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異世界堕悪  作者: 押入 枕
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嵐の前の……


「このような手順で〝渡り人〟を引き取る流れになります。よろしいでしょうか、各々方(おのおのがた)


 この場に居る者たちの顔を見回しながら、カリメールは確認して来た。


 ワーグナスは正直なところ、首を縦に振る事すら億劫(おっくう)だったので、視線で肯定の意をカリメールに送る。

 もっとも無駄を嫌うカリメールの性格上、理解していない者が居たとしても、何度も懇切丁寧に説明を繰り返すとも思えなかったが。


 ワーグナスたち「〝渡り人〟捜索チーム」の主要メンバーたちは、港町ロデオン近郊の荒野に設営されたテントの中で、今から行われる〝渡り人〟の引き渡しの段取りについて確認しているところだ。

 捜索に関わった組織の長クラスの重要人物が揃っている事からも、今から行われる事がいかに重要な事であるかが分かるが、ワーグナスの心はどういうわけか、少しも(たかぶ)ったり、(たぎ)る様子を見せない。


(起きる事にいちいち一喜一憂していた儂は一体何だったのか……決着する時は呆気ないものだ……)


 ビィズバーンで発生した〝渡り人〟と巫女(みこ)シュツカによる〝賢者の石〟強奪事件は、捜索チームの主要メンバーたちにある種の衝撃を与えた。


 主要メンバーたち首脳陣の見解というか認識は、〝渡り人〟、神殿の巫女の二人ともが(さら)われた賊に監禁、もしくは連れ回されており、自分たち捜索チームのような存在の助けを待っているというものであった。


 それが一体どういう風の吹き回しなのか、捜索対象だった本人たちが捜索チームの本部の目の前に現れたかと思うと、神殿の宝具を奪って逃走したのだ。その行動は首脳陣の理解の範疇(はんちゅう)を超えていた。


 しかもワーグナスはシュツカ本人の口から、〝異界返し〟によって〝渡り人〟を元の世界に送り返すつもりだと、そう確かに聞いたのだ。

 おそらくシュツカは本気でそうするつもりだったのだろう。

 彼を、いや神殿組織すべてを裏切ったと言って良い彼の巫女は、逃走の途上で例の追跡隊に居た兵士によって討たれ、憐れにもその命を儚く散らした。


 港町ロデオンの教区を担当している神殿司祭から、「生前は巫女だった」と遺体を持ち込んだ者が主張する女の葬儀を執り行った、という報告をビィズバーンの政庁内支部が受け、その旨を伝えられた時、ワーグナスは彼の巫女を永遠に失った事を知ったのだった。


 ワーグナスの心中は複雑だ。

 まずは彼の巫女が何をとち狂ったのか、せっかく召喚した〝渡り人〟を元の世界に送り返そうとした事についてだ。

 明らかな裏切り行為だ。

 彼や神殿組織に対してだけではない。〝渡り人〟を召喚する事は皇帝陛下の勅命、言い換えるなら国を挙げての一大計画だったのだ。

 彼女の(くわだ)ては国家への反逆と捉えられてもおかしくないものだ。ひいては彼女を保護、監督する立場にあったワーグナスの責任問題へと発展したとしても、全く不思議ではない。


 そう考えた時、シュツカが死んだという事はワーグナスにとって、皮肉にも自身の身命に関わる危機から脱するという事でもあった。

 「死人に口なし」とは上手く言ったもので、ワーグナスが墓まで持って行けば、シュツカの企てが露見する可能性はかなり低くなる。

 同行していた〝渡り人〟が話すかも知れないが、企てた張本人が死んでいるのだ。決定的な証拠にはならないだろう。


 そう安堵する一方で、ワーグナスは飼い犬に手を噛まれたような不快な気分が(ぬぐ)えない。

 ようやく下の毛が生え揃うかというような歳から、ついこの間までの長い期間に渡りシュツカを彼の元で保護し、生活の面倒を見て、巫女としての教育を施し、愛を注いで来た。

 だというのにこれは何というザマだろうか。この裏切りは到底許す事が出来ない。


 もしかしたら〝渡り人〟に(そそのか)されたのかも知れない。

 シュツカはワーグナスも及ばないほど敬虔(けいけん)に神とその奇跡を信じていた(ふし)がある。ある意味では熱狂的とも言えるほどに。思い込みも強い方だった印象が有る。


(……そうだ、そうだとも、きっとそうに違いない‼︎〝渡り人〟こそがシュツカを狂わせたのだ‼︎)


 ワーグナスは今辿り着いたその考えに飛び付いた。

 子飼いの巫女に裏切られたという事実を認められない彼は、自身が無意識のうちに都合の良い考えに捉われているという可能性を認識する事が出来ない。

 そうしてワーグナスの中に、かわいい彼の巫女を(たぶら)かしたに違いない〝渡り人〟に対するどす黒い情念が渦巻いて行くのだった。




「抜かりなく準備しろ‼︎今度こそ失態は許されんぞ‼︎我々は皇帝陛下の威信をお預かりし、同時に支えているという事を今一度思い出すのだ‼︎」


 (せわ)しなく動く配下の兵士たちに向かって第13軍、ビィズバーン警備隊長のランディーヤは檄を飛ばす。

 先ほどのテント内での打ち合わせが終わった後、テントからおよそ500メートルほど離れたこの場所で、ビィズバーンの第13軍警備隊から選りすぐった精鋭部隊は、この後に控える〝渡り人〟の引き渡しが行われたさらに後の、とある作戦のために着々と準備を進めていた。


