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Case3:≪蓄塵機≫③

「カタンさん、『ボナネ』って何ですか? 今日、いろんな人から言われるんですけど」

 そうだった、これどうぞ、とあたしは少し緩くなったレモンティーのカップをカタンへと押し付ける。これは聖夜のときのカタンへのせめてもの礼のつもりだったが、何だか気恥ずかしくてその色黒の顔をまっすぐに見られなかった。

「おう、サンキュ。だけど、これどうした?」

「み、ミルクティー買おうとして間違っただけです! あたし、レモンティーはそんなに好きじゃないので、カタンさんにあげます! カタンさんは確かレモン派ですもんね!」

 あたしが早口に捲し立てると、そういうことにしておいてやるよとカタンはからりと笑った。照れ隠しもこの前のお礼であるということもすべてカタンには見透かされているような気がした。

 カタンはカップを傾け、うっすらと湯気の立つ琥珀色の液体を楽しみながら、「おっこれ、なかなか美味いな」機嫌良さげに目を細めた。

「これ、どこのだ?」

「裏の『切り株亭』です」

 不要な書類をあたしは≪蓄塵機≫(ダスト・スイーパー)に吸い込ませながら、今日の昼食を摂った店の名前を答えた。相変わらず≪蓄塵機≫(ダスト・スイーパー)の奏でるトルコ行進曲の旋律が癇に障る。

 ああ、とカタンは得心したような相槌を打つと、

「いつも昼時に行っても入れない、あの店か。……で、そうだ、確か『ボナネ』が何かって話題だったか」

 カタンによって話題を引き戻され、そうですとあたしは頷いた。

「さっき、『切り株亭』でも言われましたし、午前中、アトリさんとかカイさん、ヴィーユさんにも」

「そりゃ、このまま何事もなく年末まで過ごし、幸せな新しい年を迎えられるようにっていう祈りの言葉だ。リウは年越し迎えるのが初めてだから、知らなくても無理はないか」

「なるほど……」

 旧い年を無事に送り、新しい年を迎えるための祈りの言葉。それはきっと、前世の世界で年末になると交わし合っていた『よいお年をお迎えください』という言葉と同義なものなのだろうとあたしは思った。

「おい、リウ。ぼーっとしてるなよ。社員証、≪蓄塵機≫(ダスト・スイーパー)に食われかけてる」

「う、うわあ!」

 前世の世界の習慣に思いを馳せている間に社員証が書類と一緒に≪蓄塵機≫(ダスト・スイーパー)に吸い込まれかけていた。あたしは慌てて社員証を引っ張り戻す。

「こんな年末に面倒ごとは俺は嫌だから、気をつけろよ? 社員証の再発行、当事者だけじゃなく上長の俺も手続きかなり面倒くせーんだから」

「き、気をつけます……」

 わかればよろしい、とカタンは再び紅茶を飲み始める。たまに指が伸びる先は、先日の聖夜の件であたしがもらったかりんとうの≪無限(スウィート・)菓子壺≫(スプリング)だ。かりんとうとレモンティーはいささかミスマッチじゃないだろうか。あと、昼食後なのによくあんな脂っこいものをぱくぱく食べられるな。

 あたしが呆れながら、カタンを眺めていると、今度は廃棄対象ではない書類が≪蓄塵機≫(ダスト・スイーパー)に吸い込まれかけていた。

「あっぶな!」

 あたしは書類を引っ張り戻した。しかし、無理矢理引っ張ったせいで、書類の隅が親指一本ぶんくらい欠けてしまっている。

(……まあ、大事なところの文字は残ってるしいいか)

 あたしは今しがたの小事件を大雑把に片付けると、手に持った書類を保管用の箱へと入れていく。

 ゴミが溜まり始めたのか、≪蓄塵機≫(ダスト・スイーパー)の上の赤いバルーンが膨らみ始めている。手元で奏でられる焦燥感を煽るメロディーは、調律の狂った弦楽器のように音が歪み始めていた。


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