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異世界堕悪  作者: 押入 枕
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死神


〝ロシナンテ〟は絶好調だ。ヴィータが覚えている限りでは、「彼」がここまでキレのある走りをした記憶は無い。


 元来臆病な種や個体にはとても務まらない、騎乗生物というカテゴリーの使役動物の中でも、疾走竜(ストライゴン)という種族は異彩を放つほど突出して闘争心が強い。

 元々集団で獲物を狩る習性を持つこの生物は、戦闘や狩りの中に身を置くと、時には騎乗者が制御しきれないほどの(たかぶ)りを見せる事がある。

 しかし〝ロシナンテ〟は異常な興奮をする事はほとんどなく、どちらかと言えば興奮を走りの速さに変える自制心の強さを持った個体だった。


 それにしても今日の〝ロシナンテ〟の走りは凄まじい。

 おそらくではあるが、賢い「彼」には今の状況が「彼」と主人であるヴィータにとって、非常に危機的な状況だと理解できるのだろう。

 一瞬しか地面に脚を着けない、まるで空を飛んでいるかのようなその走りから、「彼」の中で束ねた集中の糸と、静かな興奮が、(またが)っている鞍を伝わってヴィータの中に染み込んで来るかのようだ。


 今この瞬間、ヴィータと〝ロシナンテ〟はまさに「人馬一体」の状態にあった。


 逆手に握った投げ槍を肩の上に掲げた姿勢を保ったまま、ヴィータは手綱を引いて〝ロシナンテ〟に加速するよう命じる。

 それに応えて、「彼」は目の前に捉えた戦車(チャリオット)に向かって突っ込んでいく。

 途轍もない加速、追い脚だ。小さく見えた目の前の戦車は見る見るうちに大きくなっていく。


 一瞬で戦車の乗り手たち、その恐怖と驚愕に歪んだ表情が見えるほどまでに接近して、「焼夷投擲槍(バーンジャベリン)」を戦車に打ち込む。

 槍が突き立ったその瞬間に、穂先に(くく)り付けられた火炎瓶が衝撃で割れ、中に入れられた「燃える水」に発火石から飛んだ火花が引火する。

 戦車は一瞬で炎に包まれた。体を包む炎に恐慌状態に陥った乗り手は自ら戦車から飛び降り地面に叩きつけられて転がっていく。


 これで仕留めたのは三台目だ。


 そのまま燃え盛る戦車から離脱し、近付いて来たトマーゾから、新しい投擲槍をすれ違いざまに受け取る。

 ヴィータの鞍に装着された槍箙(やりえびら)に刺さっていた投擲槍は、とっくの昔に使い切っていた。


 敵の騎兵が一騎、攻撃しようと近付いてきたが、「邪魔だ‼︎」とばかりに〝ロシナンテ〟が甲高く咆哮すると、騎兵の走破鳥(チョボル)は怯えて離れていった。今は雑魚に構っているような余裕は無い。


 前方の装甲馬車には仲間達が近付いたり離れたりを繰り返しながら、攻撃を続けている。それに釣られて近付いていく戦車を標的にしてヴィータが仕留めていくというパターンが出来つつあった。


 その時、仲間達の方へ向かって駆けていく一騎の騎兵の存在にヴィータは気付く。

 その騎兵だけ着ているブリガンダインの色が違うので目立ってこちらの注意を引いてくる。

 敵の指揮官だろうか?指揮官自ら前線に出てくるとは珍しい。


 その騎兵は狙いを定めたのか、仲間の一人に近付いていく。あれは……体のシルエットから判断してウィードだ。

 ウィードも気付いて迎撃しようと投擲槍を構えた。

 槍の先端をぶつけるだけで、相手は炎に包まれる。何とも便利で危険な武器をユードは開発したものだと思う。


 指揮官らしき騎兵はそのまま手に持った湾曲刀(サーベル)で斬りつけるかと思ったが、それはフェイントだった。釣られて投擲槍を空振りしたウィードが疾走竜の上でバランスを崩す。

 その騎兵はそのままウィードと疾走竜から離れながら、器用に武器を弓矢に持ち替え、素早く射撃した。

 疾走竜の首の急所に矢が突き立つ。みるみるその脚がもつれ始める。


(何だアイツ‼︎めっちゃヤバいじゃん‼︎)


 一連の流れを見ていたヴィータはその騎兵から底知れない強さを感じ取る。明らかに他の騎兵たちとはまるで動きが違う。


(ダメだ‼︎それよりウィードがヤバい‼︎)


