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Section.14 壊れかけのラジオ(6)

「皆山は、それについては答えなかった」

 手短にだが、皆山と摩耶の墓前で出会った時のことを話し終えた大島は、最後に付け足すように言った。

「かわりに、『赤ずきん』についての、西洋の民話学者の話をした」

「赤ずきん? 」

 急に場違いな言葉が出たので、美春と予土は、ほぼ同時に口を挟む。

「赤ずきんって、あの赤ずきん? マンガとかアニメじゃなく」

「普通の赤ずきんの他に、赤ずきんって話を知らないけどな、俺は」

 予土の質問に、大島は肩をすくめる。

「ともかく、皆山は言ったのさ。赤ずきんってのは、実は、助けてくれる猟師の方じゃなく、自分を食っちまう狼の方を待ってる話だという説がある、とね」

「その話、」

 美春が、考え込むように額に人さし指を立てながら、言う。

「摩耶が赤ずきんで、久が猟師……」

 言いかけて、美春は口ごもった。

「そして、あいつが……」

 それまでうつむいて腕を組んでいた聖が、顔を上げた。

 美春は大島と予土の顔を見て、最後に聖の方を見据えて、ようやく最後まで言い切る。

「『狼男』が、狼? 岸川摩耶は、本当は久じゃなくてそいつを待ってた? 」

「そうとも、とれるな」

 大島は、わざと、自分以外の三人に冷水をかけるように、落ち着いた声で言った。

「しかし、はっきりしているのは、浜橋皆山がシルバーバレットで、久や摩耶が死んだ理由の、少なくとも一端を知っているということだけだ」

「……なんでだよ、マスター」

 予土が、耐えかねたように表情を崩し、大島につかみかかった。襟首を締め上げるように顔を近づけ、冷や汗を額に浮かべながら、かすれる声で言う。

「なんで、俺たちに……少なくとも上泉に、教えてやらなかったんです? 」

「よしなよ、予土さん」

 美春がたしなめるように言い、予土の手を大島から離させる。大島は軽く咳き込み、予土はやり場のない両手を握って、古びたモルタルの壁に叩きつけた。

「あーあ、埃が落ちてきたよ」

 聖が、天井を見上げて、その場の雰囲気にまったくそぐわない、妙に間延びした口調で言った。

「だめじゃん、予土さん。奥で雪奈も寝てるんだ。お父さんの診療所に乱暴しちゃいけない」

「……」

 はぐらかされて、予土は納得のいかない表情で口をつぐむ。

 聖はポケットから煙草をとりだし、中身が無くなっているのを見て舌打ちする。ぐしゃ、と紙箱を握りつぶして、美春に顎を突きだす。

「みーちゃん、煙草」

「……ほらよ」

 美春は、エルメスのハンドバッグ……さっきの騒ぎで若干くすぶって見える……から、新しい箱をとりだして、聖に投げてやる。ぱしん、と軽い音がして、聖は顔の横でそれを受け止め、唇を尖らす。

「なんでバージニア・スリム? しかもメンソール? 」

「ママがショッポだのハイライトだの吸ってたら幻滅でしょうが」

 ち、とまた軽く舌打ちして箱を乱暴にあけ、一本くわえて、すぱすぱといそがしく煙を吸い込む。

「……ひーちゃん」

 美春が、じとっとした目で聖を見て、言う。

「残りは返してよ」

「けちー」

 唇を尖らせながら、美春に投げ返す。美春もまた顔の近くで受け止めて、自分もまた一本くわえる。

 予土と大島も、黙って二人のやり取りを眺めていた。もと恋人、今は親友。聖と美春は、ゆっくりと煙草をふかし、ほぼ同時に一本吸い終わった。

「あたしは、マスターを信用してる」

 聖は、急に真剣な声で、言った。

「あたしがどうしようも無かったとき、オヤジにも先生にも友達にも見捨てられてたとき。味方してくれたのはマスターだけだったし、今でも、そう」

「……」

 大島は、外していたサングラスをかけなおした。

「マスターが知らせないほうがいいと思ってたんなら、それはきっとあたしのためだし、多分、知らないほうがよかったんだと思う。むしろ、調子に乗って知ろうとしたあたしや雪奈が馬鹿だったんだろうと思う」

「そのとおりだね」

 美春が、天を見あげるように顎をあげながら言う。

「そのせいで雪奈がひどい目にあって、宮田のオッさんが死んだんだから」

 聖は、がん、と右拳で自分の頭をぶん殴った。

 我ながらくらくらするほどの勢いだった。聖はちょっとよろめいて、目尻に涙を浮かべながら、少し、笑った。

「あたし、本当は久のことはどうでも良かったんだ。ただ、久のことを本当に惜しんでくれる奴がいて、そいつの真っ直ぐさに引っ張られて、そいつのために頑張ろうって思って……」

「そいつ、って? 」

 予土だけが話についていけず、きょとんとしていた。少し考え込み、そして、思い当たったように手を叩く。

 それから、自分の考えに驚愕したように目を丸くして、聖を凝視する。

「まさか、あいつか! 」

 言いかけて舌を噛み、しゃがみ込んで苦しそうに顔を歪める。それくらい、衝撃だったらしい。

「北原か! 北原一樹か! 」

 大島と美春は顔を見合わせ、呆れたように予土を見る。

「まさか、本当に気付いていなかったとは」

「どうりで、ずっと独り身なわけよねー。結構モテそうなのに」

「そんな馬鹿な。こいつらがつきあってるなんて、聞いたことないぞ! 」

 美春は、哀れむような目で予土を見て、溜め息をつく。

「誰も、付き合ってるなんて言ってないでしょ」

「? 」

「あー、もう」

 美春は椅子から立ち上がり、予土にキスするように顔を近づける。予土は突然のことに赤面し、驚いて硬直する。

「ひーちゃんの片思い、なのよ」

 美春は流し目で聖の方を見て、面白そうに言う。

「はああ? 」

「一樹は、聖のことを尊敬してるし、どんなワガママでも受け止めるけど、恋愛対象と思えないみたいなんだ」

 びく、と、聖が、小さく震えた。

「だから、実は聖の方がベタ惚れでずっとちょっかい出してるのに、一樹の方はからかわれてるとしか思ってないんだ、ずっと」

「黙って聞いてれば何言ってんの、美春 ! 」

 珍しくあわてたように言って、聖は美春と予土に駆け寄り、美春の口を塞ごうとする。頬が、真っ赤だった。

 その手をふりほどくようにして、美春は、言った。

「だから大島さんは、あんたたちにシルバーバレットのことを話さなかった」

「! 」

 急に真剣な眼差しを向けられて、聖は思わず息を飲む。

「シルバーバレットのことが分かれば、一樹とお前さんの関係が壊れてしまうから。一樹は久の方を向いて走り始め、お前さんは一樹においてけぼりをくらう」

「そんなことは……」

 ない、と、言い切れなかった。

 聖は口ごもり、大島と予土は、次の言葉を待った。

 だが、次の言葉を口にしたのは、その場にいた誰でもなかった。次の言葉は、聖の背後、診療所の入り口から、聞こえてきた。

「なんだよ、それは! 」

 聞き慣れた声だった。

 聖は一瞬泣きそうな表情をして、それから蒼ざめ、美春と予土は気まずそうに目を伏せた。

 大島だけが、困ったような素振りも見せずに声のした方に顔を向け、声の主の名前を呼んだ。

「……一樹」


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