Case2:≪無限菓子壺≫④
「戻ってこねーと思ったら何、面倒ごと押し付けられてやんの。ウケる」
自席に戻り、アネッサから面倒ごとを押し付けられた顛末をあたしが話すと、雑誌を読んでいたカタンは愉快そうにげらげらと笑った。笑い事じゃないですよ、とあたしはカタンの強面を半眼で見やる。
「そういうわけだから、カタンさん。一緒に来てくださいよ。魔力管理室」
「何でだよ。今日は聖夜だし、定時で帰らなきゃだから俺はそんなことにかかずらわってる暇なんてないの。夕飯に一秒でも遅れてみろ、嫁さんは一言も口利いてくれなくなるし、俺のかわいいフルーヴくんにもそっぽ向かれるっつーの」
定時がどうのこうのと言っているが、今はまだ十五時半である。定時まではあと二時間半ほどある。業務時間中に雑誌を読む余裕がある暇人が何を言っているのだろう。
煙草を手に立ちあがるカタンの腕をあたしは掴むと、
「まだこの時間ですし大丈夫ですって。それに、魔力管理室に入り込んでいるのが、幽霊ならまだいいですけど、うちの会社に損害を与えようとしている外部の人間とかだったりしたらどうするんですか?」
ええー、と露骨に面倒臭そうな顔をするカタンにあたしはなおも言葉を重ねて言い募る。
「そういうのと出くわしちゃったら、あたし一人じゃどうにもできないですよ。あたし、瓶の蓋を自力で開けられないどころかペンより重いものなんて持てないか弱い女の子ですから。その点、カタンさんなら強そうですし、いてくれるだけでも百人力ですよ」
「か弱いとか一体どの口が言ってるんだっつーの。ってか強そうって、リウお前一体どこ見て判断しやがった?」
「顔ですね」
カタンは街を歩けば、通りすがりの子供に泣かれるほどの強面だ。しばらく一緒に過ごしてみれば、甘いものと犬とジョークが好きな優しくお茶目なイケオジであることがよくわかるのだが、あたしも最初のうちはこの人のことを怖がりながら過ごしていた。
「お前なあ……ったく、仕方ねえな。可愛い部下に何かあっても困るし、一緒に行ってやるよ。ま、煙草の後でよければ、だけどな」
何か温かいものでも飲んで時間潰してから来いよ、とカタンはあたしに銅貨を三枚ほど押し付けると、手をひらひらさせながら執務室を出ていった。
会社の向かいにある公園内のカフェで買ったミルクティーを飲み終えたあたしは、紙のカップをゴミ箱に放り込んだ。陰り始めた公園内を吹き抜ける風が、温まったばかりの体を容赦なく冷やしていく。さむ、とあたしは肩を縮めながら、会社の建物の外にある喫煙所へと顔を出す。
カタンさん、とあたしが長身の上司の名を呼ぶと、彼はこちらを見ておう、と返事をした。カタンは吸っていた煙草を黒いスチールの灰皿に押しつけて消すと、
「行くか、魔力管理室」
はい、と頷くとあたしはカタンの後をついて会社の建物の中へと戻っていく。前を歩くカタンの背からは、彼が好んで吸う煙草がほんのりと香っていた。
あたしとカタンが地下への階段を降りていくと、魔力認証形式の扉があった。言っていた通り、アネッサが入室申請をしていてくれたようで、装置があたしの魔力反応を認証するとカチッと小さく音を立てて扉の鍵が開いた。
「おい、リウ。これ持っとけ」
カタンは草のようなものをズボンのポケットから取り出すと、あたしに手渡した。ありがとうございます、とあたしはそれを受け取ると、先端を折り曲げる。折り曲げたところから先がぼんやりと光り出して、辺りを照らした。
わらしべ長者に出てくるわらしべに酷似したそれ――≪蛍草≫は暗いところを照らす懐中電灯のような魔法アイテムだ。中に入った光の魔力で辺りを照らすことができるという、サイリウムによく似た仕組みとなっている。
あたしとカタンは≪蛍草≫を手に、薄暗く肌寒い魔力管理室の中へと足を踏み入れる。こんなことなら、上着を着てくればよかったとあたしは後悔した。
部屋の中には魔力の詰まった培養槽のようなものが立ち並んでいた。これが恐らく魔力タンクと呼ばれているものだろう。これらに詰まった魔力は、普段はアネッサの部下であり、魔力管理技師の資格を持つ技術部のエメットにより管理され、この会社の建物内や併設された生産設備へと供給されている。
レムーン王国の国民は皆、多少なりとも魔力を持っている者がほとんどだ。しかし、軍に入って従軍魔術師となったり、魔法技術者になれるほどの魔力を持ち合わせている者は少ない。
エメットは、高いレベルの魔力を保持する稀有な存在だ。国家資格である、魔力管理技師の資格を若くして難なく取得したほどの高いポテンシャルの持ち主であるが、軍に入ってしまうと推し活のための休みが取りにくくなるという理由で、このような民間企業に籍を置いているらしいともっぱらの噂である。あたしの前世の概念でいえば二・五次元ドルオタといったふうで、普段は何考えてるかよくわからなくて少しとっつきにくいところのある彼だが、すごい人であることは間違いない。
あたしとカタンは薄暗い部屋の中を≪蛍草≫で照らしながら、不審人物がいないかどうかをつぶさに確認していく。暗がりから何かが飛び出してくるような事態に備えて、あたしを背後に庇うようにしながら部屋の奥へと進んでいくカタンの背中が頼もしくて心強い。なんだかんだと文句を言いながらも、こうやって部下を守ろうとしてくれるカタンの姿勢は、尊敬できるし、安心する。あたしを蔑ろにして放置する割に仕事と責任だけは押し付けてきた前世の上司と違って、カタンはとても好感の持てる人だなと改めて思う。
赤青緑黄、白や紫の光を湛えている数多の魔力タンクの周りをあたしたちは丁寧に確認して回ったが、誰かが潜んでいる様子はない。部屋の一番奥まで来たとき、カタンがあたしを振り返り、
「リウ、何もいないみてえだぞ。やっぱこれ、幽霊がうろついてたってことにしとけばいいんじゃねえか?」
笑いながら肩をすくめるカタンにそうですね、とあたしは頷く。もう一回煙草吸って戻るかーなどといったことを宣っているカタンへと、戻りましょうかと声をかけて踵を返したとき、こつんとあたしのブーツの足先に何かが触れた。
「カタンさん」
ちょっと待ってください、とあたしは手に持った≪蛍草≫で足元を照らす。光の魔力が入ったタンクと闇の魔力が入ったタンクの隙間から可愛らしいピンク色のマカロンが転がり出していた。




