Section.17 夜明けの、ミュウ。(5)
「そんな簡単なことなら良かったのだがね」
今度は、岸川が溜め息混じりに言う。
「どちらかといえば、君の方が許せなかったのではないかね? 」
「さあね」
答えながら足音に耳を澄まし、岸川との距離をはかる。
岸川は、ゆっくりと、しかしなんの躊躇いもなく、歩み寄ってくる。
「許せない、なんて言葉とは縁がないんでね」
あんたと違って。
そう、口の中で呟くと同時に、史郎は思い切りソファーを蹴り飛ばした。
ソファーは、まるで動物のように唸りをあげた。床とソファーの足の擦れる音だった。
そこからは、ストップモーションのようだった。
銃を構えていた岸川は、とっさに反応して銃口をソファーに向けた。
サイレンサー付のハンドガンが数発発射され、ソファーに穴を空ける。が、慣性でそのまま突っ込んでくる、生き物ではないソファーには影響はない。すぐ手前でソファは引っかかって、ぐん、と立ち上がって岸川の胃のあたりを直撃する。勢いあまって足を滑らせ、岸川は壁に背中を打ちつけ、壁から落ちてきたジャケットに視界を塞がれる。
史郎は、そんなものには目もくれないで、岸川の脇をすり抜けた。
追い込まれてきた道を、そのまま駆け戻る。
ほんの少し、左右にステップを踏みながら。
ジャケットを引きはがして岸川が銃をかまえ直した時には、史郎の姿はもう視界から消えていた。
岸川はしばらく史郎の立ち去った方向を無言で眺めていた。