Section.19 天使のウィンク(3)
雪奈は皮肉っぽく言い、肩を竦める。それが傷に響いたらしく、少し顔を歪めた。
「それが十年前のこと。あたしもこの前権藤に聞いたんだけど」
「……なんで話さなかった? 」
聖が目を眇める。
「話す前に権藤の指示が来て、孝一郎さんところに行ったらそのままボコられたから話す暇がなかった」
雪奈は、淡々と事実だけを話した。
「シルバーバレットが浜橋皆山であることは知ってたけど、狼男のこととか久との関わりは全然わかんなかったし」
「……」
「第一、孝一郎さんと皆山が旧知だって知ってたら、宮田は死なずに済んでた」
雪奈は、痛みに耐えるように唇を噛みしめた。
「宮田をやったのは、岸川企画の子飼いのチンピラ。柴田は知ってたみたい、最初から」
「……」
「皆山を孝一郎さんが支援してたのは当たり前で、皆山が何を知ってるかも当然知り尽くしてた。たぶん、『狼男』についても。孝一郎さんと皆山の間の共通の秘密だったから、明和会の会長に知られたくなかったんだと思う……あたしが小賢しく立ち回ったりしなかったら、それか孝一郎さんの真意を知っていれば、宮田は死なずに済んだし、孝一郎さんもあたしを殺そうとせずに済んだと思う」
「馬鹿じゃないの、あんた! 」
聖が、耐えかねたように怒鳴り、ソファから腰を浮かす。自由になる方の手は固い拳。止めようとする一樹の手を振り切り、立ち上がったところで美春に立ち塞がられる。
「どけよ、美春」
「どかねーよ、落ち着け」
美春は腰に手を当て、小首を傾げて言うと、ふー、と息をついた。
「それに、もうひとつ。こいつはお前に嘘をついている」
「何……? 」
そういえば、雪奈は以前、聖に何か話そうとして、結局話さなかったことがあったような気がした。
雪奈は美春に促されて、顔を上げた。聖を正面から見据え、それから、視線を外した。
少しの躊躇い。
それから、雪奈は、言った。
「……あたしは、上泉久さんの彼女ではありません」
聖と一樹は、思いがけない雪奈の言葉に、息を飲んでそのまま固まった。
「あたしは、久さんと話をしたこともない。ただ、最後の瞬間に立ち会っただけ」