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Section.14 壊れかけのラジオ(1)

 美春から連絡を受けた聖は、カウンターを拳で殴りつけると、大島に言った。

「……雪奈が、やられた」

 時計は、十二時少し前を指していた。権藤はとっくに出て行ったが、アイコはまだ戻ってきていない。大島と聖は、無言で顔を突き合わせたまま、なんとなくアイコの帰りを待っていた。

「死んだのか? 」

 大島が、普段は火をつけないでくわえているだけの煙草に珍しく火をつけながら、聞き返す。

「オヤジさんと美春が寸前のところで拾い上げたけど、酷い怪我で虫の息だって」

 聖は、親指の爪を噛んだ。

「権藤の奴、美春には言ってあったみたい……ああ、畜生! 」

 聖は自分の頭を拳で思い切り殴った。それから、気を取り直して大島に言う。

「それで、予土さんのオヤジさんところに担ぎ込むって」

「分かった。俺も連れて行け」

 言いながら、大島も席を立つ。

 聖は、アイコの携帯にも電話をかけた。着信メロディが、奥の部屋から聞こえてきた。アイコは携帯電話を忘れて行ってしまったらしい。

 聖は舌打ちし、行き先のメモを広告の裏に殴り書きすると、ポストに放り込んでおいた。アイコが気付くかどうかは分からない。だいたい、今晩だって戻ってくるかどうかも分からない。冬ではないから、凍死することはないだろう。

 聖が殴り書きをしている間に、大島はキッチンを適当に片づけ、簡単に着替えを済ませていた。帽子とサングラスと長い髭はかわらないので、黒いジャケットにロープタイを付けるとユダヤ教徒みたいだった。

 聖は、スリーピースのスーツのポケットをあちこち探し、ようやくキーを見つけだして、バンのドアの鍵穴に差そうとする。……柄にもなく手が震え、うまくささらない。二、三度鍵を滑らせてドアに小傷をつけてしまってから、聖はようやくキーを開けることに成功した。

 ドアを開けようとする聖の手首を、不意に大島のごつごつした手が捕まえた。思わず振り返る聖に、大島が、いつもと違う厳しい声で言った。

「聖、キー貸せ」

「マスター……」

 見上げる聖の目をサングラス越しに真っ直ぐに見据えながら、大島は口許をほころばせた。

「リモコンロックの外し方も忘れてる奴の運転なんかじゃ、危なっかしくて敵わないからな」

「……あ」

 大島に言われて、驚いたようにドアノブを引っ張ってしまい、聖は開いたドアに背中を思い切り打ちつけた。

「いってえ……」

「な? 」

 うめく聖の手からキーを奪い取り、大島は押しのけるようにして運転席に登った。聖は不服そうに頬を膨らませながら、仕方なく大島に従って助手席に座り、窓を開けてそっぽを向いた。

 大島は苦笑してエンジンをかけ、バンを走り出させる。

「……思い出すなあ、聖」

 しばらくして、大島がぽつりと言った。

「高校ぐらいの時は、こんな風に、俺のトランスポーターによくお前や美春を乗せてやったもんだった」

「そんなこと、ありましたっけ」

 聖は、ばつが悪そうにそっぽを向いたまま、すっとぼけるように言う。

「あの頃のお前達、無茶苦茶だったからな。よくまあ、死にもせず、美春はともかくお前は前科もつかずに過ごせたもんだと思うぜ」

「あたしは、臆病もんだから……」

 聖は、頭を抱えた。

「格好つけてるけどさ。自分一人じゃなんにもできない。兄貴がいて、まともにやっても敵わないからグレてみた。美春がグレ方教えてくれた。短大に出て、東京で仕事して、なんか空しいなりに兄貴からも親爺からも離れてそれなりに暮らしてた。その後、兄貴が死んで、あたしは困っちゃった。自分が生きてるのが不思議なくらい。そしたら、一樹が……あの馬鹿が、兄貴は殺された、なんて言い出して。兄貴を殺した奴なら、兄貴よりスゴイ奴、でしょ。そいつ捕まえたら、あたし、小さい頃から死んだ兄貴に獲られてた何か……うまく言えないんだけど、自分の取り分? みたいなもの……を取り返せるかなあ、なんて思って。それも、でも、一樹のおかげなんだ」

 珍しく、弱気な長広舌だった。

 大島は、何も言わずに聞いている。……昔、よくそうしていたように。

「あいつ、格好良かったよ。弱っちいくせにさあ。あたしに簡単にぶっとばされて気ィ失ったくせに。『あんたは好きになれそうにない』『だけど、あんたが久さんをやった奴を探してぶっとばすっていうんなら、一緒にやらせて欲しい』だってさ。あたし、本当に嬉しかった。髪の毛が逆立って、鳥肌が立つくらい。あんなに直球な奴が、あたしの前に現れて、あたしと一緒に何かやってくれる、ってのが。それで、これまでやって来れたんだと思う」

 そいつはお前さんの幻想だけどな、と、大島は呟きかけるが、声には出さない。久を特別と思っていた分を一樹に振り替えただけだ。久だって一樹だって、お前と何にも変らない。

「でも、結局、それで雪奈に怪我させて。宮田さんなんか殺されたって。それに、アイコも危ないかも知れない。美春だって、ちゃんと自分で店出して頑張ってるのに、変なことに巻き込んで。リョータやミサキ、雑誌のメンバーにも迷惑かけるだろうし。でも、なんでこんなことになっちゃったんだろう」

「雪奈が宮田に探らせてたのは、浜橋と狼男の関係だったんだろう? 」

 大島は、なれた手つきでハンドルを操りながら、言う。

「雪奈が岸川を怒らせたのは、明和会との関係を疑われたせいだろう」

 聖は、答えない。

「権藤が両方に関わってるからごちゃごちゃしてるが、そもそもなんで宮田が殺されたのかが分からん」

「……」

 聖は、ようやく、のろのろと顔をあげて、大島の方を見た。

 大島が言おうとしていることが分からない、という表情だった。

「権藤は、雪奈に岸川のところに戻るように指示した。その後で、美春に様子を見に行かせてる」

「権藤は、宮田が殺されたことに岸川が関わってると思っていた? 」

「多分な」

 言いながら、大島は、不意に表情を引き締めた。

「聖」

「はい? 」

 大島は、少し苦しそうに口許を歪めて、前を向いたまま、言った。

「俺も、お前に隠してたことがある」

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