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異世界堕悪  作者: 押入 枕
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雨の中の葬儀


(なんじ)神の仔、神に仕えし巫女(みこ)シュツカよ、その魂が迷う事なく神の御許(みもと)に召されん事を……」


 神殿の司祭がシュツカが横たわる棺の前で(うやうや)しく唱えた。

 ここは港町ロデオンの町外れにある墓地の一角、そこでささやかな葬儀が()り行われている。


 儀式を続ける司祭の後ろで、善仁(よしひと)と小舟の船頭が項垂(うなだ)れて立っている。

 雨はまだ降り続けており、善仁も船頭も濡れネズミになっていた。それとは対照的に、司祭には付き人が傘を差し出し、その体と法衣が濡れないようにしている。


 一通りの神殿式の葬儀の行程が終了した。

 墓掘り人たちがすでに掘っていた穴に棺を収めるため動き出す。

 善仁は司祭に促され、最後の対面をするために棺の中のシュツカに向き合う。

 目を閉じたシュツカの顔は、矢を受けて苦しみながら死んでいったとは思えないほど綺麗で、安らかだった。


(大切な人を失うってのは、こんなに辛い事なのか。残された人間は、こんなにも辛いのか……)


 幼い頃に両親を交通事故で亡くし、母方の祖父母の元で育てられた善仁は、近しい人間の死を間近で見るのは初めての経験だった。

 祖父母が亡くなったのも社会人になってからで、当時の経済状況から考えて、ある意味無謀にも一人暮らしを始めてから仕事に忙殺されていた善仁は、相次ぐ祖父母の死を迎えた時に悲しみはしたが、ここまで心が動く事は無かった。

 ああ、天涯孤独になってしまったな、とは思った記憶があるが。


(人一人が亡くなるというのは、こんなに大変な事だったのか、……それにしても…………)


 棺の中に用意された花を入れながら、善仁は自身の思考に(とら)われている。


(どうして何も出来なかったんだ、俺は?……もう少し、こう、何かできたんじゃないのか?もし何処かで何か、ボタンの掛け違いみたいな事があれば、もしかしたらシュツカは死ななくても済んだのかも知れない)


 すでにもう何十回として来た自身への問いかけを、また善仁は繰り返す。

 何度問いかけても答えは出ない、不毛な考えである事は善仁も分かっているのだが、それでも気づけば同じ思考を延々と繰り返しているのだった。


(シュツカが撃たれた時、もしもうワンテンポ早く動き出していたら、もし逃走中にもっと早く走れていたら、息がもっと続いていたら、何ならシュツカをおぶって走り去るぐらいの体力があれば……、もしあの宿舎で変な置物が鳴らず、ワーグナスに気付かれなかったら、…………いや、そもそも俺が、元の世界に戻りたいと願ったりしなければ…………)


 無数の「たら」と「れば」が積み上がり、それら全てが善仁を責め(さいな)む。

 こうやって自分を責め続けてもシュツカは帰ってこないし、こんな考えで善仁が苦しむ事を彼女は望まないだろう。それは善仁も分かっていた。


 いつまでも別れを惜しむままでいる事は出来ない。そう告げられるかのように、棺の蓋がゆっくりと閉じられた。

 善仁は墓掘り人たちに混じって棺を抱え上げる。船頭も棺を持ち上げる男たちの輪の中に混ざっている。


 男たちが墓穴の中に棺をゆっくりとおろしていく。

 善仁はその時、棺と自分との間に挟まれている物がある事に気付いた。何かが懐のポケットに入っている。


 穴の中に収まった棺とその周りへ、墓掘り人たちがスコップで土をかけていく。

 善仁はポケットに手を差しれて、先ほど気付いたその何かを取り出した。


 手の中には五百円玉大の二枚貝があった。シュツカがくれた軟膏だ。何かの拍子に押し潰されたのか、貝にはヒビが入っている。


「……ふぐうううぅぅぅ……」


 それを見た善仁はその場に膝から崩れ落ちた。目からはまた涙が(こぼ)れ始める。

 振りしきる雨の音の中に、善仁の嗚咽(おえつ)が哀しく響くのだった。



 どれだけの時間そうしていたのか、船頭が善仁の肩を軽く揺すった事で、善仁は我に帰る。

 気付けば神殿の司祭も墓掘り人もすでにその姿を消している。葬儀が終わったら、さっと帰ってしまったらしい。なんとも他人事で、寂しい話だな、そう思いながら善仁は立ち上がる。


「ありがとう、色々と世話になってしまって……これは心ばかりのお礼だ。受け取ってくれるとありがたい」

 そう言いながら、善仁は財布を船頭に渡す。

 実際にロデオンまで善仁とシュツカを連れ帰り、勝手の分からない善仁に代わって葬儀の手配までしてくれた。善仁は船頭に心から感謝していた。


「まあ、そう言われちゃ受け取らざるを得ませんがね、旦那。これ、もしかして有り金全部じゃないんですかい?もしそうなら駄目ですぜ」

「ああ……大丈夫、金なら当ては有るから……大丈夫だ。心配かけてすまないな」

 本当に当てが有るわけではないが、船頭を納得させるために善仁はそう言う。


「……なら良いですがね、……変な気を起こしちゃあ、いけませんぜ、旦那。それじゃ……」

 そう言って一礼すると、船頭は何度も善仁の方を振り返りながら、去って行った。



 雨は降り続け、全く止む気配を見せない。まるでシュツカの死を空が(いた)んでいるかのようだと、善仁はそう思った。


(……これからどうすりゃ良いんだ。シュツカには約束したが、どうやって生きていくと言うのか……)


 善仁は途方に暮れる。

 正直これからどうするのか、そんな事を考えられるような気分じゃ無い。

 善仁は気付いていながらも()えて考えないようにしているが、シュツカが亡くなったという事は、もう元の世界に戻る手段が失われてしまったという事だ。

 それについて考える事は、容易(たやす)く絶望の道に至る事だと、善仁は理解している。


(何か生きる目標があるわけでも無い。虚しい…………空っぽだ……)


 そう考えた時、雨に打たれ続けたせいだろう。善仁は急に寒気(さむけ)を感じた。風邪を引く前兆のあの感覚だ。そう思ってさらに憂鬱な気分になる。


 大きく溜め息をついた善仁は、その時ようやく自分を取り囲んでいる人影が有る事に気付いた。


 慌てて振り向くと、そこにはモランたちが立っていた。


 モラン、ユード、ザラス、ヴィータ、ウィード、ハンクとか呼ばれていた頭巾を被った男、そしてあともう一人初めて見る顔が、全員その視線を善仁に向けている。


 彼らの表情は緊張しているが、あまり怒りの色は見られない。

 しかし、彼ら全員の目に冷たい光が宿っている事に善仁は気付く。当然ではあるが、彼らは心中穏やかでは無いようだ。


 しばらく見つめ合っていた善仁と彼らだが、不意にモランが口を開く。


「……やってくれたな、ヨシヒト」


 その静かな怒りを(にじ)ませた声を聞いた時、もうどうにでもなれ、という考えが善仁の頭の中に浮かぶのだった。


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