔をすればいいかわからない。
「まあ、さっきカイのところ行った帰りにアネッサのところに寄ってきたけど、今のところは大丈夫そうだって言ってたぞ。お前、古い≪記憶眼鏡≫をカイに渡す前にデータも消さなかったけど、プロテクトの解除もしてなかっただろ?」
「あ……」
言われてみればそうだった。あたしは忙しさと面倒臭さから本当に何もせずに、古い≪記憶眼鏡≫をカイにそのまま渡していた。
≪記憶眼鏡≫の中にあるデータを他人が見ようと思ったら、基本的には持ち主にプロテクトを解除してもらうか、メンテナンス用の権限を使って無理矢理こじ開けるかの二択だ。あたしがカイに渡したときの状態のまま、開発部の人が≪記憶眼鏡≫を持ち出したのであれば、業務情報が流出している可能性は恐らく低い。
「よかった……」
あたしはへなへなと床に座り込んだ。しかし、カタンはそんなあたしに釘を差すことだけは忘れない。
「わかってるだろうけど、絶対にこれを『よかった』で済ますんじゃねえぞ。一歩間違ったら、うちの会社の信用ガタ落ちの大事故になるところだったんだからな。よーく肝に銘じとけ」
はい、とあたしは頷いた。すると、カタンは手早くデスクの上の資料を片付け始め、
「じゃ、俺は帰るわ。さっさと帰って犬の散歩行かないと、うちの嫁さんこえーから」
それじゃおつかれー、とひらひらと手を振りながら、カタンが颯爽と退社していくさまをあたしは呆気にとられながら見送った。時計は定時から五分が過ぎた十八時五分を指していた。