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Case3:≪蓄塵機≫⑤

 あたしが執務室に戻ってくることができたのは、十八時を数分過ぎたころだった。

 アネッサに呼び出されてから、上のフロアの面々に混ざって、いくつも≪光刃筆≫(ライトニング・ダガー)≪蓄塵機≫(ダスト・スイーパー)を開き、中身を改める羽目になった。

 上のフロアは、あたしとカタン二人きりの支援部とは違い、人数の多い場所が多い。人数が多い分、設置された≪蓄塵機≫(ダスト・スイーパー)の数も段違いに多かった。

 最後の方にあたしが開けた開発部の≪蓄塵機≫(ダスト・スイーパー)から、奇跡的にも行方不明になっていた≪記録(フラグメント)欠片≫(・クッキー)は発見された。アネッサやヴィーユからはお手柄だと褒められたが、そんなことがどうでも良くなるくらいあたしは疲弊していた。

「おかえり」

 どんよりとした顔で戻ってきたあたしを何でもなさげに迎えたのはカタンの声だった。あたしが上のフロアに行っている間に雑誌は二冊目に突入したらしく、タイトルが『ホリデーウィークに行く! 愛犬と泊まれる宿百選』に変わっている。

「カタンさん、何でまだいるんですか? いっつも定時死守しないと奥様にどやされるだのワンちゃんにそっぽ向かれるだの言ってるのに」

 あたしがそう聞くと、あのなあとカタンは苦笑した。

「さすがに大事な部下にだけ仕事させておいて、俺がさっさと帰るのは違うだろ。俺は、お前からの報告を受けるために、お前じゃどうしようもなくなったときのためにここにいるんだ」

 わかるか、とカタンに聞かれて、この人はそういえばそういう人だったとあたしは思う。この人は一見怖そうに見えるけれど、部下に対しての情は篤い良い上司だ。普段が普段なので忘れがちになるけれど、この人にはこういうところがある。

「リウ、お前が≪記録(フラグメント)欠片≫(・クッキー)見つけたってアネッサから聞いたぞ」

「情報早いですね……あたしが上から戻ってくるのに五分も掛かってないのに」

 まあな、とカタンは目尻に皺を寄せた。カタンはこういう顔をすると、普段は強面に埋もれてしまっている良いおじさん感が露わになる。

「リウ、よくやったな。お疲れ」

 カタンは雑誌をデスクの上に置くと、あたしのほうに拳を突き出した。あたしも握った手をとん、とカタンの拳へと突き合わせた。

 カタンはあたしから手を離すと、読んでいた雑誌を通勤鞄へとしまった。年齢を感じさせないすらりとした体にカタンは黒のトレンチコートを羽織ると、

「ほら、これ以上、厄介ごとに巻き込まれないうちに帰るぞ……って何やってるんだ?」

≪蓄塵機≫(ダスト・スイーパー)のフィードバックです。さすがにこんなことに巻き込まれたからには一筆書かないとあたしの気が収まらないですよ」

 もう業務外なのに仕事熱心だなあとカタンは呆れたようにあたしの手元を覗き見る。

「何々……『吸い込む対象にしていいものとしてはいけないものを区別するための機能を実装してほしい』? 何だこれ、わかりづれえな」

 カタンはタバコの匂いが染み込んだ手であたしからペンを奪い取ると、さらさらとフィードバック用紙に何かを記していく。それを見ながら、いかにも大人の男性の字といった感じだなあというどうでもいい感想をあたしは抱いた。

「えっと……『今回のヒューリスティックを活かして、カバレッジの制限のためにスクリーニング機能をインプリメンテーションしろ』? ……カタンさん、こっちのほうがよっぽどわかりにくいじゃないですか」

 あたしが口を尖らせると、それは仕方がない、とカタンは一笑に付した。

「リウはまだ、レムーン語初心者だからな。慣れればこれがいかに洗練された言語かわかるようになる」

「嘘だあ……」

 あたしはじっとりとカタンの顔を見る。互いの視線が絡み合い、どちらからともなくぷっと吹き出した。

「ほら、帰るぞ。その紙は俺に貸せ。上で適当に誰かから煙草巻き上げついでに、企画部に叩きつけて来てやる」

 カタンはすっとあたしの手元から、フィードバック用紙を抜き取った。「さっさと支度しろ」フィードバック用紙を四つ折りにしてコートのポケットにしまいながら、カタンの声があたしを急かす。

「あ、はい!」

 あたしは来年も使う書類一式をサイドデスクの中にしまって、魔力認証で鍵をかける。慌ただしく帰り支度を済ませて、あたしは白いコートを羽織り、バッグを持つ。

「ほら、行くぞ」

 サイドデスクに鍵がかかっていることを確認すると、あたしは執務室の扉の方へと大股で歩いていくカタンの背を追いかけた。

 カタンが魔力認証で扉を開けると、あたしもそれに続いて執務室の外へ出た。廊下を進み、階段の近くまでくると、それじゃあなとカタンは軽く手を上げた。

「リウ、気をつけて帰れよ。ボナネ!」

 はい、とあたしは頷くと、今日初めて口にする言葉を発した。

「カタンさん。ボナネ!」

 おう、とカタンは口の端を上げると、階段を上がっていった。それを見送ると、あたしは通用口のある一階へと向かって階段を下りていく。

 今年はこの世界に転生し、いろいろなことがあった。言葉も文化も違い、戸惑うことも多くあった。仕事上の問題だって、大きいものから小さいものまでたくさんのことを経験した。

 あたしは年末の挨拶一つとっても、まだまだ知らないことが多い。それでも、カタンをはじめとする、温かで個性的な人々のそばでならこの先もやっていけるに違いない。

 来年は一体どんな一年になるだろうか。どんな経験を重ね、何に泣き、何に笑うのだろうか。

 間近に迫った新しい一年と、先ほどの言い慣れない言葉の感触に薄い胸を弾ませながら、あたしは通用口の扉を押し開けた。

 冴え冴えとした冬宵の空には、やがて訪れる新しい年を一足早く寿ぐように、星々が煌めきを放っていた。


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