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Section.17 夜明けの、ミュウ。(3)

 アイコと皆山は、救急車を呼んでからその場を離れた。

 皆山は、聖の様子を見て、意識はないが命に別状はない、とアイコに言ったが、アイコにはにわかに信じられなかった。それで、アイコは一樹に電話し、現場に来るように伝えた。電話に出た一樹は、何故かこちらに向かっているという。アイコは一樹に、聖がコケてバイクが水没したこと、救急車を呼んでいることを伝えた。一樹は最初取り乱しかけたが、意外に冷静にアイコの話に耳を傾けた。一樹はアイコに、せめて自分が行くまで聖についていてくれ、と言い、すぐに行くから、といって電話を切った。

 実際、信じられないほど早く、一樹はやってきた。

 アイコにとっても皆山にとっても、とても長く感じはしたが。

 聞き慣れたストーリアの爆音に、アイコは急に胸がいっぱいになった。

 一樹が路肩に車を停め、ドアを開けて降りてくる姿をみた時には、アイコは思わず飛びつきそうになった。が、自分でも何故そんなことをしようとしているのか分からず、声をかけようとして固まってしまう。

 そんなアイコが目に入らないかのように、一直線に、一樹は聖に駆け寄った。

 皆山が促すまでもなく、頭を動かそうとはせず、大きな外傷や、外見で分かるような派手な骨折がないのを確かめ、呼吸と脈を診る。そういえば、一樹がもと警察官だったことを、アイコはぼんやりと思い出した。

 一樹はひと通り聖の様子をみて少し安心すると、初めてアイコと皆山の方に目を向けた。

「アイコ、何があった? 」

「……」

 アイコは、一樹の剣幕に驚いて、一瞬言葉を飲み込んだ。決して大きな声ではないが、一樹は間違いなく怒っていた。

 アイコは、何故かとても悲しくなって、泣き出しそうになった。

 が、倒れている聖の姿が目に入って、奥歯を噛みしめて耐える。

「あたしは、聖さんを停めようとした。聖さんは、あたしを抜こうとして自爆した! 」

「……」

「こんなことになるなんて、あたし、思ってなかった……聖さんが転ぶなんて、夢にも思ってなかった。聖さんは、あたしなんかよりずっと強くて、速くて、あたしくらいが全力出したって絶対停められないと思ってた……」

 アイコの声は、最後の方はかすれて震えていた。

 一樹には、アイコが嘘を言っていないことはよく分かっていた。

 聖の方が意地になって無理をしたのだということも。

 そして幸いなことに、一樹は、浜橋皆山と会ったことがなかった。……少なくとも宮田の殺された現場にいたはずの皆山が一緒にいることに気がついていたら、こんな風に素直にアイコの言うことは聞けなかっただろう。

「アイコ」

 一樹は、聖の方に向き直り、聖の手をそっと握りながら、言った。

「ここは、俺が引受ける」

「……」

「お前は、行かなきゃならないんだろ? 」

 一樹は、努めて優しい声で、言った。

「お前の先生……狼男のところへ」

 アイコは、何故かその言葉にひどく傷つけられた気がした。

 一樹から、突き放された。それが何故か、思っていたより、ずっとショックだった。

 腰が抜けそうになった。自分の身体のその反応も、アイコにはショックだった。

 アイコは、足を踏ん張ってその場に仁王立ちになり、無理に不敵な表情を作って、一樹にサムズアップしてみせる。

「一樹さん。聖さんのこと、任せた! 」

「おうよ」

 一樹は、白い歯を見せて笑い、サムズアップしてみせた。

 アイコは一樹と聖に背を向けると、少し先に停めたSDRに向かって駆け出した。

 SDRの側には、皆山が控えていた。

「岸川のところに、行くのかね」

 皆山は、世間話でもするように、アイコに聞いた。

「行きます」

 アイコは、ヘルメット……史郎とお揃いのシンプソン・バンディット……を被り、浜橋の方を見ずに答えた。

 頭の中がぐちゃぐちゃだった。

「先生から、ちゃんと教えてもらいます」

「行くと、後戻りできなくなるかも知れんぞ」

 私のように。皆山は、そう言いたいようだった。

「岸川は、もう決めてしまっているからな」

「何を決めているのか、あたしは知らないし聞きたくもないです」

 アイコは、軽くキックして、SDRのエンジンを目覚めさせた。

「だから、浜橋先生がどうしてここにいたのかも、尋ねません。それに、摩耶さんや先生のことを、先生の口から聞きたいとも思いません」

 あたしが知りたいのは、先生のことだけだから。先生の口から、直接に聞きたいだけだから。

 そう、ヘルメットの中で呟いて、アイコはSDRのアクセルを開いた。

「ちっくしょー! 」

 アイコは、跳ね上がろうとするSDRを抑え込みながら、大声で喚いていた。

「なんで泣くんだよ、アイコ! 」


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