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異世界堕悪  作者: 押入 枕
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侵入


 ローレンは日が落ちてすっかり暗くなったビィズバーン城の一角にある、中庭に面したバルコニーで立ち止まり、中庭に植えられた木を手に持っていた松明で照らした。

 特に意味の無い行動だったが、暗闇の中、松明の明かりに照らされて、枝に茂った葉の一枚一枚に水滴が乗っているのが見て取れた。

(やはり降ってたか、宿に帰る頃には道が悪くなってるだろうな。ツイて無い……)

 建物の中にいる時は気付かなかったが、どうやら一雨降ったらしい。

 今日は一日空がどんよりと曇って、降るのか降らないのか、どうにもハッキリしない天気だった。


 ハッキリしない天気と同様、今日一日の捜索も結局これといった収穫無しだった。空模様も相まって、ローレンの心の中は暗いままだ。


 会議に同席したヴァルヒード伯の密偵頭であるネオス卿は、おそらくは賊か、もしくはその後ろにいる何者かが手を回して、情報を秘匿(ひとく)、撹乱して捜索を妨害している可能性が高いと言っていた。

 それが本当であれば、国家の統治機能である彼らに楯突く不届き者がいるという事だ。


(もしかして、既に帝国の外に出ているんじゃないのか?街道を使わない陸路で国境を越える、(ある)いは船を使えば……港を避ければ捜索の網にかからずに国外には出られる)


 ローレンは既に何度もそう考えたが、検問や捜索を避けるために人の手が入っていないルートを進む事は、大地が乾燥、荒廃し、砂嵐などの自然災害と、凶悪な脅威生物(モンスター)の危険があるここ、ヴァルヒード地方では容易な話ではない事も承知していた。

 船を使うにしても、航行距離にもよるが港を使わないというだけで船旅の物資の補給が困難になり、また海賊に遭遇するなどといったリスクが増す。


 賊の立場に立って考えた時に、国外に出るという可能性は低いように思えた。

 他国が〝渡り人〟奪取のために国境を超えてきた可能性もあるが、それならそれでもう少し労力を投入し、奪取の確率を可能な限り高めるはずだ。


 〝渡り人〟と巫女(みこ)、そして彼らを(さら)った賊。それらの足取りさえ(つか)めれば、事態は大きく進展するはずなのだが……。


(神殿の巫女の方は正直どうでも良い。あのワーグナスとかいう(じじ)いが得をするだけだ。俺はとにかく〝渡り人〟を奪還する。それさえできれば……)

〝渡り人〟さえ確保できれば、これまでの執行部の失態はチャラになり、その功績でローレンの出世の道は間違いなく開かれるのだ。


(何とか手掛かりだけでも手に入らないものか……俺が持っている情報は、今までに出ているものと、介抱した巫女の顔だけだ)


 そんな事を考えていたその時、政庁の職員たちが寝泊まりする宿舎の方から、メケメケ鶏が朝鳴く時の鳴き声のようなけたたましい音が聞こえてきたのだった。




 暗闇の中、宿舎の外側の壁にぴたりとへばりついて低い姿勢でゆっくりと進む。

 善仁(よしひと)とシュツカの二人は侵入ルートを探している。


 善仁はここに来るのはもちろん初めてだが、シュツカは神殿の用事で何度か来た事があるという。なので、ルート策定は完全にシュツカ任せだ。

 ただ、この建物は外から見た感じで三階建てくらいある。目当ての部屋が上の階だったらどうしよう。そんな事を考えながら、善仁はシュツカへ付いていく。


 そのまま進んで行くと、建物と建物をつなぐ渡り廊下が有り、その渡り廊下と建物が繫がる入り口から中へ侵入する事が出来た。

 そこからは低い姿勢を解除し、忍び足で今までよりも少し足早に進んでいく。

 シュツカは部屋の目星を付けているらしく、迷いなく進んでいるように感じる。


(聖女改め、女盗賊……)


