ドナドナ
「うわー、何なのアレ……装甲馬車が2輌にバリスタ付きの戦車が3……5、……8輌も?走破鳥に乗ってるのも結構な数がいるんだけど……。要人の護衛するだけなのにあんな戦力……絶対必要ないじゃん、こわー」
ランディーヤたち第13軍が固まっている場所から7〜800メートルほど離れた小高い場所で、筒状の道具を覗きながら腹這いに寝そべったヴィータが呟いた。
この場にはヴィータ以外にウィードとザラス、そしてもう一人が居る。
四人とも第三者に発見されるのを避けるためかヴィータのように地面に寝そべっている。
そのもう一人が口を開いた。
「間違いなく奴さんたち、何か悪い事考えてるな。こりゃ俺たち、逆にハメられたんじゃないのか?」
飄々とした軽い口調だ。
その発言を受けてウィードがナイフを研ぐ手を止めずに言う。
「トマーゾ、俺はハメられるよりもハメたいよ。ハメまくりたいよ。この件が片付いたらそれなりにお手当が出りゃ良いんだけど。そろそろ「紅兎亭」のジーナが寂しがってる頃なんだよなー。もうひと月は会いに行ってないからなー」
ウィードは「はあ」とわざとらしく溜め息を吐いて見せた。
トマーゾと呼ばれた男は笑いながら答えて言う。
「うーん。ジーナが寂しがってるかどうかは知らんが、ウィード、お前自分は細めのくせして女は太めなのが好きなのな。上に乗られた時に苦しかったりしないのか?やっぱり肉感がたまらんとか言うやつなのか?ハンナぐらいだったら俺も完全に同意するんだけどな」
男二人が下世話な話をし始めたのが気に障ったのか、ヴィータがあからさまに大きな音を立てて舌打ちをする。
「……お前らもう少し緊張しろ。いつ引き渡しが始まるか分からんのだぞ。ヴィータ、そっちもちゃんと見てるよな?」
ヴィータのイライラを紛らわせるつもりなのか、ザラスが間に入るように言って来た。
「……ちゃんと見てるよ。だけどロトって人質として交換できたんだな、そこが疑問なんだ。モランにその辺聞いてもあーだこーだぼかしてばかりでちゃんと教えてくれないんだよな。珍しく」
ヴィータが拗ねたように言う。
「まあ、知らなくても良い事だから言わないだけだと思うがな。疑問を持つ事は結構だが、俺らは作戦通りにやるだけだ、そうだろ」
「そりゃあそうだけどさ……」
ザラスがそう答えても、ヴィータは完全には納得出来ていない様子だ。
「なあなあ、ヴィータ。それ、俺にも覗かせてくれよ。なんでそんな筒で遠くが見えるんだ?何かの魔法なのか?……なあって」
ウィードは低い姿勢のままヴィータの近くに身を乗り出して来る。
ヴィータはウィードの方を向いて冷たい目で一瞥したがすぐに元の体勢に戻り、手に持った望遠鏡をまた覗きながら言う。
「別に貸しても良いけど、あんたすぐ調子に乗って壊すじゃん。もし壊したらノルに弁償しないといけなくなるよ。無理言って借りて来てるんだから。そうなったら、あんた半年は自由に使える金が無くなるかもしれないけど、それでも良いわけ?ジーナに会いに行くどころじゃ無くなるよ」
「うぐっ」と言ってウィードの動きが止まる。
「……分かれば良ろしい。あとついでにもう少し静かにしといてくれるかな…………って、動いたぞ!」
ヴィータのその言葉でその場の全員に一瞬で緊張が走った。
善仁は後ろ手に縛られた状態で立っている。
彼の傍には目出し帽のようなものを被って顔を隠しているモランとユード、そして元々頭巾を被っているので善仁にもその顔が分からないハンクの三人が立っている。
善仁は三人の警戒心と緊張が目に見えるかのようだった。
この場に来てからというもの、ピリピリとした空気があたりを包んでいる。
ピコロ親方の命令でシュツカと善仁の事を探っていた者の一人が捕らえられ、使者として「帝国」側に送り返す事で接触を図り、今日の引き渡しの日程が決まるまではあっという間だった。
あの後モランに連れられてボルトルン立ち会いのもとピコロ親方に会い、善仁が〝渡り人〟としてそれなりの交渉材料になる事を説明した。
ボルトルンは善仁の話を「何故今頃になってそんな話をするのか」「命惜しさゆえの口から出まかせだ」として信用しなかった。
モランも半信半疑といった表情だったが、ピコロ親方だけはどういうわけか驚くほどあっさりとその話を事実だと認め、今度こそ逃げたりしない事を条件に、拘束は解かないものの善仁を地下室から解放したのだった。
そして善仁は生きて今日の引き渡しの日を迎えたのである。
