〝愚か者〟の儀式
善仁の言葉に、幹部たちは戸惑っているようだ。モランも唖然とした表情を浮かべている。
人質と認識していた人間の口からそんな言葉が出るとはまさか思いもよらなかったのだろう。皆がそれぞれの顔を伺い合っている。
おそらく幹部たちが最もその表情に注目しているであろうピコロ親方が口を開く。
「何を言い出すかと思えば、儂らゴンドール一家の一員に加わりたい?……まったく、ホント、あんた読めない男だね、ロト。自分が何を言ってるのか、その意味をちゃんと理解しているんかいな?」
ピコロ親方は半ば呆れたような顔をしている。それはそうだ。彼らは自分たちの稼業がどれだけのリスクの上に乗っかっているのかを、上層部になればなるほど良く理解している。
そんなやくざな稼業に、自分から進んで身を投じるなどというのはまともな人間のする事ではないという感覚は、善仁が元居た世界でも、こちらの世界でも、まったく変わらないようだ。
「もちろん理解しています。ゴンドール一家の皆が、どんな仕事をしていて、何を考えていて、何を大切にしているか、おおよそは把握しているつもりです」
善仁は自分の口から出る言葉と声に、強い意志を込めて話す。交渉は気合だ。気持ちで負けてしまえばどれだけ筋が通っていても、意見は通らない。
ただならぬ緊張感と重圧に善仁の精神は窒息しそうだ。
しかし、ピコロ親方は善仁の提案を即座に却下したりしなかった。
説得成功という、勝ちの目は間違いなくどこかに有る‼︎
「もう気持ち良く忘れてるのかもしれないけど、あんたは一度、儂らゴンドール一家の庇護から自分の意思で逃げ出してるんだよ。そんな人間を一家の者が信用して仲間に迎えると、本気でそう考えているんかいな?」
当然切るであろう交渉の手札をピコロ親方は切ってきた。予想していた善仁は切り返す。
「そこに関してはこれからの自分の働きを見てから判断して頂いても、決して遅くはないと考えております。親方とボルトルンさん、それとモランにお話しした通り、自分にはそうせざるを得ない事情が有りました。寛大なお心で、一度目を瞑って頂ければと思います」
ピコロ親方の目は鋭く光ったままだ。
「自分で言うのもどうかとは思いますが、自分のこの脳ミソの中にはゴンドール一家の誰一人として持ち得ない知識や情報が入っています。これを活用して稼業に励めば、親方や幹部の皆様に絶対に損はさせないと自負しております。ですから何卒、自分をゴンドール一家の末席に加えて頂きたい。心からお願い申し上げます」
善仁は一息で言い切った。「損はさせない」。勿論そんな保証はどこにも無いが、自分自身が本気でそう信じ込まないと説得など出来ない。
「……ふうーん。初めて会った時は貝みたいに押し黙ってたのに、言うようになったじゃない。そんなに口が回るとは思ってなかったよ」
少しの間が開いた後、ピコロ親方が独り言のように言った。おそらく今、彼の頭の中では、善仁を「殺して始末した場合」と「一家に迎え入れた場合」とでそれぞれ発生する、メリットとデメリットを天秤に掛けながら、壮絶なシミュレーションと計算が行われているに違いない。
「まあ、あんたの言い分は分かったよ、ロト。ただね……」
ピコロ親方は目を瞑り、眉間に皺を寄せる。
「言葉はタダなんよね。誰だって、口では何とでも言えるんよ。儂はこの稼業で、思ってもいない事を平気で口にできる人間を、この儂を含めてうんざりするほど見てきてるのよ。だからね……」
ピコロ親方は瞑っていた目を、ゆっくりと開いた。
「そこまで言うのだったら、覚悟を見せてもらおうじゃないの。……ケスタ‼︎あんたの斧をロトに渡してやってよ」
ピコロ親方がそう言うと、部屋の隅に居た手下と思われる男が善仁の前まで近付いて来て、一本の手斧を渡してきた。
「さあ皆んな、新しい〝愚か者〟の加入の儀式だよ。唱和しようか」
ピコロ親方は善仁には理解できない事を言うと、お経のように唱え始めた。
「我らは種を撒かず、糸を紡がず、羊を追わず……」
すると同じ言葉を幹部たちが続いて唱和し始める。
「「「我らは種を撒かず、糸を紡がず、羊を追わず……」」」
どうやら「加入の儀式」とやらで唱えられる決まり文句のようだ。ピコロ親方は続ける。
「太陽と月、遍く星々の輝きに背いてただ己の道を歩むのみ……」
「「「太陽と月、遍く星々の輝きに背いてただ己の道を歩むのみ……」」」
幹部たちは全員が善仁を見ている。そこで初めて、善仁は彼らが自分を迎え入れる儀式をしているのだと理解する。
「願わくはこの〝愚か者〟に、不浄王の加護のあらん事を……」
「「「願わくはこの〝愚か者〟に、不浄王の加護のあらん事を……」」」
(何というか秘密結社っぽいな、加入する時に儀式をするとか)
善仁はそんな事を考える。というか加入する事はもう認められたのだろうか?
「ピコロ・ゴンドールは親となり、ロト・アウリスはその子供として生まれ直す」
「「「我らはロト・アウリスを同じ親を持つ兄弟として迎え入れる」」」
(……息の合った唱和だ。練習とかするんだろうか。)
善仁はふとどうでも良い事を考える。
「生贄の血をもって、ロト・アウリスは生まれ直す!」
「「「生贄の血をもって、ロト・アウリスは生まれ直す‼︎」」」
唱和が止まる。静寂がこの部屋を包む。
(えっ?終わり?一体何だったんだ?)
呆けたような顔をした善仁に向かって、ピコロ親方が言った。
「ロト、本気で儂らの仲間になりたいと言うのなら、そこに座っている爺さんを、その斧で殺しなさい」