 そう思ってウィードが居る方へ向かおうとしたが、すでに危機を察したハンクが近くまで寄せていた。ウィードの背中を掴んで自分の疾走竜の鞍に引き込む。

 間一髪だった。ウィードが乗っていた疾走竜はバランスを崩して失速し、転倒する。

 ウィードはハンクの後ろに、腹這いの状態で鞍に覆い被さるようにして乗っかっている。あの状態では疾走竜が走る限りは体勢を直して鞍に跨る事は出来そうにない。


 そこへ追い討ちとばかりに、あの騎兵が矢を射かける。

 さっきと同じだ。あれだけ大きな弓なのに、矢をつがえてから射るまでが速すぎる。その動作だけでもかなりの使い手である事が分かる。

 騎兵が放った矢は、腹這いになったウィードの尻に命中した。


「ぎゃああああああ‼︎」


 悲鳴を上げて大袈裟に()()るウィードをハンクが後ろ手に押さえ付ける。ハンクの疾走竜までバランスを崩して転倒しては元も子も無い。


(あの騎兵を何とかしないとマズいぞ‼︎)


 そう思ったヴィータは次の標的をあの騎兵に定める。あの弓矢の餌食にならないように、大きく回り込んで、騎兵の右後方に付ける。


(加速して追い抜きざまにぶっ叩いてやる)


 次の獲物を理解した〝ロシナンテ〟が加速する。騎兵はこちらに気付いていないようだ。

 いいぞ、この加速の勢いのまま投擲槍でぶん殴る、お前も火ダルマにしてやる。そう思いながらヴィータは騎兵を投擲槍の間合いに捉えた瞬間、槍を大上段から振り下ろした。


 その瞬間、騎兵の腰のあたりから鋭い光が弧を描いてヴィータの顔の前を通過する。

 何が起こったのか理解するまでにコンマゼロ何秒か、時間が必要だった。


 騎兵の湾曲刀による、とてつもない速さの抜き打ちだった。

 投擲槍が柄の途中から斬り飛ばされていた。

 ついでに普段ヴィータの顔の左半分を覆っている前髪も湾曲刀の切っ先からは逃れられなかったようだ。

 銀色の糸がはらはらと風に乗って空中に舞い上がる。


 騎兵はこちらを振り向く事なく、ヴィータの気配を感知しただけで斬りつけてきたようだ。

 危なかった。もう少し踏み込んでいたらヴィータの首が飛んでいた。


 斬り飛ばされた投擲槍の先端が地面に落ちたのだろう、後方で火柱が上がる。


(ば、化け物だ……)


 (たま)らずヴィータは騎兵から離れた。

 離れる瞬間、兜の隙間から見えたその騎兵のヴィータを見る目は、ヴィータの心臓が握り潰されてしまいそうに感じるほどの、冷たい瞳を持っていた。


(死神……)


 ヴィータの脳裏にその単語が浮かぶ。

 何という事だろうか、この騎兵たった一騎の登場で戦況が覆されようとしている。



「大丈夫か⁉︎ヴィータ!」

 モランがヴィータに近付いて声をかけて来る。そのついでに投擲槍を渡して来る。

「アイツヤバいよ‼︎強すぎる!まともに相手しちゃダメだ!」


 そう大声で伝えた時、前方の走行馬車に投擲槍が命中したのか、装甲馬車の左側から大きな炎が燃え上がる。


 するといまだ燃えていた装甲馬車左側の扉がいきなり吹き飛んで落下し、地面を弾むように転がっていく。度重なる炎上で部品が弱っていたのだろう。おそらく誰かが中から蹴破ったものと思われた。

 それを見たヴィータの頭には、閃くものがあった。一度受け取った投擲槍をモランに返す。


「モラン!ムリヤリになるけど、俺、やるよ‼︎」

「ああ‼︎アイツは仲間を集めに行ってる!チャンスは今しかない‼︎」

 モランも同じ考えらしい、覚悟を決めたヴィータは〝ロシナンテ〟に話しかける。


「ロッシ、無茶苦茶走らせてゴメン、でも、もう少し付き合ってくれ‼︎」

 そういうと、「彼」の横腹に踵で軽く蹴りを入れた。走行馬車に向かって、スプリントをかける。


 その瞬間、〝ロシナンテ〟は銃口から発射される弾丸を思わせる瞬発力で加速した。


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