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異世界堕悪  作者: 押入 枕
21/39

ビィズバーン逃走劇


 カンカンカンカンカンカン‼︎


 物見(やぐら)から甲高い鐘の音が鳴り響く。

 ビィズバーン城内は騒然としている。

 あちこちで兵士や政庁の職員、下働きの人間までもが走り回って大騒ぎになっている。

 今までは暗かった部屋に明かりが点き始め、篝火(かがりび)や壁掛けの松明に火が灯されていく。


 ローレンは全力疾走で仲間の居る執行部詰所まで戻っているところだった。

 先程メケメケ鶏の鳴き声のような音を聞きつけて宿舎になっている棟に向かい、そこに居たワーグナスと神殿の下働きの女、それとローレンより先に到着していた衛兵から事情を聞いた途端、彼は建物を飛び出した。


(にわか)には信じられん話だ……)

 やや息を切らせて走りながらローレンは考える。

 あの場にいた者から聞いた話では、(さら)われたはずの〝渡り人〟が神殿の巫女(みこ)とともに現れ、ワーグナスが所有していた神殿の宝具を持ち去ったという。

 なぜそんな事になるのか、ローレンにはさっぱり分からない。


(何が起きているのかよく分からんが……、しかし間違いない!これは降って沸いたチャンスだ‼︎)


 そう、あれだけ捜索しても手掛かりさえ見つからなかった〝渡り人〟が向こうから目の前に転がり込んできたのだ。

 彼らを確保する千載一遇の好機と言える。

 細かい事情を調べるのは、逃亡している〝渡り人〟たちの身柄を確保してからでも遅くはない。



 詰所の入り口から、ローレンは転がり込むように中に入った。いきなり現れたローレンの様子に、当直の兵士三人は目を丸くしている。


「全員弓矢を持って着いて来い‼︎賊が侵入した‼︎追いかけるぞ‼︎」

 大声で部下たちに命令を飛ばしながら、自分の弓と、矢筒を探す。


(しまった‼︎弓を宿屋に置いて来てしまっている‼︎俺としたことが‼︎)


 痛恨のミスだが今は自分を責めている暇はない。

 ローレンは仕方なく立てかけてあった弩弓(クロスボウ)と、弩弓の矢(ボルト)の束を収めたカゴを手に取り、そのまま詰所から飛び出した。

 毛束山羊(モップゴート)を繋いでいる縄を解いていると、部下たちも追い付いてきた。彼らを待ったりはせず、ローレンは毛束山羊に飛び乗り、駆け出していく。


(今度は取り逃したりせん‼︎雪辱を晴らして見せる‼︎)


 混乱して動き回る城内の者たちの間を縫って、ローレンと彼が騎乗する毛束山羊は駆けてゆく。




「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ!」

「ハァッ、ハァッ、ハァッ、ハァッ!」


 善仁(よしひと)とシュツカはビィズバーンの街中を駆けていた。

 もうすっかり暗くなっているが、通りの店や出店には煌々(こうこう)と明かりが灯り、人混みの量も昼間ほどではないにしろ、それでも少なくない通行人がゾロゾロと歩いている。

