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Section.14 壊れかけのラジオ(5)

 岸川摩耶の墓は、岸川家の墓所とは別の場所に建てられている。小さな、キリスト教風の墓石の個人墓である。

 岸川は、生前の摩耶の希望だと周囲に説明していた。娘の望みをかなえてやりたいのだと。

 その言葉の通り、摩耶の墓はいつ行ってもきちんと手入れがされていて、雑草一本生えていないし、定期的に供物や花が供えられていた。

 それはちょうど、一年ほど前のことだった。

 大島がいつものように摩耶の墓を訪れてみると、今回も念入りに手入れが施された後のようんだった。

 実は大島は、摩耶の墓参りを毎年欠かしていなかった。上泉聖にも北原一樹にも、その話はしていなかったが。

 同じ年代の一樹たちとは打ち解けることができなかった摩耶も、ずっと年上の大島には、時折自分のことを話していた。そもそも浮世離れした生活を送っているせいか、大島は聖や美春のようなアウトサイダーに妙に懐かれるタチだったが、一見正反対にみえる引きこもり型の摩耶も、何故か同じように引きつけられたようだった。

 摩耶は、あのSDRのことも、大島にだけは話していた。

 タンデムではなく、久と並んで走りたいのだ、と。そのために、銀の弾丸というショップで作ってもらうのだと。それは久がGSX-Rを造ってもらったショップで、渋い初老の男と、なんだか自分によく似た若い男がやっているのだという。

 結局、摩耶はそのSDRに乗ることは一度もなかった。そのSDRは結局「狼男」になって久の事故と関わり、そのまま消えてしまった。このとき大島はまだ、一年後に摩耶と正反対のような小林・ヒルデブラント・アイコの愛車として自分の前にこのSDRが現れるなんてことは、想像もしていなかった。

 別になんの義理もないのだが、もう十年近く、大島は摩耶の墓参りを続けている。いつもは命日の午前中に参っているのだが、その年に限って、所要で前日に繰り上げることにしていた。

 そのせいで、大島は墓の掃除をしている人物に、出会ってしまった。

 それは、作務衣姿の浜橋皆山だった。

 大島は何故か、皆山が掃除しているのと同じ墓に参りにきたのだ、と言うことが出来ず、伯父の墓参りだとかなんとか、適当に誤魔化してしまった。皆山は特に怪しんだ様子もなく、墓の掃除を続けた。大島は、なんとなく立ち去り難く、さりとて皆山に嘘をついた手前墓参りをすることもできずに、その場で皆山の作業を眺めていた。

「……これは、岸川の娘の墓なんですよ」

 しばらくして、皆山が、独り言のような調子で話し始めた。

「わたしが殺したようなもんなんでね。毎年、命日の前にこうしてほんの少し掃除してやったりするんです」

「そうなんですか」

 大島は、毎年摩耶の墓が奇麗に清掃されていたのを思い出し、初めてそれが皆山の手で行われていたことを知って、内心驚いていた。

「岸川は、あれで冷たいところがあってね。自分の娘の墓だって言うのに、三回忌とか七回忌とか、世間体に関わる時以外は、墓に近寄ろうともしない。母親から引き離された場所だから、そっちの親族も来ない。淋しいもんですよ」

 皆山は、そこまで言って、喋りすぎたことを後悔したように、墓の前から立ち上がった。

 大島に背を向けて、そのまま立ち去ろうとする。が、まるで誰かに引き止められてでもいるかのように急に立ち止まり、背を向けたまま、大島に話しているとも独り言ともつかない口調で、言う。

「この子に、牙をあげたかったんですよ」

「……牙? 」

「そう。一度も噛みついたことがないこの子が、噛みつくための牙を」

 そこまで話して、皆山はようやく足を進める。

「でも、それは間違いだったようだ。牙をむくのを黙って見ているような相手じゃなかった。私は中途半端にこの子に関わり、結局この子を殺してしまった」

「……それで」

 それであんたは、やめてしまったのか。大島は、そう言いかけて、結局口をつぐんだ。

 大島は、皆山があのSDRを造ったシルバーバレットだということを、確信した。出会ってすぐ、皆山がバイクのチューナーであることには気付いていたが、このときにはもう疑いようがなかった。岸川摩耶にSDRを造ってやった人物なのだとしたら、たいして陶芸になど興味もなさそうな岸川が、妙に皆山を厚遇するのも、分からないことではない。最初に、廃校になった山奥の小学校を皆山に世話してやったのも岸川だったし、雪奈によれば、岸川は毎月、皆山の作品を一点だけ、しかもかなりの額で(皆山の作品の市場評価からすれば法外な金額で)買い受け、生活費や諸雑費を提供しているという。毎月あんな山奥まで作品を引き取りに行かされるのでかなわない、と雪奈はよく愚痴を言っていた。

「ひとつ、教えてくれませんか」

 大島は、立ち去ろうとする皆山の背中に向かって尋ねた。

 皆山はちら、と振り返り、訝しげに首を傾げる。

「上泉久という男のこと、ご存知では? 」

 皆山は、ひどく驚いたように、一瞬で蒼ざめた。

 何か答えようとしてぱくぱくと口を動かし、それから、天をみあげて大きく溜め息をついた。

「……知っていますよ」

 皆山は、苦しそうな声で、絞り出すように言った。

「優しい男でした。摩耶が、ほんの一時でも、自分の意思で何かを変えようと決心し、自分の力で何かに立ち向かおうとすることができたのは、彼のおかげです」

 大島は、かけていたサングラスを外し、上目遣いに皆山をにらみつけながら、言った。

「だが、結局、二人とも死んだ」

 まるで自分が死刑宣告を受けたように、皆山は大きく震え上がった。

「何故だ? 」


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