Section 22 ハイウェイ・スタア(2)
聖は忙しく愛車に鞭を入れ、鐙を鳴らし、轡を引く。GSX-Rも懸命に答え、SDRの200cc・二サイクル単気筒など比較にもならない超高回転七五〇cc・四サイクル四気筒のエンジンが咆吼をあげる。交換されたマフラーやエアクリーナーのせいで、ノーマルならかなり押さえ込まれているバイク本来のサウンドが、太く低く、峠道に響く。
だが、GSX-Rには、この峠道は狭すぎた。
多少路面が荒れていようが、アイコの持ち前のバランス感覚に応えて軽快な走りを見せるSDRとは対照的に、狭すぎるコースの中で、急制動と急加速を繰り返すGSX-Rの動きはぎくしゃくして危なっかしい。強引なパワーオンでテールが滑り出すのを力づくで押さえ込んではいるが、一つ間違えばコースアウト、左のガードレールを突き破って谷底に真っ逆さま、に見える。そうでなくとも、コーナーではつねに対向車線まではみ出してしまっていた。
(おかしい)
聖は、奥歯を食いしばりながら思う。
(ここまで下手じゃなかったはずだ、あたし。それとも)
若干大きめのカーブ。パワーで先行車との差を詰めるチャンス。
リアブレーキをきっかけに、フロントブレーキ。前のめりのGに耐え、シフトダウン、クリッピング・ポイントで向きを変える。次に小さなカーブが続くのが見える。少しアウト側から進入してセンターラインを踏めば直線ラインで抜けられる。SDRの背中を見て、アクセル全開。
蹴飛ばされたように加速。一瞬ふらつき、慌てて少しアクセルを抜く。センターラインの割れ目に浮いた小石で僅かに滑ったようだった。立て直している間に、SDRの背中がさらに遠のいた。
(アイコが速すぎるのか?)
久が死んでから、何度も走った峠道だった。一樹とも、何度も。
だからわかる。こんなペースでこの道を走れたことはなかった。
アイコに引っ張られて、限界を超えていた。
(あはは、死に神とタンデムしてる気分だ)
全身から汗が噴き出すのを感じながらも、聖は速度を落とさない。
自分で言い出した勝負だった。
相手が新田史郎からアイコに変わってしまったが、自分から降りることなど、虎姫とあだ名されたプライドだけは一人前の女にできるはずもなかった。
勝負を挑んだとき、史郎は聖に言った。
「上泉久は、俺の妹のために走ってくれた。それは感謝してるけど、あいつは俺に負けたんじゃなく自分に負けただけだろ。あんたには俺と戦う理由があるだろうけど、俺にはあんたと戦う理由がない。そんなことをしても妹は喜ばないし、親父や遥さんや病院入ってるあんたの友達を助けることにもならない。俺には、あんたを救ってやる動機も義理もない」
言い捨てて、史郎は「ケルン」を去って行った。一樹が起きてきて掴みかかろうとしたが、ひょい、と簡単に押さえ込まれて、簡単に失神させられてしまった。
去り際、振り返らずドアのところで立ち止まった史郎は、硬直しているアイコに、言った。
「アイコ。今言ったように、俺にはその人と勝負する意志も権利もない。その権利を持ってるのは、その人の友達で、摩耶のSDRを持ってるお前だ……あとは、お前に任す」
任されたアイコはそのまま固まっていたが、史郎が立ち去ってしばらくしてから、急に怒り出した。
「どいつもこいつも勝手な奴ばっか! 頭にきた! 先生のことももう知らない! 頭にきてしょうがない!」
白い顔を真っ赤にして、アイコはしばらく怒鳴り散らし、スツールを蹴っ飛ばして、カウンターに拳を打ち付けた。そして、聖の顔を睨みつけるように見上げて、言った。
「聖さん、目を覚まさせてあげるよ! 翌朝、あの峠で」
その結果が、これだった。