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異世界堕悪  作者: 押入 枕
30/39

荒野の凶走


 ザシュッ!


 バリスタから発射された矢を、疾走竜(ストライゴン)に騎乗した賊は駆けながら横にずれて(かわ)した。

 矢は虚しく地面に突き刺さる。


「ええい‼︎ちょこまかと鬱陶(うっとう)しい‼︎」


 思わず歯(ぎし)りしてしまうローレンは、苛立ちを言葉に変えて吐き出す。

 先ほどから部下たちが幾度となくバリスタや弓、弩弓(クロスボウ)で賊どもを射撃しているが、まるで当たらない。賊どもが騎乗する疾走竜は、持ち前の身軽さでひらりひらりと矢を躱してしまう。

 もう少しだけで良いから距離を詰めてくれれば当たるかも知れない。

 しかし賊もそこは理解しているのか、一定の距離を保ったまま、こちらが射撃したくなるラインを出たり入ったりしてくる。もうかなりの矢を無駄にしてしまった。それが向こうの狙いなのか。


 ただ、矢が当たらないのは疾走竜に乗る賊の騎乗技術が優れているばかりが原因ではない、とローレンは思っていた。

 部下たちは明らかに集中を欠いている。まるで(かす)りもしないところを射撃している者がちらほらいる。


 原因は明らかだ。つい先ほど発生し、姿を現した砂嵐である。


 ローレンも「ヴァルヒードの砂嵐」について話には聞いたことがあったが、正直これほどとは思っていなかった。

 彼の想像の中では、普通の嵐で降っている雨が、砂に変わるんだろうというぐらいのものだった。

 しかし今目の前にある本物の砂嵐はどうだ、自分たちに覆い被さって来そうなほどの、想像を遥かに超える大きさで、その体はムクムクと、まるで生き物のように不気味に動いている。


 心なしか、砂嵐は少しづつ自分たちの方へ近づいて来ているような気さえする。

 その異様な大きさが与えてくる振り払いようのないプレッシャーを誤魔化そうと、ローレン自身も弓に矢をつがえ、矢を放つ。

 射撃してみて初めて気付く。何故矢が当たらないのか理解できた。

 使い慣れた弓で射撃したにも関わらず、矢はイメージした射線を大きく()れて飛んで行ったのだ。


「……風か、厄介な……」


 そう、砂嵐を形作る暴風は、驚く事にここまで届いている。気付けば確かにローレンや部下たちが羽織っているマントは風に煽られて、落ち着きなくはためいていた。


 これでは当たらないのも当然だ。この状況ではもう、まぐれを狙って数を射るしか当てる方法が無い。

 つまり、弓という武器の有効性が、ほとんど無くなってしまっているのだ。

 バリスタと弩弓の張力なら多少はブレを抑えられるが、威力はかなり削がれてしまうだろうとローレンは考える。


(奴らは神か何かに守られているのか⁉︎どうしていつもこう、ギリギリで上手くいかないんだ‼︎)


 ローレンは歯噛みして悔しがる。賊を取り逃し、〝渡り人〟と巫女を取り逃し、今度は矢が当たらない。

 まるで何か、「見えざるものの手」が、ローレンを妨害しているように思えて仕方ない。


 そうこうしていると、今まで矢を躱してばかりだった賊が動き始めた。

 連中が騎乗している疾走竜は、鞍のあたりから旗布が付いていない旗竿のような物が何本か飛び出している。

 ローレンの目の前の一騎が、そのうちの一本を手に持ったかと思うと、まるで投げ槍のように、こちらに向かって投擲(とうてき)してきた。

 おそらくローレンが居るあたりを狙って投げたであろうそれは、風のせいか軌道が歪み、装甲馬車の左側後部の車輪近くに命中した。


 その瞬間。

 命中した場所から派手な火柱が巻き起こる。


「何っ‼︎あれは……あの時の、「燃える水」を使った炎‼︎」


 目を凝らしてよく見れば、旗竿のように見えたのは、穂先の部分に何やら酒瓶のようなものを(くく)り付けた投げ槍だった。

 柄の部分は柔軟性のある木材か何かで出来ているのか、穂先を上にして鞍に取り付けられているその投げ槍は、疾走竜の走る動きに合わせて、「ゆやんゆやん」と小さくしなって揺れている。


