Section.5 Bang・Bang・Bang(2)
「格好つけてくれるじゃん、聖さん」
唇の端を噛みながら、パンク女が吐き捨てるように言う。
「あんただって、あたしと同じだろ? 」
「同じじゃない」
聖は、パンク女の方を人差し指で指さして、きっぱりと言った。
「あたしは、アイコにひどいことはしない」
「よく言うよ」
パンク女は、地団駄を踏むように歩道のコンクリートに靴を叩きつける。
「あんただって、こいつを餌に狼男を釣り上げようって腹だろう」
「そうかもね」
聖は、不敵に笑う。
「でも、あんたみたいなせっかちじゃ、いい釣り師にはほど遠いよ、小諸雪奈! 」
ガードレールにへたり込んだまま、二人のやり取りを聞いていたアイコは、どこかで聞いたことのある名前を耳にして、薄目を開けた。
目の前には、聖の背中。女性らしさもあるが、鞭のようにしなやかで強靱そうな体つき。
その向こうには、さっきアイコの片眼を潰そうとした、悪い魔女みたいな格好の、長身の女。
「ああっ」
アイコは、思わず声をあげた。
ずいぶん印象は違うが、そのパンク女とは、昼間岸川の会社で既に出会っていた。それはあの、にこやかな受付嬢だった。
「やっと気付いたかい」
パンク女は、意地悪い口調でアイコに言う。
「昼間、聖さんと社長の話を聞いてたんだ。あんたが、あのバイクの今の持ち主だってね」 「雪奈! 」
聖が怒鳴る。雪奈はそれを無視し、じっとアイコに視線を据えて、続けた。
「それで、あんたをふん捕まえることにしたのさ」
「……また、あたしの知らないことばっかり」
アイコは、歯を食いしばって、よろよろと立ち上がった。
涙を袖口で拭い、上目遣いに雪奈を睨みつける。
聖はアイコにするりと寄り添い、ほんの少し、支えてやった。
「でもまあ、怖いヒトが来ちゃったから、今はこれまで、かな」
「馬鹿にして! 」
飛びかかろうとするアイコを、聖が片手で制した。
なおも前に出ようとするアイコの襟首を掴んで引き戻しながら、聖は雪奈にきつい視線を浴びせる。
「いいかげんにしな、雪奈」
聖は、腹の底から絞り出すような、低い声で言った。
「あんたが無理に悪ぶったって、仕方ない」
「仕方ない? 」
雪奈の目尻がつり上がった。
「相変わらずムカつくよ、上泉聖! 」
「……」
「あんた一人で、全部やっちゃう気? 大事なところは根こそぎもってっちゃう気? 」
拳を握って怒鳴る雪奈に、聖は真顔で首を傾げる。
「何を言ってる? 」
「すっとぼけんな! 」
黙って押さえつけられていたアイコは、雪奈に気をとられているうちに、聖の腕の中からすり抜けた。わめき続ける雪奈に、静かにすばやく、猫のようにすり寄ると、まるで魔法のように懐に入り込む。
「それは、こっちの台詞」
「! 」
身構えようとした時には、もう雪奈は宙を舞っていた。
くるりと、魔法のようにひっくり返され、背中から歩道のアスファルトに叩きつけられる。
今度は、雪奈が地面に這いつくばる番だった。
「あんたになら、負けないよ」
アイコは、真っ赤な目で雪奈を見下ろして、吐き捨てた。
「自分で痛い目にあったこともないような人には」
「! 」
雪奈は、ものすごい形相でアイコを見上げた。
そして、まるで子供のように、大声で泣きわめきはじめる。
「うわああああああああん! 」
「わ」
ずっと年上で体の大きい、怖そうな格好の女が、子供のように泣き叫びはじめたので、アイコは驚いて聖にしがみついた。
「聖さん、なに、この人。怖い! 」
「あたしはあんたも充分怖いと思うけど」
聖は溜め息混じりに肩をすくめ、やれやれ、といった調子で雪奈を抱き起こしにかかる。
「ほら! 怖い兄さん方もひきあげちゃったから、警察沙汰になる前にひきあげるよ! 」
「うええええん! 」
「泣きたいのはこっちの方だよ……」
何故か聖と一緒に、脱力したまま号泣を続ける雪奈を助け起こす羽目になったアイコは、溜め息混じりに愚痴る。
「あたし、被害者なのに……」
「ほら、アイコ! 」
聖は、にっこりと笑ってアイコの顔を見つめ、軽くウィンク。
「警察来る前に撤退するよ! 雪奈を突っ込むから、タクシー停めて! 」
「わかったよ! 」
結局、その場の勢いと聖の笑顔に乗せられて、赤いジャージのまま、アイコは車道に向かって駆け出した。