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Section.13 HELP!!(3)

「……で? 」

 背中に、アイコがこそこそと店から出ていく気配を感じながら、聖は少し怒ったように唇を歪め、顎を上げるようにして言った。

「まさかそんな、普通の用件を伝えに、権藤さんみたいなヤバい方が『おつかい』に来られたわけじゃないでしょ? 」

「……ご明察」

 権藤は、胸ポケットに手をつっこんで、くしゃくしゃになったハイライトの紙箱を引っ張り出す。中身がないのを見て、無言で握りつぶす。聖は、自分のショート・ホープの箱をトントン、とカウンターで軽く叩いて一本飛び出させ、権藤に突き出す。権藤が岩ででも出来ているようなごつごつした人さし指と中指でそれを取り出してくわえると、聖は無言のままマッチを擦って火を点けてやる。

 大きく煙を吐いて、権藤が重い口を開いた。

「その雑誌のこの地域での発行権を、うちの会社で買うことになって、二月ほど前から下準備を始めた。お前のところにいた大学生あがり……なんという名前だったかな? 」

「リョータのこと? 」

 聖は、急に自分のことに話しが及んだので少し驚きながら、聞き返す。

「ああ、そいつだ。うちの広報が、そいつを雇って、素人モデルのストックを作らせはじめた」

「あいつ、そんなこと一言も……って、フリーで仕事してんだから当たり前か」

「その作業中に、そいつが変な報告をしてきた」

「へえ? 」

「ちょっと目に付く若い女に声をかけてみても、かなりの確率で、地元じゃない奴にぶち当たるんだと」

 権藤は、そこで言葉を切って、残りの煙草を吸い尽くそうとするかのように大きく煙を吸い込んだ。

「まあ、それくらいなら、最近のことだし、たいして気にも留めなかったんだが。取材してた奴が言うには、近県の大きい街をほとんど回ったが、この街だけが異様なほど他所者にぶち当たるんだと。しかも、高校生くらいのガキのくせにやたらと高価なブランド品で着飾っていて、取材に協力してくれない」

「……」

 聖は、天井を見て腕を組んだ。リョータのことを、思い出す。……この手の取材は、得意そうだった。誠実そうな人当たりが安心感を与えるのか。

「『美少女百科』の権利者は、一定水準以上のモデルでなければブランドイメージに関わる、とかなんとかゴチャゴチャうるさいし、この街だけモデル・リストが伸びないんで、会長はシビレをきらして、仕方なく岸川に頼むことにした」

「仕方なく? 」

 聖が不審そうに首を傾げる。

「岸川は広告代理店が表稼業なんだし、あんた方の客分なんだから、いくらでも頼めそうじゃない? 」

「岸川と会長の間には、以前から確執があってな」

 権藤はそれ以上説明せず、言葉を濁した。

「どっちにしろ、あまり借りを作りたくなかったんで最初は外してたんだが。仕方なく、表の仕事として岸川企画にもリストづくりを頼んだ」

「……」

「ところが、岸川の奴、二つ返事で引き受けたきり、さっぱり仕事をしない。小諸雪奈に岸川の動向を報告させたが、うちの仕事をやってる気配は全くない」

「……やらないだろうさ」

 アイコが店を抜け出してから、ずっと無言でシチューを突っついていた大島が、聖の背後でぼそ、と呟いた。

 聖は弾かれたように振り返り、大島を見る。

 サングラスと長い口髭の下の大島の表情は、店の照明の加減もあってよく分からない。

「マスター、何か知ってるの? 」

「都合が悪いのさ、その取材」

「さすが大島さんは察しが良い」

 権藤は、初めて大島に気付いたように大声で言って、愛想笑いを浮かべた。

「……どこまでご存知で? 大島さん」

「ほんの噂話だ」

 大島は、いつものように火のついていない煙草をくわえ、権藤の方は見ないで、言う。

「岸川が、少女売春をやらせてるっていう、な」

「売春?! 」

「さすがよくご存知で」

 権藤は、形だけの笑顔を浮かべたまま、頷く。

「ちょっと待って、岸川が少女売春させてるってのが本当だとして、なんで『美少女百科』の取材を邪魔する必要が? 」

「岸川の売春組織は、会員制の秘密クラブで、日本全国のバカな金持ちを相手にしてるそうだ」

 大島が、何か決心したかのように、妙にはっきりした口調で言った。

「岸川の企画した、会員制高級リゾート・クラブというのがその隠れ蓑になっているそうだ」

「あの、バカみたいな会費のリゾート・クラブ? この街の温泉ホテルとタイアップしてた? 」

 「マインドトラベル」にも、その広告を掲載したことはあった。内容の割に高額な会費だったので、聖は失敗企画だと思っていたのだが。

「県外の客に、リゾート・クラブのふりをして、未成年、それも『美少女百科』のモデルに選びたくなるような娘を買うための会員権を売りつけてたわけだ。しかも、売春やってるのは、金で買われてきたガキばっかりなんだと」

 ぽんぽん、と、権藤が手を叩いた。

「さすがは大島さん」

「あんた方に誉められても嬉しくない」

 大島は、聖に視線を移して、済まなそうに顔をしかめる。

「すまんな、お前には黙ってた」

「……構いませんよ」

 聖は、ちょっと困ったように眼を細めた。権藤は、二人の会話を遮るように、言葉を続ける。

「小諸雪奈の報告内容を検討した上で、本社の調査課に探らせたところ、ほぼ今言われたようなことを岸川がやっている状況証拠が揃ってきた。いうなら、こんな本が出ちゃ、岸川の商品たちが街中の少女に紛れ込みにくくなるってわけだ」


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