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Section.12 Believe……。(2)

 床にモノみたいに転がっていた宮田につまずき、床に流れた、半分乾きかけた血で、仕事着のピンクのスーツを汚してしまった。雪奈の目の前に、光の無い眼を開けたままの宮田の顔が転がっていた。変な風に歪んで、額が蒼く腫れ上がっている。

 雪奈は、一瞬で宮田が息絶えていることに気付いた。

 不思議と、冷静だった。

 昔から、臆病で泣き虫で根性なしなのは自覚があったが、どういう訳か限度を超えると急に冷静になるのが小諸雪奈だった。冷静というよりは冷酷になる、という方が正確なのかも知れない。初め、岸川の使いで怖々出入りしていた明和会で、岸川以上に信頼されるようになったのも、その性格のおかげだった。指を落とすくらいのことなら、何度見ても、どんなにやられる方が泣きわめいても、雪奈はほとんど何も感じない。面倒くさいな、と思うくらいのものである。

 それに雪奈は、明和会をバックにしている限りは、頭の良くないチンピラ連中を巧みにコントロールすることができた。自分自身には何の力もない変わり、組の権力を利用する術に長けていたし、途中からはその才能を自覚的に生かすようにもなっていた。

 そのあたり、自分で何でもやってしまえる代わり、組織をうまく使いこなせない上泉聖とは対照的とも言えた。雪奈の好きな人々は、父や聖も含め、自分のような生き方を好まないだろうが、この才能は雪奈の誇りでもあった。

 だから、右腕とも頼む宮田の死骸にいきなり直面しても、雪奈は動じなかった。

「……どうしたんです、姐さん」

 車で待っていたはずの柴田が、玄関のドアを開けて、低く声をかけてきた。

「宮田が、やられてる」

「ええっ」

「騒ぐな! 」

 驚いて声をあげる柴田を、雪奈は語気鋭く制した。

 柴田は、拳を握り、ぶるぶると震えながら、雪奈の背後に棒立ちになっていた。

 ふう、と小さく息を吸い込み、宮田の死骸を調べ始める。

 頭の骨が、形が変わるほどの打撃を受けていた。

 それから、体のあちこちに紫色の痣。腕や足の骨も、ところどころ折れている。

 雪奈は、そっと宮田の眼を閉じると、立ち上がって柴田に向き直り、厳しい表情で言った。

「柴田。携帯」

「あ……はい! 」

 棒立ちになっていた柴田は、額の冷や汗を拭い、ジーンズのベストのポケットに手を突っ込んで、組用の携帯電話を取りだした。雪奈はふん、と鼻を鳴らし、携帯を受けとって、慣れた手つきでたった一つ登録された番号に電話をかける。

 呼び出し音一回で、相手が出た。

『……へい』

 低い、太い、男の声。まったく感情のこもらない声だった。

「権藤さん? 小諸です」

『……』

「この電話、使ってるってことは、こっちがあまりよくない状況だっていうのは分かりますよね」

 雪奈も、凍えるような冷たい口調で言う。

『何があった? 』

「一人、やられました」

 雪奈は、電話の相手に歯ぎしりを聞かせようとするかのように絞り出した。

「宮田です。もう死んでます」

『……手短に事情を』

 雪奈は、浜橋と岸川の関係を宮田に探らせていたことなどを、簡単に説明した。もちろん、「狼男」のことやアイコのことは伏せたままで。

『そうか』

 権藤は、つまらなさそうに答えた。

『警察には? 』

「まだです」

『分かった。あんたはそのまま、柴田とその場を離れろ』

「はい」

『後は、掃除屋にやらせる』

「はい」

『専務には私から報告しておく。引き続き、岸川にはりついていろ』

「……」

『あんたの分の落とし前は、人事部から別に連絡がある。それまでは、仕事を続けろ』

「はい」

 電話は一方的に切られた。雪奈は唇を噛んで携帯を閉じ、柴田に投げつける。

「わあ! 」

 急に携帯を投げつけられて驚いたのか、柴田は大きな手で携帯をお手玉し、取り落としそうになって膝をつく。

 雪奈は興味なさそうに宮田の死体に背を向けて、柴田の脇をすり抜けた。

「……行くよ、柴田」

「へ、へい! 」

 柴田は裏返った声で答え、宮田の死体を一瞥すると、首を亀のように縮めて、雪奈の後に続いた。


「……てな感じよ」

 話し終えた雪奈は、ふう、と大きく息をついた。

 言いたいことを言って少しほっとしたのか、雪奈は少しいつものふてぶてしさを取り戻していた。

「で、車の中で着替えた。スーツは柴田に、掃除屋のところにもって行かせた」

「あんた、本格的な犯罪者だなあ」

 聖が、むしろ面白そうに言って、ぷかー、と煙草の煙を吐いた。

「あたしでも、さすがに殺された人の死体を見たらもっと取り乱すと思う」

 言いながら、ハンドルを切って、図体の大きいバンを、交差点で右折させる。

 とりあえずドーナッツ屋を出た聖と雪奈は、聖の車でケルンに向かうことにした。

「でも、預かってる鉄砲玉、まだたくさんいただろう。そいつらにガードさせれば? 」

「岸川に怪しまれる。もともと岸川に貸してるって名目であたしが預かってるだけだから、そうはいかない」

「で、あたしを用心棒に使うって訳」

「神崎美春を除けば、聖さんが一番強そうだし」



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