〝ケツもち〟
明らかに賊を攻めあぐねて散り散りになっていた部下たちをまとめて回り、指示を飛ばして鋒矢の陣形を組んだランディーヤは、陣形の先頭に立って賊を追っている。
自分が先頭にたてば部下たちは嫌でも奮起せざるを得ないだろう。そう思いながら、自身の愛鳥に加速するよう発破をかける。
おそらく賊の疾走竜はそれほど脚を残していないはずだ。このまま追っていれば追い詰めるのは時間の問題に思えた。
(〝渡り人〟か……)
先ほどから遠目に見る限りでは、〝渡り人〟は彼の獲物である賊の疾走竜に、自らの意思で飛び移ったように思える。
つまり、賊と〝渡り人〟は初めからグルで、ランディーヤたちを罠に嵌めるつもりだったのだろうか?
どうやら例の神殿司祭も人質として囚われてしまったようだった。
装甲馬車に乗っている残りの要人二名は、おそらく無事だろう。今は心配する必要は無いし、してもしょうがない。
こちらが仕掛けた罠の口は閉じ始めている。
「虎穴に入らずんば虎子を得ず」。賊は虎子を手中に納めたつもりかも知れないが、虎穴にズッポリとハマって出られなくなっており、奴らを待つのは破滅という未来だけだ。
もし仮に賊と〝渡り人〟がグルだったとしても、ランディーヤにはさして問題は無い。むしろ先ほどから彼はある考えについて頭の中で吟味し始めている。
(当初の予定通り、賊は二、三人ほど捕縛すれば良いとして……、〝渡り人〟は事故に見せかけて始末してしまった方が良いのかも知れん)
捕縛するための戦闘が開始されるまで、ランディーヤの頭の中の天秤で「保護」と「事故に見せかけて殺す」という二つの選択肢がどちらに傾くのか、それは彼自身にも予想できない事であった。
「いよいよ大詰めだ‼︎気を引き締めてかかれ‼︎」
ランディーヤは部下たちに向かって大声で檄を飛ばした。
「ヤバいって、ヤバいってえぇぇ! アイツらどんどん近付いて来るぞ‼︎」
荷物と化したウィードが焦りを隠せない声で叫ぶ。
モランは手詰まりとなった現状に歯噛みする。このまま何も打つ手無しでは確実に取り囲まれ、捕縛されてしまう事だろう。
勝ち筋に乗った時の第13軍の強さを、先の戦争において、実際に戦場で奴らと鎬を削ったモランは嫌というほど知っていた。
(全員の疾走竜で同時にスプリントをかけて振り切るか?だがそれでは……)
こちらに残った唯一の手札は、疾走竜のスプリントで敵を置き去りにするというものだった。
しかしその方法には幾つもの不安要素が潜んでいる。
まずメンバーそれぞれが乗っている疾走竜が、どれだけ脚を残しているのかが分からない。スプリントをかけても敵を振り切れる距離を稼がないうちに失速してしまうのでは意味が無い。
さらにヴィータやザラス、モラン自身はそれなりに騎乗技術には自信を持っているが、その他のメンバーと疾走竜が今の状況でどこまでついて来れるかは全く読めない。
ハンクに至っては良くない形でウィードを荷物として抱えてしまっている。下手にスプリントをかけるとウィードを振り落としてしまうかも知れなかった。
「どうすればいい?何か方法はないのか?奴らを置き去りに出来るような方法が」
モランは考えた事を無意識に口に出してしまっていた。すると意外なところから声がかかる。
「奴らと俺たちの距離を離せば良いんだよな?それなら俺に考えがある!」
声の主はヨシヒトだ。モランは彼が逃げ出してからは縁が切れたものとして、ピコロ親方が付けた名前で呼ぶのをやめるつもりだった。
そんな彼が提案しようとしてきたのだ。正直面白くはないが、今はつまらない事に拘っていられない。
モランはヨシヒトの案だけでも聞いてみる事にする。
「いいぞ!言ってみろ!」
「この〝ロシナンテ〟とモランの疾走竜で〝ケツもち〟するんだ‼︎」
「?」
いきなりわけの分からない事を言い始めた。
「俺たち二騎だけ速度を落として後ろの敵を引き付けて、その間に他の皆を逃がすんだ!充分に距離を稼げたら、俺たちは〝スプリント〟を使って敵を置き去りにしながら皆に追い着く。どうだ?このアイデア⁉︎」
「……それだと敵は別動隊を使って先にいく皆を追いかけるだろう、あまり有効そうには思えないが……確かにやってみる価値は有るかも知れない……」
ヴィータとモランの二騎はそれなりに危険になってしまう作戦だが、今は贅沢を言っていられない。トライしたいところではあるが……。
「やってみても良いかも知れないが、それだけだと不十分だ‼︎万が一その後で追い着かれたら、おそらくもう一度スプリントをかけるような脚は残っていないだろう。そうなったら詰みだ‼︎」
モランは思う。あともう一声、もう一手、何か無いのか?
少しでも逃走の確率を高める、その何かが。
するとヨシヒトが続けて提案してきた。
「じゃあ、後はもう……あれに突っ込むぐらいしか無いんじゃないのか⁉︎」
そう言って何かを指差す。その指の先を確認した時、モランは驚愕とともにヨシヒトの正気を疑った。
善仁が指差すその先には、天高く聳え立つ砂嵐があった。