01. 地獄
「――――ここね」
三人の女性冒険者たちは、皆塔の前で息を呑む。
ここはロベト村のはずれにある、軍隊の検問所として使われていた監視塔。
それが終戦にともなって放棄され、ならず者たちがこぞって住むようになってしまったのだ。
最悪な事に、そいつらは例に漏れず村を襲っては女性をさらったり、盗みを働いているという。
三人はそんな惨状を受け、この悪党を討伐すべく出向いてきたのだ。
「準備はいい?」
リーダー格の“女剣士”は、剣を構えて後ろの二人に振り返る。
背後に控える“魔術師”と“弓使い”が強く頷いた。
が、魔術師————“リリア・オクセル”だけは、その表情を曇らせている。
黒髪を腰まで伸ばし、前髪は切り揃えたぱっつん。
その前髪の下から覗く碧眼は、不安そうに塔を見つめていた。
「どうしたのリリア。もしかして、今更怖気付いた?」
「ち、違う。そんなことはない、けど…………」
女剣士がニヤリとからかうような笑みを浮かべてリリアを小突き、弓使いは励ますように肩をたたく。
「大丈夫だーって! たかが盗賊でしょ? あのねえ、リリアいっつも心配しすぎなんだよー」
「え、ええ」
三人は決して新米というわけではなく、今まで幾度となく討伐依頼をこなしてきた、いわば中堅くらい。
しかし意志を持った相手————“人間”を相手にするのは、今日が初めてだった。
だからこそ、彼女の胸中には一抹の不安が残っていたのだ。
「じゃ、入るわよ」
「おっけー!いこー!」
「…………ええ」
そして、三人は塔の中へと入っていく。
崩れかかったアーチのを潜ると、中は薄暗く淀んだ空気が充満していた。
そこらじゅう崩れかかっており、所々に壁の破片が散らばっている。
中には急場凌ぎの藁のベッドがいくつも敷かれていて、明らかに昨日まで燃えていたであろう薪の燃えかすまで残っていた。
「ここで間違い無いようね」
女剣士が周囲に視線を張り巡らせる。
「さあ! 上を目指すわよ」
「りょーかい!」
弓使いが元気よく返事をすると、三人は塔の階段に足を踏み入れる。
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「はああああっ!」
女剣士が敵の集団に切り込み、それを弓使いとリリアで援護する。
彼女たちが得意とする戦法でどんどんと敵陣を切り抜け、数的劣勢を技術によって覆していく。
孤立した敵は弓使いが排除し、回復魔法、そして足止めをリリアが行う。
今までゴブリンなどを相手に使っていた戦法の応用だ。
「ほらね、言った通りでしょ?」
返り血にまみれた女剣士が自信満々に言った。
「奴らなんて弱いものいじめしかできない、ただのクズよ」
「そうそう。リリアも心配しすぎだって」
「ええ…………」
リリアは二人に流され、不安を抱えながらも螺旋階段を上がっていく。
かれこれ一時間くらい登ったところで、やっと頂上に到着する兆しが見えてきた。
「リーダーをぶっ倒して、終わりね! なんて簡単なのかしら」
「早くかえってシャワー浴びたいよ〜」
呑気な二人の後ろを、リリアは不安そうについていく。
————“カチッ”。
不意に、何かがはまる音がした。
というより、何かの“スイッチ”が起動したような、そんな音。
「きゃああっ」
刹那、女騎士がその場に崩れ落ちる。
それを助けようと駆け寄った弓使いも、ビクッと体を震わせて倒れた。
「み、みんな!」
リリアが駆け寄る。
が、突然彼女の後頭部を強い衝撃が襲った。
————盗賊の一人が、彼女を棍棒で殴ったのだ。
「うお、マジで引っかかったぞ!」
「しかも女かよ……………こいつ俺が最初だからな!」
霞む視界の中、リリアは何処からともなく現れた盗賊たちを見て悟った。
地面に描かれた“痺れ魔法陣”が、煌々《こうこう》と輝いている。
彼女たちは————盗賊の罠にはまったのだ。
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「う、うう」
酷い頭痛の中、リリアは目を覚ます。
未だに視界はぼやけるが、自分がどんなところに居るのかは分かった。
ここは…………薄暗く、冷たい“地下牢”の様な場所。
お尻に生々しく冷たい石の感触が直に伝わってくる。
きっと、服を脱がされたのだ。
それに、なんだか匂う。
汗や唾液。それに体液の饐えた匂いも。
「お、目を覚ましたか」
にゅっと、リリアの視界に禿げ頭の男が映り込む。
その男は彼女の前に屈むと、気味の悪い笑みを浮かべた。
「心配すんな、お前の仲間は無事だよ」
そう言ってニヤリと笑う男の視線を、リリアは辿る。
すると。
「み…………みんなっ!」
女剣士も弓使いも、同じように壁に縛られていた。
それも全裸で。
「――――おいおい、散々やってくれたなあクソ女!」
盗賊の一人が、女剣士の腹に蹴りを入れていた。
彼女が痛みのあまり悶えて蹲ると、そこに無慈悲な追撃が入る。
激しい蹴りの後、彼女はその金色の髪を掴まれ、更に殴られた。
何度も、何度も繰り返し。
そしてそのまま吹き飛ばされ、壁に激しく叩きつけられる。
倒れた彼女は再び男たちに取り囲まれ、彼らの後ろ姿の中に消えていった。
それからはドスッという生々しい音が、絶え間なく聞こえてくる。
