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Section.7 不自然な君が好き(5)

「リョータ、ミサキ」

 黙って二人の話を聞いていた聖は、話が途切れると、静かに名前を呼んだ。

 ヒップホップ系とお嬢様ファッションは、また顔を見合わせ、それから、不審な顔で聖の顔を見る。

 聖は、ふ、と小さく笑って、それから、両手を広げた。

「二人とも、ありがとう」

 そう言って二人から目をそらすと、聖は、テーブルの上の紙皿に手を伸ばし、クラッカーを一枚手に取って、ぱりん、と二つに割った。ちょっと油で手が汚れる。

「真剣に考えてくれてるのは、よく分かってる。……まあ、ちょっとあたしも調子に乗りすぎかなあとも思う」

「……」

「でもね」

 聖は、右手と左手のクラッカーを見比べる。

 ちょうど半分ではない。右はかなり大きく、左は三分の一もない。

「部数が一万増えれば、製作費がどかんと増やせるし、若い子使ってあげられると思うんだ」

「上泉さん……」

「ちょうど、創刊した頃のあたしたちくらいの、ね」

 そう言って、聖は大きいほうの欠片を口に放り込んで、パリパリと噛み砕いた。

「で、アイコ……この子は、そのきっかけにはなるような気がするのよ」

「うーん」

 リョータは、腕を組んで天井を見る。

「確かに、瞬間的には売り物になりそうですけどね……でも、それだけで急に倍は売れないと思う」

「その根拠は? 」

「『マインドトラベル』の読者って、ミーハーっていうよりちょとスノッブっぽい若者と、銀行とか飲食店とか若者向けの店とかでしょ。しかも、県内販売分がほとんど。もともと、全体数が限られてる。その中では、毎号五千部以上、売れてること自体がすごいと思う」

「そうねえ」

 ミサキも、リョータの言葉に頷いて、言う。

「だいたい、この地方だと広域タウン誌でも販売部数二万五千部、しかも『マインドトラベル』より安いでしょ。今どき、五百円のタウン誌売ってるなんて、これくらいじゃない? 」

「そうそう……作ってるほうが言うのも変だけど、妙に高級感あるのが、何故か受けてるんだよね。タウン誌っぽくない、って」

「まあ、それは上泉さんが創刊の時に言ってたことなんだけど」

 ミサキは、キャスターのついた事務椅子に深々と腰掛け直し、化粧ポーチから煙草をとり出して火をつけた。細いメンソールの煙草。結構手が荒れている。

「わ、あんたまだそれ吸ってるの? 最近珍しくない? 」

 煙草のパッケージを見て、聖が目を丸くする。

「探して買ってるの! ……一本どう? 」

「あ、あたしメンソールだめだから」

「前は缶ピースとか吸ってた癖に……」

 リョータが、ぼそっと呟く。

「俺、最初の頃まだ大学入ったばっかりだったから、この雑誌なかったら今の仕事やってなかったと思うんですよ。だから、無理なことをして変なことになって欲しくないなあ、なんて、余計な心配してしまうんですよ」

 聖は、創刊した頃のドタバタを思い出しながら、二人の言葉に耳を傾けていた。

 ミサキは既にフリーでカメラマン兼デザイナーをやっていたから、聖はむしろいろいろ教えてもらったほうだった。東京の出版社にいたから、全く素人ではないと自負していたが、地域には地域のルールや仕事の方法論があり、ミサキたちのサポートがなかったらそもそも雑誌を作ることができなかっただろう。

 リョータは聖やミサキよりはずいぶん年下で、大学生のボランティア・スタッフとして参加していたのが、足抜けできなくなってとうとう本職になってしまったクチで、卒業後しばらくは『マインドトラベル』唯一の社員スタッフをやっていた。単純に仕事がなかったのでしばらく食わせてやっていた、というのが正確なところで、それなりに自立出来るようになった今はフリーになっている。

