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Case1:≪記憶眼鏡≫②

 上のフロアに行き、あたしは出社してきていたアネッサと話をした。たぶんあたしのせいではないというのに一方的に色々と聞かれまくってへろへろになりながら、企画部の横を通って部屋の外に出ようとしていると、男の声に名前を呼ばれる。

「カイさん」

 今朝、爽やかに問題事を持ち込んできた男があたしに向かって手招きをしている。仕方なく、カイのところに寄っていくことにしたあたしは、

「何ですか? まさかとは思いますけど、また何か面倒な話じゃないですよね」

「今朝の件は申し訳ないと思ってるよ。それであれ、どう? 今、リウちゃんボール持ってたよね? クライアントからプッシュされててさ」

 開発部が無茶苦茶なことをしているのが顧客に露見し、早急に確認をするようプッシュ――急かされていたため、後付けとはいえ、どうにか社内の関係部署の間だけでも認識と口裏を合わせるために、つい先程まで奔走させられていたのはあたしだ。はあ、とあたしは深々とため息をつくと、

「さっきアネッサさんにも確認してもらったんで、うちの内部的には大丈夫ですよ。もう本当、こんなことやめてくださいね金輪際」

 開発部にもよーく言っておいてくださいとあたしが半眼で言うと、カイは苦笑した。

「わかった、ありがとう。それはそうと、お詫びと言ったらなんだけど、新デザインの≪記憶眼鏡≫(メモリー・グラス)の試作品が開発部から上がってきたんだけど、試してみない?」

 目の悪いあたしが、この世界への転生直後、とりあえず眼鏡を欲しがったところ、上司のカタンがどこからか余っていたという≪記憶眼鏡≫(メモリー・グラス)を一つ調達してきてくれたのだが、デザインが滅茶苦茶にダサいことの上ない。太い黒縁にぐるぐるとした牛乳瓶の底のような、前世の世界ではアニメや漫画以外ではお目にかかったことのない強烈なビジュアルだ。デザイン面について、あたしがカタン相手に色々とぶうたれたところ、いつの間にか企画部や開発部に話が伝わり、若い女性をターゲットにするため、カラー展開を増やして追加で発売することになったらしい。商売というのはどこにきっかけが転がっているかわからないものなのだなあとあたしは思う。

「あっ、今回は前よりはかわいい感じなんですね」

 というか随分対応早いんですねと感心しながら、あたしは差し出された≪記憶眼鏡≫(メモリー・グラス)をカイから受け取る。赤いフレームにピンクのチェック柄のテンプル。レンズもぐるぐる瓶底ではなくちゃんと常識的な範囲の厚さだ。デザインが少々子供っぽい感は否めないが、前よりは格段にいい。この会社の商品は開発が早く、商品のバリエーションも多岐にわたる代わりに、絶妙に垢抜けなかったり安っぽいデザインのものが多い。それを考えれば、これはかなりいいほうだ。

「まあ、うちのアセットはオポチュニティを逃さず、アジャイル開発できるところだからね。バジェット案出したときはこれでペイできるのかって上に渋られたけど、こうしてブラッシュアップできたのはリウちゃんのおかげだし、これならコモディティ化が進んでいる現状に一石を投じることができそうだよ。だけど、レンズに関してはうちのラインじゃ無理だったから、他社にOEMの依頼したんだけど。そうそう、この商品のアンバザダーには社交界のインフルエンサーとして有名な伯爵令嬢をアサインする予定だよ。なんてったってこの商品のペルソナはリウちゃんみたいな若い女の子だし」

 誰かとよっぽどこの件の話がしたかったのか、つらつらと謎のカタカナを口から紡ぎだすカイにあたしは頭痛を覚える。単語帳を自席に置いてきてしまったので、何を言っているのか全然理解できない。あたしのうろ覚えの知識でどうにかカイの言葉を翻訳すると、「社内の上層部には予算的に渋られたもののあたしの意見が新しい商売のチャンスを生み、他社との差別化が図れそう」という意味になるだろうか。そして、この商品を社交界で影響力のある伯爵令嬢に宣伝してもらうつもりというようなことを言っていたようにも思える。

 あたしは新しいデザインの≪記憶眼鏡≫(メモリー・グラス)を持ってとりあえずさっさと退散しようと、

「あの……カイさん、仕事あるのでそろそろ失礼しますね」

「あ、ちょっと待って」

「……まだ何か」

「開発部が古い≪記憶眼鏡≫(メモリー・グラス)について、リウちゃんから直接フィードバックしてほしいって言ってたんだけど」

「嫌ですよ、仕事あるって言ったじゃないですか」

 引き止められたあたしは、カイの言葉に露骨に嫌そうな顔をすると、彼はあたしの反応を予測していたのか、だよねえと頷く。じゃあさ、と彼はあたしの顔を手で示すと、

「その古い方の≪記憶眼鏡≫(メモリー・グラス)預かっていいかな? 開発部もそれ使って自分たちでデータマイニングくらいはやるだろうし」

「はあ……どうぞ……」

 データマイニングって一体何だろうと思いながら、≪記憶眼鏡≫(メモリー・グラス)を新しいものに付け替え、あたしは古い≪記憶眼鏡≫(メモリー・グラス)をそのままカイへと手渡す。積み上がった業務で忙しいし、よくわからないけれどカイがこう言うのだから、あたしが開発部に顔を出さずとも適当にいい感じにやってくれるのだろう。詳しく聞くのも面倒だし、もう何でもいいから好きにしてくれ、とあたしはすっかり投げやりな気分になっていた。

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