Section.20 Runner(5)
「そうだ」
皆山は、聖の言葉に頷いた。
「何故か、久が摩耶を連れてきた。まったく不釣り合いな二人だった」
「……本当にな」
史郎が、つい、小さな声を漏らす。皆山は、構わず続けた。
「私ははじめ、その娘が摩耶だとは気付かなかった。何しろ久以外とは一言も口をきかないような娘だったからな。第一、全然遥に似たところがなかった」
「本当にな……」
史郎はまた、同じ言葉を繰り返した。今度は、とても苦しそうに。
史郎は、不幸な妹のことを思い出してしまったようだった。
「摩耶と久は、まるで月と太陽のようだったよ。久が、暗くよどんだ摩耶を光らせようと懸命になっているようだった」
「それは、俺たちも思ってました」
一樹が、口を開く。
「久さんに、彼女が……その、つきまとってるんだと思っていたし」
「それは違うぜ」
史郎が、ちら、と聖の方を一瞬うかがって、肩を竦める。聖の表情は、動かない。
「最初に摩耶を見込んだのは、あいつの方さ。もっとも、摩耶も結局ベタ惚れになったみたいだが。それに、」
ひゅう、と小さく口笛。
「摩耶が惚れたのは久の強さじゃなく、弱さの方だったみたいだけどな」
「弱さ? 兄貴の? 」
思いがけない言葉を聞いた、というように、聖の表情が初めて動いた。
「そんなもの、見たことないよ。双子の妹のあたしでさえ」
「だろうな」
史郎は、聖の顔を正面から見据えた。透明な黒の瞳。
「自分自身も知らない自分の弱さを見つけてくれた摩耶だから、あいつは本気で関わろうとしてくれてたんだろうよ」
「……それは、結局叶わなかったが」
「摩耶が自殺したからか? 」
美春が口を挟んだ。皆山は首を横に振り、再び顔を伏せる。
「……じゃない」
「……? 」
「摩耶は、自殺していない」
皆山の絞り出すような、声。
その場にいた全員に、その言葉が突き刺さった。
皆山は、遥の髪を撫で、空を見上げて、言った。
「摩耶は、遥に殺された。……それこそが、岸川が、人を殺してでも隠しておきたかったことの一つだ」
「その通りだ 」
別の声が、背後の屋敷の中から、聞こえた。
カミソリで首筋を撫でられたような冷気。
摩耶と皆山以外の全員が、そちらを振り返った。
つまらなそうな表情をはりつけた権藤が、立っていた。
背後には、十人以上の、部下らしき男たち。……雪奈の連れていたチンピラなどとは違う。統制された、軍人のような空気。雪奈の下についていたはずの、しかもそれを裏切って岸川についていたはずの柴田の姿も、そこにある。
そして、その連中が引きずっている、ぐんにゃりした布の塊。
雪奈の呼吸が一瞬、止まる。それから、ガタガタと震え、その場にしゃがみ込む。
「こう、こ、こうい、ちろぉう、さん」
突然の過呼吸に襲われながら、吐き出す。涙が噴き出して、頬がぐしゃぐしゃになる。水たまりができそうなほどの。
そのボロ切れは、人だった。
背格好からして、そして頭頂部の薄くなっているところから見て、岸川のようだった。
生きているのか、死んでいるのかも分からない。
「そして、もう一つ。新田遥が、まだ生きているということ。そいつが、このクズが何をやってでも、ウチの会長に隠しておきたかったことさ」