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Section.13 HELP!!(2)

「おう、こりゃ美味いな。聖にこんな才能があったのか。美春にでも仕込まれたか」

 権藤は、無表情なまま、横目で聖を見る。

「いつの話してんのよ」

 聖は唇を尖らせ、自分も一口。濃厚なデミグラス・ソースの味。とろとろに溶けた牛肉と、ちょっとしたサワークリームの酸味。

「げ、マジで美味い」

 聖は思わずそう口走って、あわてて口許を抑える。

 一番奥の席から、じー、っとアイコが上目遣いに聖を睨んでいた。

「聖さん、あたしの作ったものだから美味しくないとおもってた! 」

「いや、違う違う! 」

 聖は、ばたばたと手を振って、誤魔化すように言った。

「思ったより熱かったんで、つい」

「うわ、言い訳だ! 」

「……んなこた、ない! 」

 聖は、ばん、とカウンターを叩いて座り直し、自棄になったようにガツガツとシチューをかきこみはじめた。

 アイコは、じと目でそれを眺めながら、一口、自分でも食べてみる。そして、目を白黒させ、もう一口。

 そして溜め息をついて、スプーンを置いた。

「……ママのグヤーシュの味と、全然違う……」

「これは完璧なビーフシチューだよな、どう考えても」

 黒パンを浸して美味そうに齧りながら、大島が言う。

「偶然こんな本格的な味になるとは。明日からうちのメニューにでもいれるか」

 大島はいつもの調子で軽口を叩きながら、ガブガブとワインを飲み干す。サングラスの下の眼は、鋭く権藤に向けられたまま。

「それで、権藤さん」

 聖は、気を取り直して、もくもくと不味そうにシチューを口に運ぶ権藤に向き直った。

「あいつは、どこ行ったって? 」

「岸川のところに戻した」

 権藤は、こともなげに言った。

「急に愛人兼秘書が行方不明になったんじゃ、岸川が怪しむ」

「岸川? 」

 権藤は、口を噤んだ。珍しく、喋りすぎたらしい。

 聖は少し察して、それ以上尋ねるのはやめておいた。ヤクザ同士の都合など、聞いたって仕方がない。

 聞きたいのは、そんなことではない。

「雪奈は? 安全なの? 」

「多分、アテもなくうろついてるよりは」

「宮田さんのことは? 」

「あの歳でチンピラだ、急にいなくなることもある」

 ぶっきらぼう、というより機械的に答えているような調子だった。

「……で? 」

 シチュー皿を空にした聖は、スプーンをからん、と投げるように置いて、権藤に尋ねた。

「チンピラを卒業して偉い人になった権藤さんが、なんでご自分であたしたちみたいな一般人のところに? わざわざ雪奈の行方を話に来られたわけですか? 」

「まさか」

 権藤は、もぐもぐと口を動かしてゆっくりと最後の一口を味わうように咀嚼し、ゆっくりと飲み込んだ。舐めたように奇麗な、シチュー皿だった。

「俺は、会長の使いで、『マインドトラベル』の編集長さんに会いに来たんだ。小諸雪奈は、途中で見かけたんで追い散らしただけだ」

「会長の使い? 」

「ああ」

 権藤は、紺のスーツの内ポケットからハンカチを取りだして、口許を拭った。

 上品な動作だが、やはり機械仕掛けのように人間味のない動き。

「この前の『マインドトラベル』の表紙の娘、妙に会長が気に入ったみたいでな」

 奥で耳を澄ましていたアイコが、思わず手をとめて硬直し、大島の影に身を縮めた。

(マスター、どうしよう……またなんか厄介事が! )

 アイコは、大島の耳に唇を寄せるようにして小声で助けを求める。大島はワインを注ぎ足すふりをしてアイコに囁き返した。

(大丈夫、まだあいつはお前が表紙のモデルと気付いてない)

(でも……)

(いざとなったら、裏から逃げろ。俺が誤魔化しといてやる。お前のSDR、組み上げて裏に停めてあるし、キーも刺さってるからそれで逃げろ)

(んな無茶な! )

「……会長が、この子を? 」

 聖は、背後を振り返らずに、眼だけを動かした。実際には、背後のアイコの姿は見えない。

「それで、どうしようと? あんなお爺さんじゃ、若い子気に入ったってどうしようもないでしょう」

「そういう意味ではない」

 権藤は、肩をすくめた。

「あんたも知ってるだろう。うちの本社は、裏稼業は年々廃業して、表稼業で身内を養う向きに変えてきてる」

「……」

「実質この地域最大のアミューズメント企業で、パチンコから映画館、スーパー銭湯まで手がけてる」

「知ってますよ、あたしだってマスコミの端くれだし」

 権藤が何を言いたいのか分からない、というように、聖が頭を掻いた。

「で、それが? 」

「まあ、もうちょっと聞け。で、これまでは地元企業を買収したり吸収したりして伸びてきたんだが、このままだと伸びしろが知れている。それで、会長は東京のコンサルタントに相談した」

「ひええ、ヤクザがコンサル雇うんだ! 」

 聖は、呆れたように呟いた。

 権藤は少し無表情な顔をしかめ、ふん、と鼻を鳴らした。

「……で、出た結論が、コレだ」

 権藤は、四つに折り畳んだカラーコピーを引っ張り出して、聖に差し出した。

 折れ目からちらりと覗くロゴのようなものが見えた。雑誌の表紙のコピーのようだった。

 聖は、疑わしげに一瞥してから手を伸ばして引ったくるようにして受け取り、乱暴に開く。

 素早く折り目を開いて、聖はコピーに眼を走らせた。

「……『東京美少女百科』……?」

 聖も、知っていた。数年前から飛躍的な成長を続けていて、ミニコミ誌やフリーペーパー業界では有名なフリーペーパーだった。地域ごとの、素人の若い女性をモデルに使ったグラビア誌で、東京を皮切りに、大都市圏で次々と地域バージョンが創刊されていた。「ローカル・アイドル発掘誌」としても知られていて、最近は芸能人デビューの登竜門などとも呼ばれている。

「これの、ご当地版を出すことにした」

「……はあ……」

 あまりに権藤の顔とかみ合わない話、それも、雪奈から殺人事件の話を聞かされた後の話だけに、聖は拍子抜けしたような顔をした。

「で、この雑誌の創刊号に、是非『マインドトラベル』の表紙の娘を使いたい、というのが会長の意向だ」

「……あのジジイ、年寄の冷や水もたいがいにしてほしいわ」

 明和会の現会長は、聖が十八歳の時に、既に六十歳は超えていたはずだった。であれば、もう八十歳前後、自分で口を出すような話でもないはずだったが。

 権藤はコピーを聖から取り返すと、丁寧に畳んでスーツのポケットに戻した。

「で、早速その娘の居場所を教えて欲しいんだが」

 アイコは、いよいよスツールからするりと降りて、店の奥に、息を殺しながら逃げ出した。

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