1.スラム街
…寒い。
シーラは寂れたアパートの階段でくるまっていたぼろきれを頭まで引き上げた。
姉が殺され、悼む間もなく、訳も分からぬままあっという間にアパートを追い出されてしまった。
「はぁ…」
あまりの寒さで眠れそうもないので、ぼろきれをはいで大きく伸びをする。
そのとき、夜勤明けだろうか、アパートに入ってきた男がシーラを一瞥し、一瞬下品な顔をして階段を昇って行った。ここの住人だろう。
おそらくこの場所も潮時だろうが、どうしようもない。
裏路地で転がって眠っていたところ、なけなしの全財産を身ぐるみはがされ、なすすべない今は、どこにも住める状況ではなかった。
「姉さんのよしみで雇ってくれりゃいいのに」
姉の死後、仕事を求めて姉の勤めていた娼館に行ったが「この、疫病神!」と門前払いを食らってしまった。姉が娼館で何者かに殺されてしまったせいで客足が遠のき、シーラは憎むべき対象になってしまったらしい。
他にも手あたり次第の店をあたったものの、何日も風呂に入ってない家無し子を雇う店などどこにもなかった。
絵にかいたような最悪の状況である。
うっすら明るくなり始めた空の下をあてもなく歩きながら、今後のことを考える。
いい加減何か仕事をしないといけないが、ツテもなければ学もない。
だが、いい加減に金を得て部屋を借りなければ、いつ襲われ、乱暴されるかわからない。
考えれば考えるほど、シーラの目の前は真っ暗になった。
グウウウウゥ
…途方に暮れても腹は減る。
シーラは軽くため息をついてから、薄暗い路地に入り、パブの裏口に近づいた。
すると、裏口の向かい側に鎮座していたズタボロの山がずるずると動いた。
「残念だったな、そこはもう漁っちまったよ」
ケケケ、と笑いながらぼろ布が揺れ、ぎょろりとした濁った瞳と目が合う。
思わずシーラが目をそらすと、その物体は笑い、身体を揺さぶりながら路地を出て行った。
またやられた…
シーラを先回りするように先人のホームレスが食物をかっぱらって行ってしまう。
仕方がない、と諦め半分で裏口横のゴミ箱を漁る。
当然のように収穫はない。
「あ、こら!汚いドブネズミ、あっち行きな!」
裏口のドアが急に開き、死にぞこないのガリガリ女がすごい剣幕でまくし立てた。
シーラははじかれたように走り出し、裏路地から出て女の動きをうかがう。
しかし女はシーラを追う気はなかったようで、手に持っていた袋をゴミ箱に突っ込んで再び家の中に入っていった。
ラッキー
あたりを見回して誰も来ないのを確認しつつ、ほくそ笑みながら先ほどのゴミ箱に近づき、中をのぞく。
先ほど女が捨てた袋を手につかんだ、その時。
「ねえあなた、それ、ご馳走?」
ばっと振り向くと、小綺麗な女がぴんとした姿勢から身じろぎもせず、にっこり微笑んだ。