Section 22 ハイウェイ・スタア
少しオーバースピード気味に、下りの右コーナーに突っ込んだ。
ブレーキング、シフトダウン、荒れ気味の路面に軽い車体が懸命に食らいつ
くイメージ。タンクを太股で押さえ込みながら車体を傾け、前輪を軸に後輪を
振り回す。コーナーの出口を見ながら、アクセルオン。フロントフォークが伸
びあがり、メーターが跳ね上がる。
パアン、とエグゾーストが爆ぜ、銀色のトラス・フレームが朝陽にぎらつ
く。
アイコとSDRは、まるで混じり合って一体化してしまったようだった。
排気量も馬力も3倍以上あるGSX-Rを駆りながら、聖はだんだん離され
ていく。
フルフェイスのヘルメットの下で、聖は唇を噛みしめていた。
アイコのライディングは、以前にも増して冴えていた。
峠の入り口で、三十秒のハンデをやったのは、今となっては致命傷だった。
「狼男」の口車にうかうかと乗せられたのは、失敗だった。
上り坂、直線の加速でこそ圧倒的に有利な聖のGSX-R七五〇だったが、
タイトコーナーが続くようになると、その優位はまったくなくなってしまっ
た。普通なら、多少腕が劣っても、加減速のタイムラグを強引に加速力で埋め
られる大排気量車の方が有利なはずだった。公道であり、路面も荒れているか
ら、コーナリング・スピード自体を高く保つのは難しいし危険でもある。
聖も、そのことを熟知していたので、『狼男』こと、新田の提案を受け入れ
たのだが。
今日のアイコは、その予測を覆すほど「乗れて」いた。
空は抜けるような晴天。午前六時の道はドライ・コンディションで、日曜日
だから車もほとんど通らない。そして、SDRもアイコも絶好調。
それに引き替え、聖は睡眠不足と疲労でボロボロだった。コーヒーを飲んで
も滲みるほど胃の具合が悪く、もうじき生理までやってきてしまいそうな感
覚。
バイクの性能の圧倒的な優位など、もはや消えてしまっていた。
美しい山並み、蒼い空、谷から吹き上げてくる冷えた風、荒れたアスファル
トの路面、錆がところどころに浮かんだガードレール。
妙に色鮮やかにも見える景色をバックに、小柄なバイクに乗った、小柄な黒
革のウェアのライダーの姿が踊る。