Section 21 夏の終わりのハーモニー(1)
美春と史郎が冷水をぶっかけた形で、その場の乱闘が一瞬途絶えた。
その間に、少し離れたところにぐったりと座り込んでいた権藤が、介抱している男に何か耳打ちした。
介抱していた男は、手下たちに目配せで合図をし、手下の男たちはものすごい形相で睨みつけながら、それぞれの目の前の相手から離れる。
アイコはその場にへたりこみ、近くにいた一樹があわてて背中を支えた。
一樹は鼻血を流していて、アイコは唇を切っているようだった。
雪奈は岸川の側に転がって意識を失っている。
聖は、両足を少し開いて腰に手をあて、まるで自分がリーダーであるかのように、権藤たちの前に立ち塞がっていた。
そして、聖は笑っていた。
凄惨な笑顔だった。
美春と史郎は、その両脇に立って、捕まえていた二人の男を突き放した。
権藤は、薄ら笑いを浮かべながら、言った。
「やってくれるなあ、上泉聖」
「…… 」
「それでこそ、先代が高校時代から眼をかけてた甲斐があったってもんさ」
権藤の表情は真っ青で、唇は紫色になっていた。
「お前たち、せっかく真っ当な道に進んでたのに、下らんことに巻き込んじまったな」
言いながら、煙草をくわえる。介抱している男が火をつけ、ふう、と軽くふかす。
「ガキが暴れて想定外の失敗って感じだが、これは俺のヘマだ。本当はもう終わってた話なんだ。岸川が全部被って終わり。奴もそれを望んでいたと思う」
「バカな大人はこれだから困る」
無言の聖の脇で、史郎が独り言のように呟いていた。
「結局、今の会長の気まぐれにつきあってただけのつまんねえ仕事で、なんで人死にまででなきゃいけない」
その言葉が刺激したのか、明和会の男たちが一瞬色めき立つ。それを権藤は手で制して、言った。
「まったくだな、狼男」
権藤が自嘲気味に笑う。笑いながら、介抱している男を振り払うようにして、よろめきながらも自分の足で立ちあがる。
「俺もそう思うよ。だが、仕事……いや、生き方なんでな」
「……」
「大島さん! 」
権藤は、急に大きな声を出して、宣言するように言った。
「ご迷惑をおかけしてすみませんでした。ともかく、こっちで落とし前はつけさせていただきます。会長には、さっきの話で報告しておきますんで、これ以上大事にならないように取りはからってください」
「……なんの話かわからん」
大島は、サングラス越しに権藤の眼をのぞき込みながら、答える。
「俺にヤクザの知り合いはいない。たまたま、友人を訪ねてみたら、皆山先生と偶然居合わせた。それだけのことだ」
「……」
大島は、少し口調を和らげて、首を傾げてみせながら、続けた。
「少し散らかっていたようだが、それは掃除屋かなにかが片付けてくれるんだろう? 」
権藤はにい、と笑って、大島たちに背を向けた。
「岸川のイロも片付けますかい? 」
わざとらしく、権藤を介抱していた男が大声で尋ねる。
アイコはその声を聞くと、弾かれたように一樹の腕の下から抜け出し、俯せに倒れたままの雪奈にしがみついた。
聖は声を上げた男を睨み、男は大きく肩をすくめて意地悪く笑いかえす。
「そんな奴は、いねえよ」
権藤が低い声で呟くように言い、それきりで、明和会の男たちはのそのそとその場を立ち去り始めた。