 装甲馬車が走る事で生じる向かい風と、砂嵐から吹き付ける風、さらには砂埃に煽られても、炎は消える気配がない。


(厄介だな……、このままでは……)


 七騎いる賊は、それぞれの疾走竜に、六本、もしくは四本の投げ槍を取り付けているようだ。それなりの本数がある。

 賊の狙いは、投げ槍を装甲馬車に当て続けて止めてしまう事だろう。ただ、その先の狙いがいまいち読めない。

 生憎(あいにく)と装甲馬車は客室の要人を守るために元々防火機能を備えている。乗っている〝渡り人〟たちが焼死してしまうような事はないだろう。

 そうと知らずに攻撃しているのか?一体賊の狙いは何だ?


 その時、賊どもの後方で一定の距離を保って付いて来ていた第13軍の兵士たちが動き始めた。

 装甲馬車が攻撃された事を受けて、黙っていられなくなったのだろう。走破鳥(チョボル)に騎乗した兵を先触れに、どんどんとこちらに近づいて来る。


(よし、これで挟み撃ちにできるぞ)


 ローレンは流れがこちら側に傾いて来た事を感じ、思わず口角を上げるのだった。




戦車(チャリオット)は突撃準備して合図するまで今の速度を保ったまま待機‼︎騎兵は露払いだ‼︎両翼展開して波状攻撃をかけろ‼︎行け‼︎……バリスタに付いている各兵員は照準を装甲馬車付近に合わせて賊が接近したら射撃しろ‼︎装甲馬車には当てるなよ‼︎」


 装甲馬車から火柱が上がったのを見てランディーヤは命令を下した。もう賊が疲弊するのを待ってはいられない。

 右斜め前方、ここからかなり距離は離れているが、砂嵐まで発生している。地元の兵士の予感が見事に的中した。

 良くない流れだ。こうなってしまっては、一刻も早く賊を捕らえて装甲馬車の安全を確保した上で、この場から離れなければいけない。


 作戦としては、走破鳥に騎乗した騎兵の波状攻撃で賊の足を鈍らせ、戦車の投網で二、三人ほど捕縛し、残りは大型戦車(グランチャリオ)の火力で殲滅するつもりだ。

 ランディーヤにとって戦場で突撃してくる疾走竜を迎撃した事はあるが、追跡するのは初めての経験だ。とはいえ訓練通りにやれば問題なく捕縛出来るはずだ。

 そう確信しながら、彼は騎兵の先駆けが抜刀して賊に仕掛けるのを注視する。


 しかし、ランディーヤの期待とは裏腹に、加速して最初に斬りつけようとした騎兵の剣を、賊は自身が騎乗する疾走竜のストライドを不規則にする事で接触のタイミングをずらし、紙一重で躱す。

 それどころか手に持った投げ槍の先端で、肩透かしを食らって少しバランスを崩した騎兵を殴りつけた。

 その瞬間騎兵は炎に包まれ、火ダルマになりながら落馬する。火ダルマはしばらく弾むように地面を転がって、ランディーヤの視界の後方へ流れていった。


 さらに賊は連続で襲いかかったもう一騎の騎兵へ、投げ槍を投げつける。

 騎兵には当たらなかったが、騎乗していた走破鳥に命中したようで、脚をもつれさせて転倒した走破鳥に、乗っていた騎兵も巻き込まれる。


(……ほう、敵ながら見事だ。……ぽっと出てきた盗賊ではないな。戦争経験者か……こちらの戦術を読んでいるようだ)


