Section13.HELP!!(4)
「話はわかりました」
聖は肩をすくめ、自分も煙草をくわえて火を点けた。
「でも、なんでそんな話をあたしに? 」
権藤は、入れ違いに自分の煙草を揉み消した。
聖は、畳みかけるように言う。長い黒髪が、少し、乱れた。
「端くれとはいえ、あたしだってマスコミですよ。なんで、そんな都合の悪そうなことをわざわざ? 」
「中途半端に関わられるのは面倒なんでな」
権藤は、こともなげに言った。
「お前さん、ちょいと深入りし過ぎるからな」
「……」
聖は、探るような眼で権藤を見た。
権藤は面倒くさそうに欠伸をし、心底つまらなさそうに、言った。
「面倒だからはっきり言おう」
「……というと? 」
「岸川は、お前の雑誌の、あのモデルのガキを欲しがってる」
「はあ?! 」
聖は、虚を突かれて、煙草を取り落としそうになった。
「な……」
「あの雑誌を見て、目に留めたのは一般の読者やうちの会長だけじゃないらしい。詳しくは話せないが、岸川の上得意の一人がご執心らしい」
権藤は、ぽんぽんと膝の上に落ちたパンくずを手で払い落とし、のっそりと立ち上がった。
「察しのいい虎姫のことだ、これ以上、細かいことは言わなくても分かるだろう」
「分かるわけないでしょう! 」
聖は、権藤の袖を捕まえて、思わず声を荒げた。
「そんな話、雪奈からは聞いてないですよ」
「信じる信じないは自由だが、事実だ。岸川は、あのガキを掻っ攫ってでも献上したがってるだろう」
「……そして」
聖は、思い当たったように、呟いた。
「明和会は、それを阻止したい……? 」
「ご明答」
権藤は、聖の手をゆっくりと払いのけた。
「だから、お前に話をした。虎姫なら、必死に守ってくれるだろう、ってな」
「利用しようっていうんですか?」
聖は、頭に血が上るのを懸命に自制し、少し震える手で煙草を持ち直した。長くなりすぎた灰が、先からぽろりとカウンターにこぼれる。
「……買いかぶりすぎかもしれませんよ」
聖は、いまにも噛みつきそうな眼で権藤を睨みつけ、低い声で、歯ぎしりをしながら、言った。
権藤は、不意に聖の顔を正面から見据えた。
「そんなことはないさ、上泉聖。あんたは、会長の見込んだ女だ」
言いながら、権藤は聖に背を向け、出口に向かってのっそりと歩き出す。
「……権藤」
ごつい手を伸ばしてドアを開きかけた権藤に、それまで黙っていた大島が、顔も向けずに声をかけた。
「浜橋皆山はどうした? 」
「まだ見つかりませんよ」
権藤は、振り向かずに答えて、ドアを開けた。
「岸川のところで匿われているのか? 」
「さあね。いずれにせよ、私らも探してますよ」
権藤は店の外に出て、ドアを閉めながら、言った。
「宮田の葬式代くらい、出してもらわないと困るんでね」
キック一発で、SDRは目を覚ました。
料理を作る間つけていた大島のエプロンを放りだし、とりあえずいつものライダーズ・ジャケットとグローブ、ヘルメットをもって店の裏に逃げだしたアイコは、踏んでいた靴の踵を直すと、シートにまたがった。
GPZとは違う、ぴったりしたシート。
またがってハンドルに手を伸ばし、サイドスタンドをはね上げる。暖気は不十分だが、そんなことを言っている余裕がなかった。アイコは一速にギアを踏みおろし、回転を上げすぎないように注意しながらクラッチをつないだ。
ピストンを交換すると言っていたが、たった一日で、大島はアイコのSDRにかなり手を入れたらしい。
スピードメーターの脇に、小さなタコメーターがくっついている。
おそるおそる動かし始めたアイコは、最初、ちょっとした違和感を覚えた。
大島のGPZに一日乗っていたせいか、SDRがいつもよりコンパクトに感じた。少し頼りなく感じるくらいに。
そして、ケルンの裏の路地から、表通りに飛びだす間に、その違和感は確信に変わった。
ハンドルの位置や、ステップの位置が、今までと違うのだ。それは、微妙な、しかし決定的な違いだった。
これまで、アイコは手足を少し伸ばし気味に、身体を預けるような感覚で乗っていたのだが、今はまるで、自然に車体と一体になっていた。ニーグリップして膝を締めると、ステップがちょうど足の位置に来るし、ハンドルも手を自然に下ろしたところに来ている。
ステップの踏み心地も違うから、乗るときには気がつかなかったがステップごと交換されているのだろうと、アイコは思った。スコン、スコン、とシフトチェンジも心持ち軽く入り、きちんと決まっていく感覚が足に伝わってくる。
回転を上げすぎないように注意しながら、アイコは少しずつ速度を上げていった。
ヘッドライトのバルブも交換されているらしく、これまでより明るい。
道はもう、かなり乾いていた。
全体に操作しやすくなった分、SDRはアイコの動きを繊細に拾うようだった。
アイコは、探るようにSDRを走らせる。
とにかく、ケルンから離れたかった。なんだかあのゴツい男が、後ろから追いかけてきているような気がした。
とはいえ、どこに行くアテがあったわけでもなかった。
最初、アイコは美春の店に向かいかけたが、すぐに居場所がバレそうなのと、美春に迷惑がかかりそうなのでやめた。このまま、県境を越えて自宅まで逃げ帰るというのも思いついたが、それは大島や聖に申し訳ない気がした。
といって、他に行くアテもない。
一樹はどういうわけか夕食前に店を出ていったきり帰って来ていなかった。
マインドトラベルの編集室には、多分もう誰も残っていないだろうし、予土はこういう状況のときアテになるような気がしなかった。
とりあえず雨は上がっているし、ガソリンも満タン近く入っているようだったので、アイコはとりあえず気分が晴れるまで走ってみることにした。
月は少しぼんやり笠を被っているようだったが、雲の切れ間には星が光っているのも見える。
アイコは、少しずつペースを上げながら、夜道を疾走していく。
どんどん、身体が新しいポジションに馴染んでいくのが分かる。
これまで、少しぼんやりしていたSDRからのフィードバックが、とてもクリアに伝わってくる。指先に、つま先に、体全体に。路面が荒れているのか奇麗なのか、タイヤが路面とどれだけ噛みあっているか、サスペンションやブレーキがどれだけ仕事をしているか。
ひとつだけはっきりしないのは、エンジンだった。
今まで通り、あるいはそれ以上に力強く回っているようにも感じるし、中回転くらいまでの感じでは代わりにキレが少し弱くなった気もする。ボア・アップし、ピストンが大きくなった分トルクは出ているが、回転で押し出す印象が薄れているのかもしれなかった。その分、アクセル・ワークは楽になり、ギア・チェンジの回数がこれまでよりずっと少なくなっていることに、アイコは気付いた。
それが、「手の入れようがない」完成度のシルバーバレットSDRに、大島がアイコのためのチューニングを試みた結果だった。
アイコは、SDRとの初めての一体感に、だんだんと魅入られていった。