Case3:≪蓄塵機≫④
不要な書類の処理が済み、あたしは≪記憶眼鏡≫の中のデータを整理しながら、終業時間を待っていた。
「リウ、お前真面目だなあ。この前の聖夜のときといい、もう少しゆるーく生きてもバチは当たらないとおじさんは思うぜ?」
≪記憶眼鏡≫のデータ除去作業を脇から覗き込みながら、カタンは感心半分呆れ半分といったふうに言った。その手には『愛犬と一緒に楽しめる! ホリデーオードブル特集!』などと書かれた雑誌があり、最早仕事をする気など微塵もなさそうだった。
「カタンさんが緩すぎなんですよ……それに、前に≪記憶眼鏡≫の件で重大インシデントになりかけたことがあったじゃないですか。≪記憶眼鏡≫は便利ですけど、何かあったときのことを考えると、なんでもかんでも突っ込んでおくのは考えものだなあって。それで、今日は時間があるから、大掃除ついでにいらないデータも整理しちゃおうと思ったんです」
なるほどなあ、とカタンはさして興味もなさげにおざなりな相槌を打つ。カタンは興味のない話題に対しては大抵こういう反応しか示さないので、あたしも気にせずに手を動かし続けていく。
そんなふうに思い思いに午後の時間を過ごしていると、時計が十五時半を示した。その身に染みついた習性に従って、カタンは席を立とうとしたが、今日は煙草ないんだったなどとぼやきながら椅子に座り直した。
そのとき、前世の世界の林檎印のスマホを思わせる軽快な音楽が、カタンのデスクの隅に放置された≪星信貝≫から流れ始めた。
「ん?」
何事だとでも言いたげにカタンは≪星信貝≫をトランシーバーのように手に取った。
巻貝状の魔法アイテムの中から聞こえて来たのは、穏やかでざらついた中年の男――営業部のヴィーユ・ラントの声だった。
「あ、お疲れ様です、ヴィーユです。年末なので、≪記録欠片≫のインベントリ確認をアコールさんとしてたんですけど、どうにも一個だけ足りてなくて。≪蓄塵機≫に分解されちゃった後かもしれないですけど、念のため支援部でも探してもらってもいいすか?」
≪記録欠片≫とは、前世でいうところのUSBメモリにあたる。ジャムリングクッキーのような形状をしているが、土の魔力によって作られたれっきとした魔法アイテムであり、永続的な記録媒体としては安価なため、国内の企業でも普及が始まっていると、前に斜め読みした魔法アイテム読本に書かれていた。
「えー」
明らかに嫌そうな声をカタンは上げる。携帯性のある記録媒体を紛失したともなれば大事である。しかし、カタンとあたしはあまり上のフロアで実作業をすることがないため、≪記録欠片≫がなくなったと言われても心当たりはない。
「うちは関係ないですよー。大方そっちでやらかしたんじゃなーい? アトリちゃんとことかエメットくんとかやりがちでしょー?」
相手をおちょくるように間延びした口調は柔らかい。しかし、こういうときほどカタンの目が笑っていないのをあたしは知っている。
「ははは……いやいや、そこをどうにかお願いしますよ」
上長同士の和やかそうで和やかじゃない一通りの腹の探り合いが済み、風と光の魔力による通信――星間網通信を先に切ったのはヴィーユのほうだった。カタンは肩をすくめてこちらを見る。
「リウ。今の聞いてただろ? ちゃっちゃと片付けるぞ。この後の俺の平穏なホリデーライフが掛かってる」
「は、はあ……」
そこは嘘でも自分たちの潔白を証明するためとでも言って欲しいところだったなあとあたしは思う。口調は冗談めかされていても、目が本気だ。よほど、愛する妻と犬に臍を曲げられたくないらしい。
「それで、あたしはどうしたらいいですか?」
「俺はデスク周りを探す。お前は≪蓄塵機≫の中を探せ」
わかりました、と頷くと、あたしは≪蓄塵機≫の解体のために、デスクからペンのようなものを取り出した。これは≪光刃筆≫――ナイフのような魔力アイテムだ。光の魔力で空間を捻じ曲げることで、空間の開け閉めができるようになっている。こんなものが普及してしまっては、国内における盗難被害が急増しかねないとのことで、このラーゼン社では発売が無期延期となっている。
あたしはペンの背をノックすると、小さな光の刃を出した。デスクの上の≪蓄塵機≫をひっくり返して脚部の裏を露出させる。脚部の裏にあたしがそっと≪光刃筆≫を這わせると、刃が撫でた場所に光の粒子をまとった筋が現れる。
光の爪痕の中へとあたしは片手を突っ込んだ。ごそごそと脚部に詰まったものをあたしはデスクの上にすべて引っ張り出していく。ほとんどがいらなくなった書類ばかりで≪記録欠片≫などどこにも見当たらない。
「カタンさん、この中には無いですよ。バルーンの中は知らないですけど、調べようがないですし」
「ああ。俺の方もざっと確認したけど、デスク周りにはなさそうだな。ヴィーユさんには支援部には関係ないってことで報告しておく。そのゴミは≪蓄塵機≫の中に詰め直しておけ」
「はーい」
あたしは光る痕跡の中へと書類を突っ込み直した。≪光刃筆≫の背を光の筋の上に走らせると、≪蓄塵機≫の脚部にできていた空間の歪みは何事もなかったかのように消えていった。
なんだかなあ、とぼやきながらカタンが≪星信貝≫を再び手に取ると、発信より着信が先にあった。今度は一体何事だ、とカタンは嫌そうな顔をしながらも、はい、と星間網通信に応答する。お疲れ、とカタンが一応の挨拶をしようとするのを遮って、早口なアネッサの声が≪星信貝≫から飛び出してきた。
「あっ、カタンさん? ≪記録欠片≫の件って誰かから聞いてる? 心当たり探そうにもこっちも人手足りてないから、リウちゃん借りたいんだけどいい?」
カタンに巻貝をこちらに向けられ、あたしは項垂れた。アネッサがこう言っているからには、あたしには拒否権などない。諦めるべきだということをあたしを見るカタンの目が雄弁に語っていた。
「……はい、アネッサさん。あたし、リウです。これから、そちらに伺いますね」
「よろしく、助かるー!」
そう言うと、アネッサは一方的に通信を切った。あたしははあ、と溜息をつく。アネッサは間違いなくあたしたち支援部を自分が自由に使える子分だと思っている。
「そういうことらしいので、あたし、上行ってきますね……」
おう、と返事をしたカタンの目はどこか憐れむような色を含んでいた。
あたしは≪光刃筆≫の背をノックすると、光の刃をペンの中に引っ込める。ブラウンの花柄のスカートのポケットに≪光刃筆≫を突っ込むと、あたしは魔力認証の扉を開き、執務室を出ていった。