 などと思っていると、部屋の扉の前でシュツカは止まった。どうやら扉の上の壁についている札に書かれた文字を読んでいるようだ。


来賓(らいひん)宿泊室……。どうやらここで間違いないようです」

 シュツカは(かす)れるような小声で善仁に話しかけてきた。

「じゃあ、この中にワーグナスとかいうのが居るって事か?」

 善仁も小声で返す。


「おそらくは。あの方は朝がとても早いですが、夜、(とこ)に着くのも同じく早いです。そろそろ寝ているくらいの時間だとは思うのですが……」

……何でそんなことまで知ってるんだ?善仁はそう聞きそうになったが、シュツカは部屋の扉の取っ手を静かに動かし、そのままそっと扉を開け始めた。

 体が通るくらいの幅まで開いて、そのまま体を部屋の中に滑り込ませる。


(打ち合わせとかしないのか、ぶっつけ本番とは……ええい!ままよ‼︎)

 善仁も後に続いて部屋に入る。

 奥の方で蝋燭の明かりがポツンと灯っているが、それ以外に光源は無い。暗くてほぼ何も見えない。


 それはシュツカも同じだったのだろう。あれほど大胆に動いていた彼女が部屋に入ってからは縮こまってじっとしている。


 そのまましばらくじっとしていたが、線香のような匂いが部屋に漂っている事に善仁が気付く頃には目が暗闇に慣れ始めた。部屋の中の構造が少しづつ見えるようになってくる。


 部屋の突き当たりにあるのはクローゼットだろうか。その横に視線をずらすと大きな窓が板張りの壁に()まっている。

 その下にはテーブルと椅子が有る。左側に目をやると、壁にはもう一つ扉があった。

 他の部屋に繋がっているのだろうか?そして部屋の右の奥に、壁に寄せられたベッドが置いてある。


 シュツカの目も暗さに慣れたのだろう。彼女はゆっくりと動き始めた。忍び足でベッドに近付く。

 善仁も誰か寝ているのか、と思って目を凝らすが、どうやら掛け布団が膨らんでいるだけのようだ。誰も寝ていない。


「……有りました……。これです。間違いない」


 シュツカはそう言って善仁の方を向いた。

 見るとベッドボードの端に付いている柱のような部分に、長い数珠のようなものがかかっている。

 ロザリオだ。頭の部分に付いている飾りには、石のような物が嵌め込まれ、それは薄ぼんやりと、青白く発光しているようだった。これが〝賢者の石〟か。


 思わず善仁はそのロザリオに手を伸ばしていた。

 その瞬間。


 ベッド横のナイトテーブルの上に置かれた鳥を(かたど)った置物から、ニワトリの鳴き声のようなけたたましい音が鳴り始めた。


 そこに置いてある事に音が鳴るまで気付かなかった。

 どういう仕組みなのかは知らないが、クエー!クエー!とかなり耳障りな音が出ている。まるで目覚まし時計のようだ。

 善仁もシュツカも、驚いて固まってしまった。何だこれは。


 するとその時、入ってきたのとは別の、もう一つの扉の奥から大きな足音が聞こえてきた。

 誰か来る!と焦るのも束の間、扉が大きな音をたてて勢いよく開かれた。扉が開いたところから光が(あふ)れる。

 そして全裸の老人が現れたのだった。全身がずぶ濡れで、ボタボタと水滴が床に落ちている。


(ええぇ?……どういう事だよ?)


