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Case3:≪蓄塵機≫②

 午前中のうちに今日中の書類を押し付けるべく、あたしは調査部のアトリの元を訪れていた。あたしたちの場所以外が集まるこのフロアではいろんなところで≪蓄塵機≫(ダスト・スイーパー)が熱心に仕事をしているようで、会話が成り立たないくらいうるさい。終わらないトルコ行進曲の輪唱で頭ががんがんする。

「これ……うるさくないですか……? 音楽鳴らすにしてももう少し他のチョイスがあったんじゃあ……」

 げんなりしたあたしがアトリにそうこぼすと、あったらしいですよ、と彼はヨークシャテリアやトイプードルのような小型犬めいた愛らしい顔でこちらを見上げながら頷いた。あたしを見る丸い目がどこまでもあざとい。

「たとえばこんなやつですね。トゥトゥルー、トゥトゥルー、トゥルルルルッルー」

「……」

 アトリが冒頭の一節を口ずさんでくれた曲はこれは『クシコスの郵便馬車』に酷似していた。どうしてこの会社は微妙にイラッとくる曲しかチョイスしてこないのか。

 他にもありますよ、とアトリが教えてくれたのは、『ワルキューレの騎行』やら『熊蜂の飛行』やら『カルメン組曲』やらとやはり聞いていて妙にイラっとする曲ばかりだった。カルメンだけは少しマシなような気がしないでもないが、決して一日中聴いていたいものではない。頭がおかしくなりそうだ。というかそもそも何でこの世界に前世の世界のクラシック音楽によく似た曲がこんなにも存在しているんだ。謎だ。

「リウさん、リウさん、これ確認したんで戻しますね」

 押し付けたはずの書類一式に全てアトリのサインがなされ、あたしに押し戻されてきた。どうやら、アトリは次の回覧先であるカイのところにこの書類を持っていってくれるつもりはないらしい。

「ありがとうございました。それじゃあ失礼します」

あたしは書類を腕に抱えると、アトリへと小さく頭を下げた。踵を返したあたしの背をアトリの少年じみた声が追いかけてきた。

「リウさん、ボナネ!」

 ボナネって何だったっけ。自席に置いてきた単語帳を心の中でめくるが、それらしき単語は見当たらない。一体何なんだろうと思いながら、あたしはその場を後にした。


 午前中のうちに今年最後の案件の承認を関係各所からもらってくることができたあたしは、少し余裕のある気持ちでランチを楽しむことができた。聖夜の日が年内の最終営業日だった会社も多いのか、いつか行ってやろうと思っていた会社の裏路地にあるカフェにすんなり入ることができてあたしの機嫌は上々だった。

(カタンさんに何か買っていってあげようかな……煙草がなくて口寂しいとかってぼやいてたし)

 店を出ようとしていたあたしは足を止め、レジの上に掲げられたメニュー表を仰ぎみる。どうやらテイクアウトのコーヒーと紅茶がそれぞれ銅貨四枚のようだった。

「すみません、紅茶いただけますか? テイクアウトで。砂糖とレモンありで」

 あたしはカフェ店員の爽やかな青年へと上司の好みを告げていく。カタンはコーヒーはいつもの店のものにこだわりがあるし、ここは紅茶にしておいた方が無難だろう。

 お待たせいたしました、とあたしはほのかに湯気の立つカップを店員の青年から手渡された。青年が描いたのか、カップにはペンで雪の結晶がいくつもあしらわれていて可愛らしい。カタンのあの強面にはさぞかしミスマッチだろう。あたしはくすりと忍び笑いをした。

 紅茶の代金を追加で支払うと、あたしはカランとベルの音を鳴らしながらドアを開けた。暖炉の焚かれた室内とは異なる突き刺すような寒さにあたしはラベンダーのニットの背を縮こまらせた。

「ありがとうございました! またお越しくださいませ! ボナネ!」

 すぐ近くだからといって自席にコートを置いてきてしまったのは失敗だったなあなどと思っていると、閉まりゆく扉の隙間からまたあの言葉が追いかけてきた。

(ボナネって今日何回も聞いてるけど、何なんだろう……あとでカタンさんに聞いてみよう)

 そう心に決めると、温かな紅茶のカップで暖をとりながら、あたしは自分の勤めるラーゼン社の建物へと向かって、来た道を戻っていった。


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