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Case2:≪無限菓子壺≫③

 本来だったら、アトリから受けた報告を持って、営業部のヴィーユのもとを訪れ、今後の方針を相談するつもりだった。しかし、肝心のアトリから調査結果の報告を聞けなかった以上、改めて出直す必要がありそうだった。

 仕方ないから一度自席に戻ろうとあたしが踵を返し始めたとき、いつの間にか背後から近づいてきていた男の声に呼び止められた。

「リウちゃん、今ちょっといい?」

 あたしが振り返ると、一ヶ月に一度しか剃らないらしいという噂の無精髭を生やしたクマのような雰囲気の中年男性が立っていた。

「ヴィーユさん、お疲れさまです。あ、そうだ、これどうぞ」

 あたしははちみつの香りがするクッキーの包みを紙袋から取り出して、ヴィーユへと手渡した。どうも、と受け取るヴィーユの目は絵本に出てくるクマのように優しげで嬉しげだ。

「例の件、進捗どうっすか?」

「アトリさんいわく、まだかかるそうです」

 困ったなあ、とヴィーユはクマじみた顔に苦笑を浮かべると、

「早めに回答できればクライアントとネゴる余地もあったんだろうけど、このままだとエクスキューズすらままならなくなるんですよねえ……」

 ぶつぶつと愚痴り始めるヴィーユに適当に半笑いであたしは相槌を打つ。ネゴるは交渉する、エクスキューズは言い訳するとかそんな感じの意味だったはずだ。というかなぜ、この人は会うたびにオチも意味もない愚痴をあたしにぶつけていくのだろう。謎だ。

 ヴィーユは一通り愚痴ってすっきりしたのか、そういえば、と話題を変える。

「知ってます? 魔力管理室に幽霊が出るって話。聖夜だからですかねえ、ってアコールさんやカイさんは言ってるんすけど」

「幽霊ですか?」

 聞き返しながら、あたしは眉根を寄せる。聖夜にはご先祖様の霊が子供たちにプレゼントを持ってくるとかなんとかとカタンが今朝言っていたので、聖夜だから幽霊が出るというのはまあ理解できないでもない。だけど、魔力管理室のような重要な施設に何かが入り込んでいるのは問題ではないだろうか。

「魔力管理室の責任者やってるエメットくんが推し活とかいうやつ――好きな女性歌手の聖夜コンサート行くとかで今日休みなんすけど、魔力管理室の魔力タンク以外から魔力反応があるらしいんすよ。一応警備の人が外から確認したらしいんすけど、魔力管理室には誰もいなくって」

 誰もいないはずなのに魔力反応があるとは、なかなかホラーな話だなあとあたしは思った。とはいえ、あたしにさほど関係のある話でもないので、聖夜を楽しむためのスパイスだとでも思っておくのが良さそうだ。

「そういえばヴィーユさん、そこに置いてあるのって≪無限(スウィート・)菓子壺≫(スプリング)の新味ですか?」

 キャビネットの上に置かれた壺を見て、あたしはカタンに問うた。≪無限(スウィート・)菓子壺≫(スプリング)とは、地水火風の四属性の魔力を特定のバランスで配合したカートリッジを差し込むことで、特定の種類のお菓子を無限に沸かし続ける壺だ。チョコや飴、クッキーなどが既に発売されているが、ここにあるラインナップは煎餅、かりんとう、甘納豆と西洋ファンタジー風の世界のはずなのに異様に和風で渋い。一体どこの層にウケるんだ、これ。

「そうそう。聖夜に合わせて、今日発売になった新味なんすけど、『ユーザーエクスペリエンスにイノベーションを』みたいなキャッチコピーで売り出すことになってるんですよ」

 イノベーションって何だっけと思いながら、あたしは単語帳を取り出してぺらぺらと捲る。イノベーションは革新や改革――つまり、ユーザ体験に改革を起こそうというのが今回のコンセプトのようだ。確かにこの西洋ファンタジー風の世界で、和風なお菓子を売り出すのはイノベーションには違いないだろうが、いくらなんでも思い切りが過ぎないだろうか。

 何だかなあと思いながら話を切り上げると、「良い夜を」あたしはその場を後にした。


 技術部の面々の席が固まった辺りを通り過ぎようとしていると、あたしは執事のような服装に身を包んだ三十代後半くらいの塩顔美人――アネッサに呼び止められた。男物の細身の執事服が引き立てる涼やかな彼女の美貌に一瞬眼を奪われつつも、一体何を押し付けられるのか、それともあたしが何かやらかしたのだろうかと内心で戦々恐々としながらあたしは足を止める。

「な、なんですかアネッサさん。あっ、お菓子いります? 今日聖夜ですし」

 あからさまに警戒するあたしに苦笑しながら、アネッサはじゃあもらおうかな、と手を伸ばす。あたしは大酒飲みのアネッサが好みそうな、お酒に合うというチョコレートの包みを紙袋から取り出して、彼女へと手渡した。アネッサの二人の子分――どこかでMTGに顔を出していると思われるケルンと今日は休みを取っているというルースの席にも同じものを置いておく。中身をだいぶ配り終えて、紙袋が軽くなってきた。

「リウちゃん、魔力管理室の話って誰かから聞いた?」

「幽霊がいるとかいないとかって話なら、さっきヴィーユさんから。アネッサさんがそういうの気にするの珍しいですね、どうかしたんですか?」

「ずっと魔力の反応がしてるっていうか、魔力錬成がされ続けてるみたいなんだよね。倉庫とかトイレとかみたいなもっとどうでもいいところで起きた話なら、今日は聖夜だしってことで私も放っておくんだけど」

 あたしはこの話の向かう先を理解してしまった。恐らくアネッサは、あたしに魔力管理室を隅々までしっかり確認してこいとでも言うのだろう。

「そういうわけだから、リウちゃんちょっと魔力管理室確認してきてくれない? あそこが何かまずいことになってたら、会社中が困ることになるし。私が行きたいのはやまやまなんだけど、これから三時間くらいずっとMTG入ってるし。入室申請はエメットくんに代わって上司の私がさくっとやっとくから気にしないで」

 それじゃよろしく、とアネッサは机上の≪無限(スウィート・)菓子壺≫(スプリング)から沸いていたミントキャンディを掴むとあたしへと押し付けた。嫌な予感が当たってしまったことにげんなりとしつつも、事の次第をカタンに報告するべく、あたしは魔力認証の扉を開け、下のフロアへと戻っていった。

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