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異世界堕悪  作者: 押入 枕
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異世界堕悪


 窓から差し込む朝日と、小鳥のさえずりで、善仁(よしひと)は目を覚ました。ふと見ると、彼の腕の中には赤い髪の女がいる。


(???…………ああそうか、昨日は確か仕事の帰りにウィードとトマーゾに出くわして……そのまま急な酒盛りになって、……あれ?そこからの記憶が無いぞ?というかこの女……)


 女はすでに起きていたようだ。善仁が首からかけたロザリオの頭についている飾りを触っている。飾りには石のような物が()まっており、ぼんやりと青白く発光しているように見える。

 女は善仁が目覚めた事に気づくと、そのふくよかな体を寄せてきた。


「おはよう、おにいさん。昨日は楽しかったね。ウチ、あんな激しいの初めてだよ。壊されちゃうんじゃないかと思っちゃった」


 ……善仁には全く記憶がない。そしてひどい頭痛だ。間違いなく二日酔いによるものだ。

 女はロザリオの飾りを善仁に見せながら聞いてくる。


「ねえねえ、ほんとにこの首飾り、ウチにくれるの?けっこう良いもんでしょ?これ?」


(……またかよ、なんであんまり強くないのに、飲み過ぎるんだろうな?俺は。しかもよりにもよって、赤毛の女って……)


 目覚めて早々、善仁はげんなりする。

 おそらく酒に呑まれて気が大きくなった彼は、娼婦を買い、行為に励んで、その後で軽はずみにロザリオをくれてやるとでも約束したのだろう。まったく記憶に無いのだが。


「やるわけ()えだろ。冗談だよ、冗談。気安く触るんじゃねえ」

 善仁はそう言って、女の手からロザリオを引き抜く。


「えー、何だよ期待させやがって、このケチ‼︎しみったれ‼︎でも料金はちゃんと払ってもらいますからね!」

 女はそう言って手を差し出してくる。善仁はしぶしぶ提示された料金を支払った。


(何で記憶に無い行為の料金を支払わないといけないんだよ、マジで勿体無(もったいね)え……)


 先ほどから「ベッドに仰向けになった女の上半身が縦に揺れている映像」がチラチラと脳裏を(かす)めるので、やる事をやったのは間違い無いんだろうが、それにしても納得が行かない思いだった。


「毎度ありー、またご贔屓(ひいき)にね、おにいさん」

 女はお世辞にも器量良しとは言えなかったが、眩しいくらいの笑顔でお礼を言って来た。


 その瞬間、善仁は女をベッドに押し倒していた。女の笑顔が善仁のどこかの琴線に触れたようだ。


「ちょっと、ここから先は追加料金になるよ、おにいさん、分かってる?……って、こら‼︎おっぱい揉むんじゃない‼︎ほんとに払ってもらうよ‼︎」

 女は「しょうがないヤツだ」といった感じの口調で言ってくる。


(それも良いかも知れないな。失われた記憶を取り戻すと言うことで……)

 善仁は女の乳房を揉みながらぼんやりと考える。


 先ほど料金を払うときに確認した財布の中身では、間違いなく次の仕事の報酬までに干上がってしまう。また家賃を待ってもらう事になりそうだ。せっかく借りる事ができたこの部屋も、そのうち追い出されるかも知れない。

 善仁はやけくそになって、現実逃避と洒落込(しゃれこ)みたい気分だった。


 その瞬間、部屋の扉がけたたましくノックされた。扉の外から声が聞こえてくる。


「アニキ‼︎モランの旦那が呼んでます‼︎至急アニキに頼みたい仕事が有るとかで……アニキ‼︎起きてますか⁉︎ア・ニ・キ‼︎」

 あの大声はクルトだ。


 善仁も扉に向かって大声で返す。

「うるせえ‼︎鍵は掛かってないからさっさと入ってこい‼︎近所迷惑だろうが‼︎このバカ‼︎」


 扉が開くと若い男が入ってくる。頭を坊主頭に丸めているのでまるで高校球児だ。

 彼がクルト。最近になってピコロ親方から面倒を見るように言われた、善仁の初めての舎弟だ。

 口減らしで田舎の実家を追い出された流れ者で、ゴンドール一家の息がかかった店でケチな盗みをやって捕まり、「お仕置き」をされた挙句、善仁に預けられる事になったらしい。


「部屋に入るときは失礼しますぐらい言えって‼︎何回同じ事言わせるんだよ‼︎」

「ヒエッ、すみません‼︎アニキ‼︎」

 間違いなく厄介払いで押し付けられた舎弟だが、憎めないヤツだ。出来の悪い子ほど可愛い、と言うアレだろうか。


「ん?」


 クルトは善仁の隣の裸の女を見るといきなり静かになった。棒立ちになって顔を真っ赤にし、どこを見ているのかあらぬ方向へと目を泳がせている。

 おそらく女性経験が無いのだろう。クルトの全身から(にじ)み出るイモ臭さもそれを物語っていた。


「やーん、カオ真っ赤ー。かーわいいー」

 クルトのそんな様子を見た女が(はや)し立てた。


「お前もうここで初体験済ませて行けよ。もちろん料金はお前持ちだけどな」

 善仁は冗談めかしてそう言う。


「そっ、そ、そ、そんなことより、アニキ‼︎モランの旦那が呼んでますって‼︎仕事ですぜ‼︎行かないと‼︎」

 焦りを誤魔化すように話すクルトは見事なまでの三下口調だ。


「分かったよ、「紅兎亭(くれないうさぎてい)」だろ?準備して向かうからお前、先に行ってろよ。そんで、何か上手いことモランに言って時間稼ぎしといてくれ。これも修行の一環だ。頼んだぞ」


「ハイ‼︎分かりました‼︎……ええっと、お先に失礼します‼︎」


 そう言ってクルトは飛び出して行った。


 善仁は女を帰らせると、酔い醒ましの丸薬を水をがぶ飲みして胃の中に流し込み、頭痛を我慢しながら可能な限りそそくさと身支度を整える。


「まあ、仕事って言っても、どうせマッシモ一家との小競り合いだろうな……」


 マッシモ親方がまさかの脱獄を果たして街に戻って来てから、すでに三ヶ月が経とうとしていた。勿論マッシモ一家とはそこからずっと抗争状態だ。

 最初の頃はお互い激しい攻防を繰り返したが徐々に落ち着き、ここ一週間ほどはしょうもない喧嘩ぐらいしか起こっていない。おそらくそのうち手打ちになるだろうというのが、関係者の共通認識だった。


 善仁は窓の横の棚に置かれた小さな女神像の前まで行くと、しばらくの間女神像に向かって両手を合わせた。女神像の前には殻にヒビが入った小さな二枚貝が置いてある。


「じゃあ、行ってくるよ、シュツカ」


 善仁は女神像に向かってひと言そう言ってから、部屋を出て行く。



 佐藤善仁は生き残るため、この世界で悪の稼業に堕ちたのだった。


これにて一旦完結とさせて頂きます。もしよろしければ、ご意見ご感想など頂けましたら幸いです。ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] Twitterの紹介ツイで知り読みました。 短いですが、ピリッとした読みごたえがありました。 ピコロ親方が仁義の時の金子信雄を彷彿させました。
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