目の前では善仁の身柄の引き渡しに立ち会う「帝国」側の人間が、テントの日除けの影の下で、何やら書類を作成しているらしい。
しばらくすると、その中の一人が書類を手に近付いて来た。
「こちらの内容について確認を。これで良ければヴァルヒード伯の委任状、それと身代金と引き換えに、〝渡り人〟の身柄をお渡し頂きたい」
恰幅の良い、裕福そうな身なりをした中年男性だ。確かカリメールとか名乗っていた。
書類はおそらくマッシモ親方を釈放するように命じる証書だろう。
それにこの地方一帯の領主であるヴァルヒード辺境伯のお墨付きを与える委任状が添えられ、さらに〝渡り人〟である善仁を交換するのに相応しいだけの身代金がゴンドール一家に渡る事になる。
それが交換の条件らしい。
マッシモ親方と、その子分であるブルトースへの面目も立ち、さらには結構な額の現金が手に入るわけだ。
ご機嫌なピコロ親方の笑顔が目に浮かぶようで、善仁は胸糞悪い気分に襲われる。
モランが内容を確認し、相手に向かって頷く。
相手はその書類をモランたちから見えるようにして、封書する作業に入った。
上等な紙にしたためられた証書と委任状は、さらに上等な紙に包まれた上で蜜蝋で封をされて、モランに手渡される。
モランはその封書を綺麗な布で包み、しっかり確認しながら鞄の中に仕舞い込んだ。体にしっかりと巻き付けて固定するタイプの鞄だ。
その横では一般的なレジ袋ほどのサイズの革袋に入れられた身代金をユードが受け取っていた。
開けて一枚中身を取り出す。見事な輝きを放つ金貨だ。
ユードは金貨をしげしげと眺めたり、口の方へ持って行ったかと思うと奥歯で何回かガチガチと噛んだりした後、袋に戻してその口をきつく縛り、持っている鞄に仕舞い込む。
モランが頷いて合図すると、ハンクが善仁の後ろ手に縛られている手の拘束を解き始めた。解放されて善仁の両手が自由になる。
「それではアウリス、様……でしたかな、どうぞこちらへ……」
カリメールとかいう男は嘘くさい笑顔を作りながらそう言って、善仁を馬車の乗降口へと誘導してきた。
促されるままに馬車へと歩を進める。とても大きな車体だ。善仁が映画やドラマで観てイメージしていた馬車よりも一回り以上大きい。
おそらくほぼ木製だとは思うが、箱の形になっている車体の角や、それらをつなぐ辺、縁に当たる部分には棘のような飾りがついた鋼板が貼られ、補強されているようだ。車輪も大きく、幅が太く、ゴツい作りになっている。
御者台の他にも人間が立てる足場がいくつか外付けされており、後部にあるそれには、大きな弩弓のようなものが備え付けられていた。
こうなってくると車体の重量だけでかなりのものになりそうだが、善仁は車体の前に繋がれた、この馬車を牽引する動物を見てある意味納得する。
そこに繋がれているのは馬ではなく、猪とサイを足して二で割らなかったような動物だった。
ずんぐりとした体格、ぶっとい脚。小さなインド象くらいの大きさがあるその動物が、四頭立てで繋がれている。これならこの馬車でも楽々牽引しそうだ。
馬車の乗降口に取付けられている踏み板に足をかけた時、善仁はふと後ろを振り返った。
モランたち三人が並んで立ってこちらを見ている。目出し帽と頭巾で顔を覆われているので表情は分からないが、モランの目は真っ直ぐ善仁を見据えていた。
善仁はその目が「じゃあな」と言っているような気がした。おそらく彼自身の勝手な感傷だろうが。
本来別れを惜しむような間柄でも無い。
善仁は前に向き直ると馬車に乗り込んだのだった。
馬車の中には先客が居た。その先客の顔を見た善仁は驚きを隠せなかった。
(‼︎……こいつは確か……神殿の……そう、ワーグナスとかいう爺さんだ)
ワーグナスは一度ジロリと善仁を見たが、すぐに視線を逸らした。表情を見る限り不機嫌そうだ。
(そりゃまあ、いくら逃げるためとは言え、俺に顔を蹴られてるからな……)
恨まれても仕方ないと善仁は思い、隣や向かい合わせには座りづらいので、斜向かい、この馬車の室内の対角線の席に腰を下ろした。
それからさほど待つこともなく、カリメールと名乗った男と、もう一人、カリメールと同じかそれ以上に着飾った貴族らしい男が乗り込んできた。
貴族らしい男は何とも底意地の悪そうな顔つきをしている。
カリメールは善仁の向かいに、貴族らしい男が善仁の隣の席に腰を下ろす。
馬車の室内はゆったりと座れる四人乗りの設計のようで、外観からのイメージ以上に広く感じられた。
