三者三様の疑問
第一話「荒野の狂走」を読み返したところ、下書きから転写する際に内容の一部を欠いた状態で投稿していた事に、今更ながら気付きました。慌てて修正、編集し直しております。抜けていた部分の前後が割と自然な形で繋がっていたため、重大なミスに気付きませんでした。申し訳ありません。何も言わずに修正するのも良くないと判断したため、ここに報告させて頂きます。
「どういう事だ?」
何が起きているのか状況を把握できないローレンは思わず呟いた。
〝渡り人〟を護送しているネオス卿所有の装甲馬車、その御者台に座っていた彼は、周囲の兵士たちが騒ぎ始めた時、御者台からでは角度的に後方が見え難かったので、馬車の屋根によじ登り、その高みから周囲の状況を確認していた。
装甲馬車は速度を上げ始めている。
御者は先ほどから四頭立てで馬車を牽引している泥毛獣に必死で鞭を当て、走らせようとしているようだ。
泥毛獣は加速するのには時間がかかるが、一度スピードを上げてしまえば、持ち前のスタミナでそのスピードを維持したまま、かなりの距離を走らせる事が出来る。
そして装甲馬車を取り囲むように、自分の部下である魔導省執行部警備隊の兵士たちが、毛束山羊に騎乗して並走している。
それは別に問題ない。基本的にはこの隊形で、無事に〝渡り人〟を帝都まで送り届ける予定だった。
問題は後方に居る、ローレンたちを追いかけて来る賊どもだ。
部下たちは駆けながら何度も後方を振り返っている。その様子からは明確な焦りが見て取れた。
賊どもは七騎、楔形の隊形で追ってくる。騎乗しているのは疾走竜だ。
その見覚えのある姿を見た時、ローレンは全身の血液が逆流するような感覚に囚われた。
(奴らだ‼︎間違いない‼︎)
煮え湯を飲まされた記憶から怒りと恨みが、雪辱を晴らせるという期待から歓喜と興奮が、それぞれ複雑に絡み合った感情が、ローレンをいまだかつて経験した事の無い奇妙な高揚感へと誘う。
ローレンは屋根を伝って装甲馬車の後部に移動する。そこには小型のバリスタを備えた足場がある。その足場に飛び降りると、そこに居た部下が驚きの声を上げた。
「ロ、ローレン隊長⁉︎」
「うむ、ここからだとよく見えるな。奴らの憎たらしい顔まで見えそうなほどの距離だ。バリスタの射撃準備はできているのか?」
「ハッ!勿論であります!」
(射程範囲に入ってきたらこのバリスタと、他の部下たちの弓で矢の雨を降らせてやる‼︎ただ、気になるのは……)
そう、状況をいまいち把握しきれない原因は、賊どものさらに後方、この装甲馬車と賊の集団を追いかけてくる大集団にあった。
彼らは間違い無く第13軍の兵士たちなのだが……。
(我々と第13軍で賊を挟み撃ちにする作戦だったのか?だとしても俺は聞かされていないし、もしそうなら彼らは賊が襲撃してくるという情報を事前に掴んでいながらこちらに知らせなかった事になる。どうにも嫌な予感がするぞ……)
ローレンはその嫌な予感が、心の中の高揚感に、まるで服に付いたしつこいシミのようにポツンと染みつき、じわじわと拡がっていくのを感じ始めるのだった。
「どういう事だ?」
ランディーヤは大型戦車の上部甲板でボソリと呟いた。
彼が率いる第13軍の精鋭たちは、前を走る七騎の賊を猛然と追いかけている。当初の作戦であった賊の追跡を遂行している事には違いないが、彼が思い描いていた状況とは大きく乖離しつつあった。
〝渡り人〟を引き渡した三人の賊は、カリメールたちを乗せた装甲馬車が出発し、護送する兵士たちが離れるまでその場にじっと留まっていた。
その時点で何かがおかしいと感じ始めたランディーヤの予感が確信に変わったのは、どこからともなくもう四騎の賊が現れ、待機していた賊と合流して装甲馬車を追いかけ始めた時だった。
本来なら三人、いや三騎の賊があの引き渡しの現場から離れた後に少し泳がせて、どこに向かうのかの目星を付けてから捕獲するつもりだったランディーヤの計画は、その時点で大きく狂う事になったのだ。
(どうやら謀をしていたのは我々の側だけではなかったようだな……)
無意識のうちに賊どもを「狩りで追われる獲物」だと決め付け、そう思い込んでいた。ランディーヤはその自身の油断を戒める。
そうだ、忘れてはいけない。彼の警備隊は数日前、ビィズバーンにて〝渡り人〟と巫女を無様にも取り逃したのだ。
追跡していた者たちは「炎を起こす怪しげな術」を〝渡り人〟が使った、という何とも言い訳がましい証言をしていたが、話を聞いたランディーヤは、その正体に当たりを付けていた。おそらく火炎瓶だろう。
とにかくこれ以上続けての失態は、ビィズバーンの治安を預かる警備隊としての沽券に関わってくる。油断からの失態ともなれば、もう目も当てられない。
(まあ、これだけの戦力を持って来たのだ。万に一つも有るとは思えんが……)
そう考えながら周りの部下たちを見渡す。
そう、今回用意した過剰とも言える戦力にこそ、本作戦におけるランディーヤの本気と意気込みが現れていると言えるのではなかろうか。