 こちらの攻撃を迎撃する動きに迷いが見られない。賊は戦闘に慣れている。久々に手応えのある獲物だ。


 前方を見やると、装甲馬車に賊が三騎ほど取り付いてその周りを蛇行しながら接近、離脱を繰り返し、チャンスとあらば投げ槍を投擲している。

 命令通り大型戦車のバリスタが射撃し続けてはいるが、不規則な蛇行を繰り返す疾走竜には命中しそうな気配が無い。


(強力な張力、火力も当たらなければ意味が無いな……)


 装甲馬車はその車体のところどころで火が燃えているが、流石にビクともしていない。とはいえこのまま賊の好きにさせるのはあまりよろしくは無いと、ランディーヤの直感が告げてくる。


「戦車、全車輌突撃せよ‼︎射撃しながら接近して捕縛しろ‼︎」


 賊は想定を上回る手練(てだ)れのようだ。このままでは(いたずら)に騎兵を失うばかりだろう。そう判断したランディーヤは戦車の投網を使ってゴリ押しで捕縛する事を選択する。


「大型戦車のバリスタはそのまま射撃を継続!味方に当てるなよ‼︎」

 自分が乗っている車輌ともう一輌にも届くように命令を下す。

「……隊長?何処へ行かれるのですか?」

 前方に背を向けて上部甲板から移動し始めたランディーヤに部下が聞いてくる。

「私はこれから走破鳥で出撃する。ここは任せたぞ」

 そう告げると大型戦車の後部に繋いでいる自分専用の赤走破鳥に(またが)った。部下の一人が繋いでいる縄を解き、もう一人がランディーヤに弓矢を渡してくる。


 ランディーヤはコイフの上から兜を被り、フル装備の状態で騎乗した走破鳥の手綱を握ると、大型戦車から飛び降りた。




 戦車が動き始めたのを見てモランに緊張が走る。


(いよいよお出ましか……)


 あの引き渡しの後、合流してきたヴィータたち四人から要人の護衛以外の戦力が潜んでいる事を報告された時、厄介だと思ったのは敵の数ではなくこの戦車の存在だった。


 先の戦争であの戦車という兵科に散々痛めつけられたのを思い出す。

 車体に鎌が取り付けてあるタイプのヤツは特に苦手だ。あれは本当に騎乗生物の天敵だった。

 一体どれだけの走破鳥や疾走竜を駄目にされた事か。

 遠目に見た時に、幸運にも鎌が付いていないのは確認していたが、それでも嫌な気分が沸いてくる事には変わりがなかった。


「モラン‼︎どうする?あの数はちょっとマズいぜ‼︎」


 ユードが大声で聞いて来る。あいつも自分と同じ気分だろう。

 他のメンバーもモランの周りに集まってきて、どう対処するのか、指示を求めてくる。


「いいか、戦車が突っ込んできたら大人しくすり抜けて前に行かせるんだ。そのまま一騎が釘付けにしておいて、もう一騎が槍で動きを止めろ。奴ら投網を持ってる。注意しろ‼︎絶対に二輌の間に挟まれるなよ‼︎」


 モランはメンバーがイメージしやすいように、身振り手振りを交えて戦術を伝える。

 見れば他のメンバーもモランと同じく、疾走竜の体に何本か矢が突き立っている。ユードは左肩の後ろに刺さっていた。

 流石にあれだけ矢の雨を降らされたら、無傷というわけにはいかない。この戦力差で未だ一騎も落伍していないのは奇跡と言えた。


「俺と〝ロシナンテ〟が槍を打ち込んで回るから、みんなは余ってるヤツをすれ違いざまに渡してくれ‼︎あと、ヤバそうなら大声で呼んで‼︎すぐに駆け付けるから‼︎」


 ヴィータが攻撃役を買って出た。彼女と〝ロシナンテ〟、これ以上ない適任だ。


「了解‼︎ケツは預けたぜ‼︎ヴィータ‼︎」

 そう言ってそれぞれ散開して行く。


 間違いなくここがヤマ場だ。ここを(しの)げるかどうかで作戦が成功するかどうかが決まる。

 モランは一度大きく深呼吸して、気合を入れ直した。


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