 善仁がそう思っていると、老人も善仁を見た。そして大声を出す。


「な!何じゃ貴様ら‼︎ここで何をしておる‼︎」


 その言葉をそっくりそのまま返したかったが、善仁の後ろからシュツカが声を出した。


(しばら)くぶりです、ワーグナス師。お元気そうで、何よりです」

 と、顔を覆っていた布を脱ぎながら老人に向かって言う。


(ああ、この爺さんがワーグナスなのか)

 善仁は老人の正体を知った。何で全裸なのかは分からないが。


「シュツカ?……おお‼︎シュツカ‼︎シュツカではないか‼︎無事だったのか!良かった、良かった……。一体今まで何処に行っていたのだ?……ん?何だ、その一緒に居る男は、一体何者なのだ?…………まさか‼︎」


 その時、扉から腰の周りにだけ布を巻いたほぼ裸の若い女が出てきた。

「一体どうしたんですか、センセイ。いきなり飛び出して……って、きゃあ‼︎誰⁉︎誰⁉︎」

 善仁とシュツカの姿を見るなり驚いてワーグナスの後ろに隠れた。


 そこで善仁は、ああ、なるほど、一緒にお風呂に入っていたと、そういう事かと理解した。

 シュツカから一瞬、微妙な空気を感じたが、彼女はワーグナスに向かって言った。


「はい。お察しの通り、この方が私がお迎えした〝渡り人〟です。今日ここに来た目的は、師がお持ちの〝賢者の石〟を頂いて帰る事です」

 淡々とした、事務的な口調だ。

 言いながらシュツカは片手を挙げて見せる。その手には先程のロザリオがぶら下がっていた。


「〝賢者の石〟を?何をバカな。それは一人の巫女風情に持たせられるような物ではない事ぐらい、お前もよく知っておろう。頂いて帰る、とは一体どう言うことだ?何処に帰ると言うのだ?今儂の元に帰ってきたと言うのに。何を言っているのか、さっぱり分からんぞ。あとそれに軽々しく触れるな、罰当たりめ。さあ、それを儂に渡せ」

 ワーグナスはロザリオを見ながら手をシュツカに向かって差し出す。


「お渡しするわけにはいきません。私はこれを使って、この方を〝異界返し〟の儀式で元居た世界へ送り返します」


 シュツカの言葉を理解するのに少し時間を要したのか、ワーグナスは不思議な表情で数秒間沈黙していたが、理解した途端に、顔色と表情を一変させた。

「何を‼︎何を言っておるのだ‼︎お前は‼︎自分が言っている事の意味が分かっているのか⁉︎よもや狂ったのではあるまいな?ふざけた事を言ってないで、それを渡せ!渡せというに‼︎」


 そう言ってシュツカに掴み掛かろうとするが、足がもつれたのか、ワーグナスは一人で勝手に床に倒れ込んだ。

 そこに半裸の女が助け起こそうと駆け寄った時、ワーグナスは老人とは思えないような大声を出した。


「誰か‼︎誰かおらんか‼︎曲者(くせもの)だ‼︎曲者だ‼︎盗人が部屋に忍び込んだぞ‼︎誰か‼︎誰か‼︎」


 その声を聞いた瞬間、善仁の体が動いた。

 テーブルの(そば)の椅子を持って、曇ったガラスが嵌め込まれた窓に叩きつける。

 窓は派手な音を立てて割れ、ガラスの破片が散乱し、外の空気が流れ込む。


「逃げるぞ、シュツカ‼︎」


 テーブルに飛び乗って、窓枠に残ったガラスを蹴り飛ばしていく。

 余裕を持って通れる大きさまで拡げると、シュツカの手を取ってテーブルの上に引き上げ、先に窓の外に押し出した。


 外の地面にシュツカが飛び降りたのを確認して、善仁も外に出ようとする。と、その足をワーグナスに掴まれて転んでしまった。


「わ、儂の〝賢者の石〟……」

 物凄い形相で善仁に取り付こうとして来る。


 慌てた善仁はもう片方の足でワーグナスの顔面に蹴りを入れる。

二回、三回と蹴ったところで、ワーグナスはたまらず手を放した。その隙に善仁は窓から飛び出した。


「お、おのれええええぇぇぇ‼︎」


 飛び出した部屋からワーグナスの(うめ)き声が聞こえて来る。

 立ち上がった善仁は少し先に行って待っていたシュツカに追い付き、そのまま城壁がそびえ立つ夜の闇の中に駆け出して行った。


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