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7.


そのままベンチでぼーっと待っていると、ほどなくしてオーレリアが上機嫌な様子で帰ってきた。

案の定特に疑われることもなく再発行できたらしい。


「写真が幼少期の頃から一度も更新されてなくて助かったわ」


まだ座ったままのシーラの前で仁王立ちになり、得意げに戸籍カードをシーラの目の前に突き出した。いつ撮ったのか、すました顔のオーレリアと目が合う。


「さて、これで準備は整ったわね」


「うん」


自慢することに満足したオーレリアがカードをしまうのを見ながら返事をしたが、自分で思っていたよりも低いトーンになっってしまった。


「何か不安なことでもあるの?」


どうやら微妙なトーンの変化も見逃してくれる気はないらしい。

シーラは観念して肩をすくめながら言った。


「これから私どうなっちゃうんだろうなって」


「そんなの誰にもわからないわね」


「そうかもしれないけど、情緒ってもんは無いの、情緒」


呆れて反論したシーラにオーレリアはきょとんとした顔を浮かべたが、すぐに笑みを浮かべて胸を張った。


「大丈夫、私についてくれば万事うまくいくわよ」


どんな思考回路があればその自信が現れるのか。


内心突っ込みをいれつつも、今の現状を変えるにはこの人についていくのが一番であることだと、シーラも半ば確信めいたものを抱いていた。不安を振り払うようにパッとベンチから立ち上がる。こうやって近くに立つとオーレリアは自分とこぶし一つ分しか背が変わらないことに気付いた。やけに大人っぽいが、予想通り自分の1、2つほど年上なだけかもしれない。


「それでは改めてよろしく、…姉さん」


その言葉にオーレリアが目を丸くするのが分かり慌てて「名前を呼ぶのは少し抵抗あるし」と付け加えてから、何を言い訳してるんだと余計に恥ずかしくなった。

オーレリアはというと顔色を変えることはなくただ「悪くないわね」とつぶやいて体を翻し、役所の出口に向かってすたすたと歩いて行ってしまった。これからもこう呼ぶんだし、とまだ心の中で言い訳を重ねながらも、シーラの口元は緩んでいるのに変わりなかった。


外に出てみると、まだ大して時間がたっていないのもあって人通りはまばらだった。

ポイ捨てされた空き缶が虚しく転がるのを見ながら狭い歩道に横並ぶ。


「これからどうするの」


オーレリアに尋ねながら声をかけると、少し申し訳なさそうな顔を浮かべたオーレリアも同じようにシーラに顔を向け、顔色をうかがうようなしぐさを見せて言った。


「あなたの本当のお姉さまにご挨拶させてほしいわ」


「え」


「できればでいいのよ」


いつもの自信みなぎるひょうひょうとした様子との違いに戸惑ったが、確かに普通はこんなことして合わせる顔無いもんな、と思いあたって苦笑する。

ただそんな顔をせずともシーラの答えは決まっていた。


「もちろん」


ほっとしたのか口元を緩めて「ありがとう」と呟くのを聞いてさらに安心させるように続ける。


「あの人はこういう意味不明な話大好きだから、こういう状況をどっかで嬉々として眺めてると思うよ」


「あら、話が合いそうね」


そう言ってオーレリアがいつもの調子に戻ったところでシーラは姉の眠る場所へ歩き出した。


*******


「ここだよ」


しばらく歩いて町の片隅にある寂れた教会を見上げながら言う。建物全体にツタが這い、どことなく暗い印象を受ける。その隣でオーレリアも黙って同じように見上げていた。


「お金ないからここの無縁墓地に入れてもらってる」


そう言ってもうしばらく見上げてから、意を決して門をくぐる。娼館で遺体と対面してすぐ店主にここに運ぶことを告げられて承諾したが、それからここに来ることは数えるほどしかなく、それも門の外までしか来たことがなかった。どんな顔で会えばいいか分からず、実際に墓の前まで行く勇気が出なかったのだった。


先ほどから黙ったままのオーレリアより前に出て傾いた看板に従って教会の角を曲がり、禿げた芝生の広がる庭を進むと、いびつな形の大きな石が現れた。


「このあたりのどこかにいる」


シーラがつぶやくように言うと、オーレリアは両膝をつき、胸元で祈るように手を組んで目を閉じた。その様子をシーラは立ったまま黙って見つめる。

自分はまだ姉になんと声をかけて良いかわからないままで、満足に石を見ることもできないことに、ひどく情けない気分に襲われた。


しばしの沈黙。ふいに生ぬるい風が吹き、あたりは静寂で包まれる。


オーレリアは目を閉じたまま動かない。


どれくらい時間がたっただろうか。

いつの間にか風は止み、舞っていた枯れ葉はシーラ達を囲むように腰を下ろした。

それを見届けて初めて意識を取り戻したようにハッとして未だ微動だにしないオーレリアに声をかける。


「…オ、オーレリア」


思ったより小さい声だったがしっかり聞こえていたようで、オーレリアはゆっくりと目を開け、こちらに顔を向けた。

どんな感情を抱いているのか表情からは全く読み取れない。


何を言うでもなく地面につけていた両ひざに手を添えてすっと立ち上がり、腰を支えてうんと背伸びしたオーレリアになんと声をかけようか迷っていると、先ほど来た道から人影が2つこちらに向かってきているのに気が付いた。

