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Section.6 タイムマシーンに、おねがい(2)

「北原、何やってんの? 」

 立ち尽くしている一樹の背中をぽん、と軽く叩きながら、加藤大治郎レプリカの予土が話しかけてくる。一樹の細い肩に比べて、無神経なように思える太い指。

「あ……いや」

「久に声かけ損なった、だろ? 」

「予土さん……」

「いや、お前だけじゃないけどね」

 情けなさそうな声で、予土が言う。

「久とは長い付き合いだけど、俺もあんな顔、見たことないし」

 一樹が振り返ると、予土の髭もじゃの、ちょっと童顔っぽい顔は、少し歪んでいた。予土は久と同学年で、同じ学部。自動車部の二輪部会長で、もともと久がバイクに乗り始めたのは、予土に誘われたからだという。

「あいつ、死にたくないからレースやらない、とか言っておいて、公道で無茶してりゃ世話がない」

「狼男のせいですよ! 」

 一樹は、吐き捨てるように言った。

「あいつ、当てつけるみたいに摩耶のSDRで現れて」

「ただの偶然かも知れないだろ」

 予土は、頭の後ろで手を組んで、天を仰いだ。

「だいたい、狼男の方が久のことを知らない可能性だって高い。いつも絡んでくる黒いGSX−Rのことは知ってたとしても」

「……」

「そいつが、たまたま新車で売りに出てたシルバーバレットのSDRを買って、いつもの峠に現れてる。それだけのことだ」

 一樹は何か言い返そうとしたが、うまく言葉が出なかった。

 予土は肩をすくめ、きびすを返して、さっきまで座っていた方に戻ろうとする。二、三歩進んだところで、ぴたり、と足を止める。

「北原……」

「はい? 」

「来るぞ」

 右手にぶら下げていたヘルメットを手早く被り、自分のバイクの方に駆け出しながら、予土は鋭く言った。

「……狼男」

「! 」

 一樹は一瞬呆然とし、それから、すぐに慌てて自分のTZRの方に駆けだした。

 予土は、バイクなら、かなり遠くの排気音でも聞き分けることができるという特技を持っていた。その耳が、狼男のSDRの音を聞きつけたらしい。

 一樹はヘルメットを被り、グローブをはめ直してキックペダルを踏みおろし、TZRのエンジンを始動させた。予土も、愛車である深紅のドゥカティ851・SP2のエンジンをかけ、軽くふかして一樹のTZRに並ぶ。

「一樹、無理すんなよ」

 ヘルメットのバイザーをあげて、予土が言う。

「最近の久のペース、公道の限界を超えてる。お前が真似すると、絶対コケる」

「予土さんこそ。CBRから替えたばっかりのドゥカの新車でしょ。タイヤの皮もむけてないんだから、そもそもマトモに走れないでしょ」

「まあな」

 予土はあっさりと認める。

「まあ、慣らしが終わってたとしても俺の腕じゃどうせ久のペースにはついていけない。登りの間はいいけど、下りじゃとても」

「でも、見届ける奴は必要でしょ」

「まあな……」

 そんなことを言いあっているうちに、甲高いツー・ストローク・エンジンの排気音が、予土でなくても聞こえる距離に近づいてきた。

 ぱあーん、と、弾けるような音。

 一樹と予土は並んで身構えながら、音のする方と、路側帯の久の様子に目をこらす。久は、路側帯の半ばあたりからするするとGSX−Rを移動させた。目標が目に入れば、すぐにでも車線に飛び出すつもりのようだった。

 ここからは、国道の峠道。新しい国道バイパスはまだ工事中で、昼間はかなりの交通量があるため、道幅はそれなり。路面も、さほど荒れてはいない。ここから県境までの二〇キロほどは、アップダウンと小さいカーブの繰り返しになっている。

 少なくとも、前半何キロかは、登りの直線や高速カーブがあり、SDRより排気量の大きいGSX−Rの方が有利なはずだった。目の前を通り過ぎてからスタートしても、充分追いつくことができるくらいのパワー差はある。

 これまでは、狼男がVFRだったから追いつけなかったが、馬力の差が埋まらないほど、久と腕の差があるとは思えなかった。

 やがて、キーンという金属音に近い音を伴って、銀色のトラス・フレームのバイクが、ドライブ・インの手前のカーブを回り込んできた。

 黒い、スリムなロングタンク。五〇ccくらいの大きさの、シングル・シートの車体に、小柄な、ブルーのトレッキング・パンツにオレンジのトレッキング・ウェア姿のライダーがまたがっている。

 だぶっとしたウェアの上からでもはっきり分かる、きれいなライディング・フォーム。ヘルメットは、スモーク・シールドの、シンプソン・バンディット。

 一樹の目には、まるでスローモーションのように見えた。

 間違いなく、「狼男」。

 実際には、瞬きするほどの時間で、狼男は一樹と予土の目の前を駆け抜けていた。

 追いかけるように、風が吹いたような気がした。

 予測していたはずなのに、やはりあっけにとられてそれを見送った一樹や予土を尻目に、久は冷静だった。

 狼男が通り過ぎると同時に、黒いGSX−Rは、スタート・ダッシュしていた。

 腹に堪える、大排気量の四気筒エンジンの重低音。

 一樹はその響きで我に返り、シフトペダルを蹴り込んで一気にアクセルを開いた。TZRのパラレル・ツイン・エンジンが吠え、わずかに前輪を浮かしながら、赤白のボディが道路に飛び出す。

 予土は、きっかけを失ったのか、ついに走り出すことができず、テールカウルから吐き出される、一樹のTZRの白い排気煙を見送った。

 黒いタンクに銀色に光るフレームのSDRを黒づくめのGSX−Rが追い、少し離されて、マルボロ・カラーのTZRがその二台を追う。

 右手には、緑の森。左手には、ガードレールと深い谷。

 一樹はあせった。

 前の二台が、全然視界に捉えられない。

 スタートしてすぐ、緩いS字が二つ連続する。ガードレールには、スプレー・ラッカーの落書き。ドクロマークとか、スペルの間違った英語。結構スピードが乗るので、一樹は懸命にTZRを操る。左カーブ。エンジン回転数を落とさないようにブレーキング。バイクをステップに乗せた左足で押さえ込むようにして曲げるが、シフトダウンが間に合わない。早めにアクセルを開け始めて対応しようとするが、反対車線にはみ出してしまう。すぐに右カーブ。走行するラインどりに失敗して、ガードレールにキスしそうになる。シフトダウンしてブレーキ、失速しすぎてもう一速シフトダウン。

 前の二台に食いつくどころか、引き離されている気がした。

 短いストレートでようやくフルスロットル、次の大きいS字カーブはそれなりにこなす。カーブの出口からの上り坂では、シフトダウンしてアクセルを開ける。この坂は急勾配だが、二五〇とはいえツー・ストロークのレーサーレプリカ、ものともせずに加速する。

 いや、少し加速しすぎた。

 坂の頂上から下りへの折り返しで、TZRが飛びはねそうになる。一樹は、必死でTZRを押さえ込む。

 朝日が、遠くの山並みの向こうから、金色の光りを放って登ってこようとしているのが見えた。一瞬目がくらみ、またアクセルを戻してしまう。

 すぐに左ヘアピン・カーブの入り口が見えるが、速度が落ちているのでエンジンブレーキと体重移動だけでカーブに臨む。むしろ、無理にブレーキを使うより素直に車体の向きが変わる。左手のガードレールの向こうは、深い谷。

 ヘアピンを抜けると、ちょっとした登りのストレートだった。


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