Fin. エンディング
初連載です。よろしくお願いします!
棺の蓋が閉じる。
青年は自分の入った棺が土に埋められていくのを、粛然と見下ろしていた。
金色の撫で付け髪に、エメラルドグリーンの双眸。
地味な膝丈のロングコートに、よれた白いシャツと赤いネクタイ。
そして紺色のジーンズを派手なバックルでとめていた。
棺がギィと音を立てて、地面に降ろされる。
そして棺を吊り上げていた布がするすると引き抜かれ、何処からともなく花が投げ込まれた。
――――しかし、参列者はただ一人。
これは彼自身の葬儀であり、参列者も彼だけなのだ。
「まさか、俺が死ぬなんてな」
青年は悲しむでも喜ぶでもなく、ただ呟く。
「さようなら、俺。“ブラッドリー・ミュラー”、安らかに眠れ」
ブラッドリーは棺の埋められた墓穴に、一束の花を投げ入れた。
「――――すみません」
不意を突くように声をかけられ、彼は弾かれたように振り返る。
彼の背後に音もなく現れたのは、黒い喪服を纏った女性らしき姿。
顔にかかる黒いレースのせいで、残念ながらその面立ちを伺うことはできない。
けれど少なくとも、彼の見覚えのない人物であることは分かった。
ブラッドリーはにやり、口元に不敵な笑みを浮かべる。
「これはこれは、ようこそ俺の葬式へ。来てくれて光栄だ。生憎、生前は人に好かれるような性格じゃなくてね。今になって後悔してるよ」
そう言って、彼はわざとらしく人気のない墓地を見回した。
「そうですか…………」
彼女は軽口を罵るでも笑うでもなく、ただ力なくため息交じりに返す。
そして彼の脇を通り過ぎ、他に倣うように花を投げ入れた。
不意に、手向けられた花のとは違う、甘い香りが彼の鼻腔をくすぐる。
「ところで」
ブラッドリーは静寂を破り口を開く。
「ここはどこだ。天国か、地獄か。俺は死んだんだろ? だとしたら君は女神か、地獄の王か…………」
彼は謎の女性に向き直る。
ここが現世でないことは何となく分かっていた。
なにせ、彼は自分が殺された光景をはっきりと記憶していたのだから。
彼女もまた、青年と向き合う。
「私は…………“女神”です」
「まじか」
彼は驚いた。
女神なぞ姿なき概念か何かだと思っていたから、こうして目の当たりにしても今一現実味がない。
それどころか夢を見ているような、そんな感覚にさえ陥る。
「ってことはここは天国か? あんなことをしておいて?」
「天国…………ではありません。厳密には、地獄でもありませんが」
彼女の真剣な声色に、彼はふざけるのを止めた。
「だとすると、ここはどこだ」
「ここは…………そうですね」
彼女は言い淀み、しばらくの間考える。
雨がポツポツと降り出し、教会前の墓地にうっすらと靄がかってきた。
肩を濡らす小雨をブラッドリーは手のひらで確かめている。
と、女神は不意に頭をもたげる。
「――――ここはいわば、池のようなものです」
「池?」
「はい。始まりの湧き水でもなく、終点の海でもない。その最中にある湖、池のようなもの」
「つまり何が言いたい」
「…………厳密には、あなたは死んでいないということです。いえ、私が死なせなかったのです」
彼は驚き、目を見開く。
今現在彼はこうして見ず知らずの場所にいるのは確かだ。
しかし、それを突然「生きている」などと言われても、すぐに信じられる訳がなかった。
「どういうことだ。なぜ俺を生かす? 俺は…………お前の敵である魔王の配下だった男だぞ」
「ええ、ですが」
彼女はうつむき、まるで自分の罪を咎めるようにわなわなと震えだす。
「勇者がああなってしまった今となっては、私にはあなたしかいないのです」
「まさか…………」
彼はこの話の全貌が読めてきたような気がした。
彼が死ぬ直前、魔王城に乗り込んできた勇者はどこか様子がおかしかった。
そして彼のその嫌な予感は的中し、勇者は————“禁術”を使ったのだ。
生贄を捧げ、異界から来訪者を招く禁術。
女神の加護を受けた勇者自身とて、それを易々討ち取ることは叶わない。
無論、生前彼の仕えていた“魔王”でも。
「お前が魔王討伐に送り出した勇者がヘマやらかしたから、その尻拭いをしろってことだろ?」
「…………尻拭い、ではないです」
彼女は再び冷静さを取り戻す。
「あなたに救って欲しいのです。この世界を」
彼はそれを聞かされ、堪えきれずに笑い出す。
「この世界を守る? おいおい待て待て、それは勇者に言うセリフだぞ」
「ですが…………お願いします。もう、あなたしかいないのです。私の手に負えなくなった今、あなたしか頼れないのです」
「だからって。お前が選んだやつが悪かった、ただそれだけだろ? 残念ながらその願いは聞けない、俺は死ぬぜ。他のやつに頼みな」
そう言って、彼は踵を返して霧の中に帰ろうとする。
死人は欲望を抱かない。
復讐への渇望も、生への執着も。
だからこそ、彼はこの場を去らなければならないと思っていた。
と、不意に彼の背筋を冷たい何かが走る。
嫌な予感がして彼は振り返って…………
「――――おい、何してんだ!」
彼の背後で、女神が短いナイフを首元にあて、彼を見つめていた。
「こうすれば、全ての力はあなたに継承されます。そして生き返る」
「おい、待て。やめろ! 勝手なことすんじゃねえ!」
「ごめんなさい、本当にごめんなさい。そして、どうかお願いします————」
ナイフの刃が喉の奥に消える。
いや、違う。
赤い血がどくどくと溢れ出しながら、ナイフは首に飲み込まれていく。
「う、あが。あがぁあ…………」
水音の混じった、まるで溺れているかのような断末魔が聞こえてきた。
口元から赤い泡が吹き出し、彼女は糸の切れた人形のようにプツリ、崩れていく。
「クソアマアァァァアア! ふざけんなあああぁぁ!」
彼の叫びがこだまするが、それは突然止んでしまう。
彼は――――光を失った。