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Section.19 天使のウィンク(2)

「……この阿呆が言うには、岸川にも岸川なりのちゃんとした理由があるんだとさ」

 美春は苦々しげに言い、どっか、と、男らしくソファに腰を下ろした。フリルだらけのボリューム感のあるワンピース・ドレスに似つかわしくない立ち居振る舞い。

 松葉杖に包帯まみれの雪奈が、ふらふらしながらその隣に座る。服装はいつものゴシック・ロリータ。黒いレースに紅いレース。

 赤十字病院の病棟、入院者の家族用の待合ロビー。

 古びたビニールのソファに、アンバランスなほど新しいキッチン・カウンター。共用のコーヒーメーカーがコポコポと音を立てている。

 美春と雪奈の向かいには、右腕を包帯で吊った聖と、聖を支えるように座る一樹。キッチンカウンターでは、大島がコーヒーを沸かしている。

「……あんた、ちょっと離れなさいよ」

 雪奈が、一樹を上目遣いに睨んで、言った。

「あたしは認めてないんだからね、あんたみたいなロクデナシと聖さんの仲」

「お前は小姑か」

 一樹が、べえ、と舌を出す。

「大体、病院抜け出してきて良かったのか。予土さんの親父に注射されるぞ」

「ちゃんと許可とってるわよ」

「ああ、分かった分かった」

 何故か少し楽しそうに微笑を浮かべながら、聖がテーブルをトントンと叩いた。

「……じゃあ、聞かせてもらおうか。その理由ってのを」

「馬鹿馬鹿しいくらいちゃんとした理由なの」

 雪奈は、まっすぐに聖を見つめ返して、言った。

「聖さんや一樹と同じくらいの一直線」

「……へえ? 」

 コーヒーが沸いた。

 大島がポットから紙コップに注ぎ分ける音。香りが鼻をくすぐる。

「岸川は……孝一郎さんは、ただ摩耶の母親に義理立てしてるだけなの」

「はあ? 」

 思ってもみない雪奈の言葉に、一樹と聖は拍子抜けしたような顔をした。

「何それ」「何だそれは」

「なんで二人で同期すんのよ」

 雪奈は唇を尖らせた。

「まあ、いいわ。嘘じゃないのよ。摩耶の母親は岸川孝一郎の許嫁だったけど、明和会の会長に気に入られて妾をやってた、新田遥って人。駆け出しヤクザだった岸川は泣く泣く会長に遥を差し出した。ところが、摩耶の母親は明和会から逃げ出して、シルバーバレットと呼ばれるバイクの改造屋と駆け落ちしたってわけ。孝一郎さんは陰ながら彼女の幸せを願ってた」

 雪奈は、ふう、とため息をついた。

「ところが、彼女はシルバーバレットと駆け落ちしたときには、既に摩耶を身ごもっていた。孝一郎さんは、摩耶が自分の子供だと思い込んで、自分の手元にひきとって育てた。決して遥やシルバーバレットに会わせないようにして。自分の子だと思い込んでたシルバーバレットから摩耶を引き離すのはかなり大変だったみたいだけど、遥のためにも、その方がいいって思ったんでしょうね。シルバーバレットがバイク屋やっていけるように資金提供する代わりに摩耶を奪い取った、ようなふりをして」

「……」

「そして、明和会が彼女に手を出さないように牽制しながら見守ってきた……」

 美春が、息の苦しそうな雪奈の背中をさすってやりながら、後を引き継ぐ。

「上泉久が摩耶に出会い、自分の行きつけのバイクショップ……シルバーバレットに摩耶を連れてくるようになるまでは」

「! 」

 聖と一樹は、そこに久の名前が出てきたことに、軽い衝撃を受けた。美春は、お構いなしに話を続ける。

「久と摩耶の出会いは偶然だったけど、久の行きつけのバイク屋がシルバーバレットと遥の店だったのは悪い冗談だった。摩耶もシルバーバレットも、最初は気づいていなかったみたい……」

「母親を除いては、か……」

 一樹が、思わず呟いた。

 美春が肩を竦めて顔を伏せ、雪奈が頷く。

「そして、孝一郎さんを除いては、よ」

「……」

「孝一郎さんは、摩耶がシルバーバレットに関わったことにはすぐに気づいた。そして、とても心配した。……遥の居場所が会長に知られるのではないかと。そして、」

「摩耶が会長の子だと気づかれるんじゃないかって? 」

 聖が、片頬をつり上げるように顔を歪めた。

「ご明察……よく分かったね」

「今の流れ、それしか考えられないだろ」

 聖は不機嫌そうに声を荒げる。一樹が、聖を支える手に少し力を込めた。

「そして遥も同じ心配をした。それで、彼女は岸川に連絡した……シルバーバレットには何も話さないで」

 美春が、確認するように言う。顔を伏せたまま。

「それが不幸の始まりだったって訳。遥は摩耶が岸川ではなく明和会の会長の子だって知っていた。岸川も疑ってたかも知れないけど、あえて目を向けなかったんだろう」

「摩耶はそのことを知り、岸川も目を向けざるを得なくなった、ってことか」

「一樹にしてはもの分かりがいいね」

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