抵抗しないと分かり、男たちが一気に怒りを溢れさせたのだ。
リリアは恐ろしくて目を背けようとすると、ハゲ頭がその頭を押さえつけた。
「しっかり見とけよ…………俺たちに歯向かったらどうなるのか」
やがて人が掃け、女剣士が姿を見せる。
女剣士は口角からよだれを垂らし、ぐったりとしていた。
腹には幾つもの切り傷があり、それらは愉快な柄を描いている。
顔も青く晴れ上がり、股の下からつーっと漏れ出す体液が足に川をつくり、ポタポタと床に滴っていた。
その傍で弓使いはボロボロと涙を流し、命乞いをする。
「やめて、殺さないで…………ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい」
そんな謝罪で許されるはずもないが、彼女は必死に謝っていた。
しかし、それを踏みにじるように他の男が笑った。
「ハハハ、許してやるよ…………俺たちを満足させられたらな」
そう言って男は弓使いの細い肢体を、その骨ばった手で撫で回す。
弓使いは引きつったような悲鳴をあげるも、恐怖のあまり声が出ないのかビクビクと震えるだけだ。
弓使いは泣きじゃくる。
そして涙でぐしゃぐしゃになった顔で、懇願する。
「や、やめて! お願い…………まだしたこと、無いから…………」
「お、処女? まじか、こりゃあたりだぜ」
弓使いを取り囲む男たちが嬉しそうに、誰から先に彼女を弄ぶかで盛り上がっている。
――――リリアは悲鳴をあげた。
お腹の底から、思い切り悲鳴をあげた。
「無駄だよ」
ハゲ頭は気味の悪い笑みを浮かべる。
「こんな地下牢じゃ、どんなに叫んでも声は届かねえよ」
男のゴツゴツとした手が、リリアの体を撫で回す。
あまりの気持ち悪さに、彼女は身をよじらせた。
「おっと、あんまり暴れんなって。楽しみはこれからなんだからな」
リリアは男の目を見て、後悔する。
油断していた。
私たちは、もっと警戒しておくべきだったのだ。
彼女にもっと注意しろと、言うべきだった。
「――――よっし、じゃあ連れてくか!」
「ヤることやったら飲もうぜー」
「いいねえ、俺も!」
女剣士を弄んでいた男たちは、満足したのか皆満ち足りた様子で汗を拭う。
そしてついに、女剣士が引きずられるようにして連れていかれた。
引きずられる彼女の体中は青白く腫れあがり、斑点が浮かび上がっている。
それに彼女の自慢の金髪には、自分のものらしき吐しゃ物がべったりとこびり付いてしまっていた。
更に両手の指は奇妙な方向に捻じ曲げられ、爪を剥がされた痛々しい跡が残されている。
その目に、光は宿っていなかった。
「――――あは、アハハハハハハハ…………」
弓使いが笑う。
壊れたレコードのように、ケタケタと笑い出す。
彼女も壊れた。
壊れてしまったのだ。
リリアは目を瞑った。
現実から目を逸らすために。
この“理不尽”から逃げ出すために。
こんな無謀な事、しなければよかった。
ちゃんと父の言うことを聞いておけば、こんなことにはならなかったのに。
けれど、もう遅い。
だってもう私たちは…………“地獄”に墜ちたのだから。
————突然、何かが爆ぜるような轟音と共に、地面から砂埃が巻き上がった。
砂埃はあっという間に部屋を埋め尽くし、全員の視界を奪う。
その突然の出来事に、男たちは半ばパニックになっていた。
ハゲ頭が叫ぶ。
「なんだ! 何が起こった!」
地下牢の中央、独房に取り囲まれるようにしてできた円形の広場に立ち込める土煙が、段々と晴れていく。
そして、その煙が流れるように取り払われた。
中から現れたのは――――“青年”。
金色の撫で付け髪に、膝丈の地味なコートを羽織った赤いネクタイの青年。
彼はポケットに片手を突っ込んだまま、もう一方で肩の砂埃を悠々と払う。
ふと、そのエメラルドグリーンの双眸が、周りの男たちとリリアを捉えた。
「あ。いやー、申し訳ない。ちょっと場所を間違えて…………って、ハッスルタイムでしたか。これは失礼」
「な、なんだお前。なんで地面から!」
ハゲ頭の言う通り、彼の足元には大きな穴が空いていた。
「まあ、これには色々事情がありまして。話すと長くなるんだよね。だから皆まで言わせんなよ――――クソ野郎」
「わ、訳の分からねえことペチャクチャ喋ってんじゃねえぞ!」
ハゲ頭は狼狽えるあまり我を忘れ、がむしゃらに青年に向かって突進する。
「おおっと!」
男の巨体が青年に覆いかぶさろうとして…………。
――――それは叶わなかった。
「なんでだ、クソッタレ!」
男は驚きのあまり声をあげる。
体が————動かないのだ。
まるで壁に鎖で繋がれた彼女たちのように、あと一歩、ただの一歩が踏み出せない。
男のチェストプレートが謎の力にぐいぐいと引かれ、男の体もろとも引き戻しているのだ。
「いきなり襲ってくるとか、おー怖え。俺そっちの趣味は無いんだよねー」
青年はわざとらしく怖がってみせる。
戸惑い突っ立っていた盗賊たちが、一気に我に返った。
「て、てめえ! 殺してやる!」
一斉に襲ってくる盗賊のど真ん中で青年は————笑っていた。
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