まずはランディーヤが搭乗している大型戦車。
装甲馬車の車体のフレームをある程度残して改造し、正面と横両面に計三門の大型のバリスタを搭載している。
この大型戦車は工業都市ツィヴァルガーの工房で製造された特注品だ。いわば帝国の工業技術の結晶である。
上部甲板の他にも兵士用の足場をいくつか備え、そこに人員をフルで配置すれば、360度、死角が存在しない移動要塞として運用できる。
さらに馬車本来の客室に当たる部分には、予備の走破鳥を繋いである。いざとなればそれに騎乗して大型戦車から飛び降り、遊撃手として動くことも可能なのだ。
その大型戦車がもう一輌、同じ仕様のものがランディーヤが乗っているものから少し離れて並走している。
次に戦車が八輌。
牽引などの力作業に特化した走破鳥の改良種、黒走破鳥に引かせているそれには小型のバリスタが備えられ、今回の作戦ではそれぞれに賊を捕獲するための投網を持たせている。
全車とも御者と乗り手の二人一組で搭乗させていた。
そして走破鳥に騎乗する遊撃兵たち。
今回は十四騎揃えた。これだけの数が居れば、どんな状況にも対処可能だろう。
走破鳥は帝国内において、もっとも一般的な騎乗生物だ。大きな走る鳥、という表現で充分説明できる見た目をしているそれは、高い適応能力を誇り、あらゆる環境で生存できる。そして人によく慣れ、よく走り、数が揃いやすく、運用コストが低い。
文句なしに騎乗生物の中でも最も扱いやすく、おまけに品種改良が進んでいるので、さまざまな用途、目的において幅広い品種の選択肢が有る。
第13軍で主に運用されているのは闘争心が強い赤走破鳥だ。
賊が騎乗しているのは疾走竜だ。疾走竜は本来長距離を走るのには適していない。どちらかといえば短距離での瞬発力が魅力の騎乗生物だ。
つまり今の状態のまま時間が進めば進むほど、状況はこちらに有利に傾く。それは賊も承知しているだろうから、どこかで何か仕掛けてくるであろう事は、容易に予想できる。
「状況が動くまで、このまま賊を追跡!弱ったら一気に捕獲するぞ‼︎反撃してきても対処出来るよう、間違っても油断はするな‼︎」
ランディーヤは自分に言い聞かせるように、大声で部下に命令を飛ばした。
「どういう事だ?」
善仁には何が起きているのか、まるで理解できない。
善仁の身柄は引き渡され、交換はつつがなく終了したはずだった。
なのに、どういうわけなのか、モランたちが追って来ている。しかも彼らの後ろにはとんでもない数の大軍勢を引き連れて来ている。
あれはどう見ても、モランたちが大軍勢に追われていると見て間違いないだろう。
「ランディーヤ隊長が追っている賊どもに、私たちが追われている?これは一体……」
善仁は後ろ(馬車の前側ではあるのだが)から聞こえて来た声に反応して振り向いた。見ればカリメールが、善仁と同じく扉に付けられた窓を開けて、首を覗かせている。怪訝な表情だ。
(あの大軍勢はこいつらの味方なのか?じゃあモランたちは挟み撃ちにされるじゃないか!というか……)
モランたちがこの馬車を追ってくる理由が分からない。
善仁と交換で渡った書類、もしくは身代金に何か問題があったのだろうか?例えば身代金の金貨がよく調べたら偽物だった、とか……。しかし……。
(あんな大軍勢に追われてるんだ。もしそうだったとしても、普通は諦めて逃げないか?リスクを背負う理由にはならないような……)
その時一瞬ではあったが、ある考えが善仁の脳裏を掠めた。
(まさか……、俺が目的……とか……)
有り得ない。そんな事をして何の意味が有るというのか?頭に浮かんだ考えはあっさりと棄却された。
そのまま善仁はモランたちとその後ろの集団を眺めていたが、やはりモランたちには逃げる素振りすら見受けられない。明確な意思というか目的を持って、この馬車を追っているようだ。
窓から首を出してからというもの、時々砂埃が善仁の耳や首筋を撫でていく。それと何だろう?太陽が出ているにしては空が少し暗いような気がする。
砂埃が続け様に何度か善仁に当たり、「鬱陶しいな」と思った時、近くを並走していた兵士たちからどよめきが起こった。
「お、おい見ろ!……あ、あれ……」
何かあったのか?と善仁がそちらに気を取られていると、カリメールが声を上げる。絞り出すような声だ。
「そんな……まさか……あれは……」
カリメールの視線は馬車の屋根を飛び越えて、反対側の遠くを見ているようだ。釣られて善仁もカリメールの視線の先を見る。
(な……なんだあれは⁉︎)
そこにはまるで入道雲のような砂色の塊が、地上から生えるようにして聳え立っていた。その表面はモクモクと煙のように、不気味に蠢いている。ここからはかなり距離がある事を考えると、とんでもない大きさである事が分かる。
「す…………砂嵐‼︎……マズいぞ!砂嵐だ‼︎」
善仁の目の前で、カリメールはまるで幽霊でも見たかのように、恐怖に引き攣った表情を見せた。