座席部分は革が豪華に貼られ、内装はシンプルながらもシックな色調で、持ち主のセンスの良さが感じられる。
「それでは帝都に向けて出発する!皆気を引き締めるように!……ランバート卿!護衛をよろしくお願いしますぞ!」
馬車の扉に嵌められた窓は、それ自体を開く事が出来るようだ。開いた窓から外に向かってカリメールは大声で指示をする。
「では、出発‼︎」
その声の後、馬車が動き始める。
しばらく進んだところで車体がほぼ揺れない事に善仁は気付き、感心する。サスペンションのような機構が備わっているのだろう。
(一見ローテクに見えるけど、この世界の工業技術は意外と優れているのかも知れない)
そんな事を考えていると、カリメールが善仁に顔を向けて話しかけて来た。
「ロト・アウリス様、改めて紹介させて頂きます。こちらはヴァルヒード辺境伯の懐刀と名高いネオス卿。今回アウリス様の捜索に多大なご支援を頂きました。そしてこちらが帝都の神殿司祭、ワーグナス師でございます」
旅のお供の紹介タイムだ。ネオスとかいう貴族らしい男は軽く頭を下げたようだがこちらを見ようともしない。善仁が少し気分を悪くしていると、ワーグナスが
「まあ、紹介して頂かなくとも、アウリス……様、とは初対面ではありませんがな」
と顔を歪めながら皮肉たっぷりといった声の調子で言ってきた。どうやらあまり楽しい旅にはなりそうにない。
カリメールは「ああ、なるほど」と言う表情を一瞬したが、すぐに切り替えて自分の紹介に移る。
「そして私がビィズバーンの都市長を務めさせて頂いております、カリメールでございます。今回の旅のお世話をさせて頂きますので、何かございましたら、私にお申し付け下さい」
カリメールという男は善仁に対して、下にも置かない扱いをしてくるが、やはりどこか嘘くさい印象を受ける。
それに「様」付けで呼ばれても、ピコロ親方に付けられた名前では全く嬉しいと感じない。
「私からアウリス様に少しお伺いしたい事があるのですが、よろしいですかな?」
ワーグナスが口を開く。
「どうぞ」
善仁は短く答えた。
「前にお会いした時に、私秘蔵の品をお預けしていると思うのですが、それは今、どこにあるのでしょう?もしかしてアウリス様がお持ちなのでしょうかな?」
(貴重な品なんだろうし、そりゃ聞いて来るよな……それにしても皮肉っぽい聞き方だ)
そう思ってどう答えたものか善仁は少し悩む。
ワーグナスが聞いているのは間違いなく〝賢者の石〟の在り処についてだろう。
視界の端で、カリメールが「そんなこと聞くんじゃねえよ」みたいな顔をしているのが見える。
「あれは…………勝手な事をして申し訳ありませんが、とある女性の葬儀の際に棺に納めました。とても霊験あらたかな品だと聞いたので……」
善仁は嘘を吐いた。
「そうですかそうですか。勘違いなさっていたのなら仕方ありませんな。あれは私個人ではなくいわば神殿の所有物。副葬品として収めるべきものではございません。落ち着いたらその女性が埋葬された場所をお教え願いたいものです……」
「ンンッン‼︎‼︎」
カリメールがわざとらしく大きな咳払いをした。それによって話が一旦途切れる。
(墓の場所を教えろって……この爺い、墓暴きをするつもりかよ。……そうか、あんたはシュツカの事をそんなふうに考えてたんだな)
無表情のまま善仁は考える。表情筋につながる神経を全て遮断しているイメージだ。その一方で腹の底に渦巻いているものの正体を善仁自身、ハッキリと自覚できている。
怒りだ。
そのまま善仁は自身の思考に沈んで行った。
幸いその後は誰も話しかけて来る事は無く、カリメールもネオスと二人で、善仁には理解できない世間話をしている。
ワーグナスも押し黙って目を閉じていた。眠り始めたのかもしれない。この年寄りは目の下に濃い隈を作っている。
そうして30分ほど経った頃だろうか、善仁にも分かるくらい、馬車の外が騒がしくなり始めた。
「?」
何事かと馬車の中を見回す。
カリメールも異変に気付いているのだろう。窓を開いて大声で外の護衛に話しかける。
「何事だ?何かトラブルか?」
その問いかけに、毛の長い山羊のような動物に跨って、馬車の横を並行して駆けている兵士が答える。
「我々を盗賊のような集団が追いかけてきます。襲撃して来るかもしれません‼︎」
兵士の声からは緊張が伝わってくる。それを聞いた善仁は、思わず扉の窓を開けて首を出し、後方を確認した。