 そもそも今回の引き渡しは〝渡り人〟たちを攫ったであろう賊の方から接触があり、その結果実現する運びとなったのだった。

 賊の引き渡しの打診に対して、了承する旨の返事を使いに持たせて送り出した後、ビィズバーン都市長であるカリメールは、ヴァルヒード伯の密偵頭であるネオス卿とランディーヤを内々に呼んで、ある計画を持ちかけて来た。


「この引き渡しによって〝渡り人〟の身柄を確保できる可能性は高いですが、憎たらしい賊どもは不遜(ふそん)にもある条件を呑んで欲しいと言って来ました。条件の内容については近日中に伝えて来るという事なので今はまだ分かりませんが、どうせ(ろく)な内容ではないでしょう」

 カリメールは憤懣(ふんまん)やる(かた)無いといった表情で話す。賊に対する憎しみが見て取れた。


「しかも彼奴(きゃつ)めらは恐れ多くもその条件について、ヴァルヒード辺境伯の承認を求めて来ました。これ以上彼奴めらがつけあがるのは捜索の妨害など、さんざん煮え湯を飲まされてきた我々としては我慢ならないものが有ります。そこでランディーヤ隊長にはこの機に乗じて賊を捕獲し、その背後に居る黒幕を白日の元に()()り出して頂きたいのです」


 確かに引き渡しの現場には少なくとも賊の手下は来るだろう。そいつらを捕らえて、そこから芋づる式に不届き者どもを処刑台に送るというカリメールの計画は、ランディーヤにも良い案のように思えた。


「〝渡り人〟の引き渡しと、馬車による帝都までの護送は私とネオス卿、あとは神殿のワーグナス殿が立ち会うとして、護衛は例の魔導省執行部のお若い大将に依頼しようと思っております。そうすれば失態続きの魔導省にも多少は花を持たせられるでしょう。ランディーヤ殿には別動隊を率いて頂き、引き渡しが終わった後に現場を離れる賊どもを追跡して捕らえて頂きたい」


 確かに護送よりはキツネ狩りの方がランディーヤの性に合っている。


(かしこ)まりました。見事賊どもを捕らえてご覧に入れましょう」

 ランディーヤは自信たっぷりに了承したのだった。



「ランディーヤ隊長、地元出身の兵どもが何やら騒いでおります。この空模様は砂嵐が起きる前兆だとか何とか……」


 部下の一人が声をかけて来た事で、ランディーヤの思考は回想から現実に引き戻される。部下の報告は聞き捨てならないものだった。


「砂嵐だと?地元の者たちが言うなら信憑性は高いな。まったく、何とも間の悪い……」


 ここヴァルヒード地方は、帝国内では北部のヴァルクホーン地方に次いで過酷な自然環境に囲まれている事で知られている。

 とにかく降雨量が少ない砂漠性の気候がその主な原因だ。

 その気候のせいで乾燥に強いヒード麦以外にはこれといって経済的に有力な作物が育たず、そのヒード麦すら毎年旱魃(かんばつ)に怯えながら育てている有様だった。

 この地方に生まれ育った者なら、旱魃による食糧危機の影響で、まず間違いなくタンパク源として昆虫を食べた経験が有るはずだった。他の地域では余程の事情が無い限り流石に昆虫食まではしない。


 そんな自然環境の中でも最大の脅威と言っていいのがこの季節、不定期に発生する砂嵐だ。

 ビィズバーンに赴任してからそこまで年数が経っていないランディーヤでも、すでに十回以上は経験、もしくは目撃している。


 砂嵐は発生すると勢力が弱まって収束するまで移動し続け、通った跡を砂と暴風で蹂躙(じゅうりん)し尽くしていく。

 発生する規模、大きさにもよるが、砂嵐が農耕地や人間の生活圏を通った場合、その被害は甚大だった。

 ビィズバーンに住む年寄り連中にとって、およそ三十年前の記録に残る大規模な砂嵐、その記憶は半ばトラウマとなって刻み込まれているらしい。

 巨大な砂嵐が通過した後のビィズバーンは都市機能が完全に麻痺してしまい、治安や経済の面で大きく打撃を受けたそうだ。

 いつだったかカリメールも「元の状態に戻るまで十年はかかった」とその頃を振り返っていた。それほどの脅威なのだ。


「今さら引き渡しを中止するわけにもいくまい。何が起きても対応できるような備えをしておくように」


 戦闘においては百戦錬磨のランディーヤといえども自然災害が相手では、今はそう部下に命じる事しかできないのであった。


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