 すれ違う通行人たちは一瞬彼らを見るが、すぐに視線を逸らして歩いていく。


 足がもつれ始めたのを感じ、善仁は建物と建物の間、小さな袋小路になっている場所にシュツカの手を引いたまま飛び込んだ。

 そのまま物陰に身を潜めながら、顔だけを出して通りの様子を窺う。ここまで逃げて来る途中にも何度かこうやって息を整えた。


 それにしても自分で思っている以上に体力が落ちている。

 体が重く、ぜいぜいと荒い呼吸はなかなか落ち着いてくれない。膝のまわり、ふくらはぎ、それに足首も、とにかくあちこちが謎に痛い。

 それに買ったばかりの靴はまだ足に馴染んでいない。ところどころ靴()れが出来始めているのが分かる。


 とにかく状況確認だ。追手はどれくらいの数なのか、見える範囲をキョロキョロと見回す。

 と、同時に顔に水滴がポツポツと当たる。雨だ。今にも本格的に降り始めそうだ。


 少し遠くの陸橋の上を、松明の炎が流れていく。おそらく追手だろう。

 少しづつだが、こうやって止まって息を整えるたびに、確実にこちらに近づいて来ているのが分かる。だんだんと松明の数も増えているようだ。


「ヨシヒト、大丈夫ですか?」

「ああ、シュツカこそ、まだ走れるか?」

「はい。私は大丈夫です。ヨシヒトと違って荷物も少ないですし……。それ、重いのであれば貴重品だけ残して捨ててしまっても良いのでは?」

 そう言って、シュツカは善仁が肩から下げている鞄を指差した。

「ああ、そうしたいのはやまやまだけど、生憎これはまだ必要なんだ」

「?」

「よし、また走るぞ。あの松明の集団が通り過ぎてから……今だ!」

 善仁の合図で二人はまた走り始める。


 目的地はあの船頭が船を停めている場所だ。まだ停まっていれば良いが。

 最悪あの船が居なければ、他の船の船頭を脅してでも、海に出なければ逃げきれない。

 そう思った善仁は腰に忍ばせたナイフの柄に触れる。

 とはいえ今はとにかく目的地に辿り着かなければ……。


 先程までとは違い、今度は人通りの少ない裏道を選ぶ。

 走っているのが目立つので見つかるリスクは高いが、通行人という名の障害物が少ない分、速く走る事ができる。賭けにはなるが、善仁はこのルートを選んだ。


 しかしそのまま100メートルも走ったかというところで、

「居たぞ‼︎男と女、二人組だ‼︎」

 仲間に知らせようとしているのだろう。大声が聞こえてきた。


 クソッ!賭けに負けた‼︎ついに見つかってしまった。

 マズい、善仁の記憶が間違っていなければ、目的の場所まではあと1キロメートルほどは距離があるはずだ。追いかけられる身である今は、とんでもなく長い距離に感じる。


 仕方なく、善仁はシュツカの手を取ると、大通りに飛び出した。

 自分たちもスムーズには走れないが、人数が居る追手はさらに追いかけるのが困難になるだろうと思っての選択だった。


 (はぐ)れないように握ったシュツカの手を引いて、人混みの中を縫うように進んでいく。シュツカも息を切らしながら、よく付いて来てくれている。

 後ろをチラチラと振り返りながら善仁は走る。何度か通行人に軽くぶつかり、その内の一人が怒声を発したが、今はかまっていられない。


 バラバラだった松明の炎は、だんだんと一つに(まと)まりつつある。かと思うと、その内の幾つかが集団から離れた。


(マズい!回り込むつもりだ‼︎)

 追手の行動は、善仁を焦らせるには充分だった。


 救いがあるとするなら、追手は自分たちが何処を目指しているのか知らない事か。

 そう考えた善仁は再度大通りを外れて、直線的に目的地に向かうのではなく、ジグザグにルートを辿って目的地を悟らせないようにする方法を選択する。

 頭の中にある(おぼろ)げな、この辺りの地理の記憶を引き出しながら、善仁は必死に走る、走る。


 走りながらふと後ろを振り返ると、本体から離れた何人かの追手は、建物の屋根の上を走っていた。


(なっ‼︎ズルいぞ‼︎そんなのアリかよ‼︎)


 この辺りの建物は斜めではなく、水平な屋根、屋上を備えた建物がほとんどだ。追手はその屋根の上を、走っては飛び移り、走っては飛び移りして追いかけてくる。まるで忍者だ。


 松明の炎の一つを掲げた追手の影が、善仁たちの前に出る。そのまま前を向いて走る善仁の視界に入ってきた。

 かと思うと、その影は屋根から飛び降り、建物の日除け、道に停めてある馬車の(ほろ)へと身軽に飛び移って、ついには善仁たちの前の地面に飛び降りてきた。


 地面に着地すると同時にゴロリと前転し、その勢いを利用して立ち上がる。体操選手のような無駄のない綺麗な動きだ。


 感心している場合ではない。追手は目の前に立ち塞がった。

 どうしようもなく善仁とシュツカは立ち止まる。

 そうこうしている間に、追いついた他の追手の何人かが善仁とシュツカを囲むように屋根の上から地面に降りてくる。


 目的地まではあと少し、そんなに離れていない。ここまで来て、ついに捕捉されてしまった。

 追手はすぐには動かず、善仁たちの様子を(うかが)っているようだ。おそらく本隊の到着まで時間を稼ぐつもりだろう。


(このままでは捕まる。くそっ……仕方ないか)

 善仁の鞄を握る手に力が入る。

 不安になったのだろうか、シュツカが善仁に体を寄せてきたその時、

 目の前に立ち塞がった追手が動き始めた。

 善仁たちに向かって歩き始める。追手と二人の距離は5メートルほど離れている。


 その時善仁は持っていた鞄に手を突っ込んだ。

 そして引き抜いたその手には、酒瓶のような物が握られている。


 それを見た目の前の追手は警戒したのか立ち止まったが、酒瓶である事を理解すると、また距離を詰めようと歩き始めた。


 善仁は目の前の追手の手前、足元に向かって酒瓶を強めに投げつける。酒瓶が地面に落ち、割れる音がしたと思った瞬間、


 大きな火柱が地面から燃え上がり、周囲を明るく照らした。


「ぎゃあああああああああ‼︎」


 目の前の追手はあわれ火ダルマ、体に着いた炎を見てパニックになり地面を転がり回っている。

 善仁はシュツカの手を取って駆け出した。

 後ろを振り返って確認すると、他の追手も派手な火柱に圧倒されたのか、追いかけてこない。シュツカも驚愕の表情のまま走っている。


 ユードが開発した火炎瓶を使った「火遁(かとん)の術」は見事にハマり、善仁とシュツカは追手を置き去りにして走り去った。



 

ローレンが第13軍の警備隊であろう松明の集団を追いかけていたその時、さほど離れていない場所で派手な火柱が上がった。


「あれは……?」

非日常的な光景に、思わず走っていた毛束山羊の手綱を引いて立ち止まってしまったが、すぐに逃走している〝渡り人〟の仕業に違いないと思い直して毛束山羊に鞭を入れて駆け出す。


(今の火柱は一体何なんだ?)

 逃亡者たちはどうやら怪しげな術を使うようだ。噂に聞く〝聖女の霊験〟とやらだろうか?


(関係ない。奴らが何をしてこようと、捕まえるだけだ‼︎)


 彼の後ろには同じく毛束山羊に騎乗した部下が三騎続いている。

 人間の足と毛束山羊の脚、いずれ追い付くのは目に見えている。数も有利だ。

 今はとにかく逃亡者との距離を詰めるだけだ、待ちに待った功名にはもうすぐ追い付く。

 そう自分に言い聞かせながらローレンは夜の街を駆けて行くのだった。


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