特に気にする様子もなくオーレリアが歩きだしたので、シーラも一度開きかけた口を閉じて従う。


近づくにつれ、二人はどうやら初老の男性だと分かった。だがそれ以外の印象はまるで違う。一人は白髪交じりの少なくなった髪を綺麗に整え、糸くず一つもついていない真っ黒な祭服を身にまとい、胸元には黒光りした真珠がずらっと並んでいる。清潔でいかにも優しそうだ。もう一人はよれたワイシャツに薄汚れたチノパンを履き、ぼさぼさの短髪を掻いている。眼光が鋭く、恐そうだ。何やら熱弁をふるっている後者の男の話に前者の男が耳を傾けながら申し訳なさそうに首を横に振っていて、二人の様子を見るになにか深刻な話をしているようだった。


「あの人ここの神父さんなのかな」


そう耳元で尋ねると、オーレリアは首をかしげながらもニヤリと笑った。

この女、全人類を自分の話し相手だと思っている節がある。


「自分の世界観がしっかりしていてかっこいいわね」


「は?世界観?…よくわかんないけど、余計なことしないでよ」


「何言ってるの?この世は余計なことをするためにあるんでしょう?」


「やめて、価値観揺さぶらないで」


小声で小競り合いをしている間にも距離は縮まり、とうとう目と鼻の先の距離まで来た。相手もこちらをうかがっているのか、かすかに聞こえていた会話も中断したようだ。

はたから見れば我々もずいぶんとアンバランスな雰囲気だろう。怪訝に思うのも無理はない。

余計なことを話さないようになぜか笑顔のオーレリアの服の袖口を引っ張って軽く会釈して通り過ぎようとしたところ、神父がこちらを振り返るような気配を感じた。


「そちらのお嬢さん方」


神父が柔らかい声でシーラ達を呼び止めてきたので、オーレリアはピタッと足を止め、待ってましたとばかりに振り返りながら「なんでしょう」と返した。


「この間亡くなられた女性のご家族か何かですかな」


続けて掛けられる言葉に敵意は全く感じられないが、隣の男はどこかピリッとした空気感で腰に手をやり、こちらを訝し気に見ている。

シーラはオーレリアが何か余計なことを言いやしないかとひやひやしながら目をやると、案の定瞳をキラキラさせながら口を開くところだった。慌てて口元を両手で覆い、代わりに答える。


「いいえ。そんな方は知りません。昔お世話になった老婦人がここに埋葬されていると聞いたので来てみたんです」


噓八百もいいとこだ。

神父は特に疑問符を抱かなかったようで、優しくうなずきながら「生前のご縁があなたをこちらに導いたのですね、神のご加護を」などというものだから少しばかり良心の呵責を覚えるが、仕方ない。いたたまれなくなって曖昧に返事をし、そのまま出口に向かってオーレリアを引っ張っていこうとすると、いきなりオーレリアが神父に声をかけた。


「この子は嘘が苦手なの、大目に見てやってね」


なんてことを言うのか。

今にも怒りで噴火しそうなシーラをよそにオーレリアは言葉を重ねる。


「亡くなられた女性っていうのがどなたか存じ上げないけれど、私もきっとその方と同じ十字架を背負うでしょうね」


「どういうことだ?」


どうやら『その女性』について興味があるらしい。

怪訝そうな顔をしていたぼろ着の男が一歩身を乗り出して尋ねたが、オーレリアはその質問には答えず、「またどこかで会いそうな気がするわ、そのときはよろしくね」と言ってシーラに掴まれているのとは逆の腕を上げて爽やかに挨拶すると、踵を返して出口に向かって元気よく歩き出した。

シーラも掴んでいた腕に引っ張られるようにしてその後を追う。歩きながら神父らを振り返ると、二人が困惑した様子で顔を見合わせている姿が見えた。


そりゃそうだ。見ず知らずの女が会って数秒で再会宣言してるんだから。


心の中で二人に同情しつつ、追いかけてくる様子の無いことに内心ほっとした。深堀されてもきっとオーレリアは答えない。彼女の考えてることなんて全く見当もつかないのだから、あの男に詰め寄られてもきっとぼろを出す自分が容易に想像できた。


そのまま戸惑ってて。そう念じながら前に向き直り、先ほどのオーレリアの言葉を思い出す。



なぜあえてシーラの嘘をばらして真実ぎりぎりの言葉を重ねたのか。


なぜ「私たち」ではなく「私」だけなのか。


「同じ十字架」とは何なのか。



オーレリアは何か重大な秘密を隠してる。そう思えてならないのだった。





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