 他にも十人以上、『マインドトラベル』の「身内」に近いスタッフはいるが、聖が一番信頼しているのは、この二人だった。一樹も創刊の頃から手伝ってくれてはいるが、性格的に雑誌の仕事と相性が良くないので、さほど深入りしていない。

「ま、二人の意見は分かったよ」

 聖は肩をすくめてそう言うと、この話を打ち切った。

 その後、レイアウト稿の検討を三人がかりで取り掛かる。この打ち合わせは、いつも厳しいやり取りになる。実際レイアウト作業をやるのは、今回はリョータの仕事だった。印刷所への入稿まで、今回は特に時間が無かった。実は一度、普通の締切りに合わせてリョータはレイアウトをあげていたのだが、聖が急にアイコをモデルに撮影したホテルの紹介ページを増やすよう指示したために、スケジュールが大幅に遅れていた。

 結局、午前中から始めた編集会議は昼食を挟んで午後に及び、それでも終わらないで、遅い日暮れを過ぎるような時間になってしまった。そのうち、携帯で別の仕事に呼ばれたミサキが中座し、リョータはもってかえって作業をすると間に合いそうにないということで、持ち歩いている十七インチ液晶の大型ノートパソコンでレイアウトの修正に取り掛かることになった。聖は美春に電話して夕食を一樹に持ってきてもらうように言い、一樹はバイトとバイトの合間に、文句を言いながら、大皿のレタスチャーハンを持って窓の無い事務所にやってきた。気の利いたことに、粉末のワカメスープをコンビニエンスストアで仕入れてきていた。

 聖は一緒に食べていくように一樹に言ったが、一樹はバイトの時間が迫っているから、と言って辞退し、そそくさと立ち去っていった。実際は、リョータを苦手にしているせいなのだが。

 冷めないうちにとっとと食べてしまおうと、取り皿と有り合わせのスプーンを用意し、コーヒーカップにワカメスープを作って、作業中のリョータの脇で大皿のラップを外しにかかったところで、どたどたと廊下を歩いてくる足音がした。

「ぐあああ、疲れた……」

 大声でそう呟きながら、よれよれのスーツ姿で、予土が大荷物を抱えて部屋に入ってきた。続いて後ろからは、頬を膨らませ、半分拗ねたような顔のアイコ。いつもの黒いジーンズに黒いTシャツ、黒いライダーズジャケット。バックパックを肩にかけ、両手には野菜やらなにやらが大量に入ったレジ袋をぶら下げている。

 どさ、と床に荷物を放り出すと、予土とアイコは、空いている椅子に、倒れ込むように腰掛けた。

「ふえええ、疲れたよう」

 アイコは、背もたれに抱きつくようにしながら、情けない声で言った。

「なんで正座なんだよう」

「仕方ないだろ、会席膳だったんだから」

「洋館なんだから洋食だと思ったのに……」

「山奥の地産地消メニューなんだから、和食に決まってるだろ! だいたいお前、ぺろりと完食した上、ご飯三回お代わりして、さらにボランティアのおばちゃんからオヤツまでもらってただろうが! 」

「いやあ、あの炊き込みご飯、美味しかった……あ」

 ひとしきり、二人にしか分からない話を交わして、それから、アイコと予土はようやく落ち着いて、部屋の中を見渡した。

 突然の乱入に、聖とリョータがあっけにとられていることにようやく気付いて、予土とアイコはあわてて愛想笑いを浮かべた。

「あー、どうも。戻りました」

 予土が頭を掻きながら、聖に言う。

「無事、作品と料理の撮影及び取材は終わりました! 」

「あと、温泉も! 」

 アイコが、両手を上げて、先生の目をひこうとする小学生のような顔で言った。

「頑張って撮影した! バスタオル! 」

「あ……そう」

 聖は、対応に困ったようにぎくしゃくと笑い、それから、リョータと顔を見合わせて、二人でため息をついた。

「とりあえず、チャーハン、冷める前に食べる? 」


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