97
よろしくお願いします。
ルフナに肩を組まれて賭博場に入っていくと、そこでは見るからに無法者といった輩たちが様々な方法で賭け勝負を繰り広げていた。
──────めちゃくちゃ危なっかしい雰囲気の場所じゃねぇか!? これならまだ裏町の中を歩いてた方が安全に思えるぜ!?
「オチバ、見てみな。早速やってるみたいだ」
ルフナが顎で指したのは、この賭博場で一番広く場所を取っているボロボロの舞台だった。
◆◇◆
舞台上では黒一式の紳士服とシルクハットを着用した卵のような体型に細い手足が生えた男がステッキを片手に立っており、その向かいには大剣を武装した屈強な男がいる。
武装男からは剣呑な空気が滲み出ておりこれから血なまぐさい事態が起こりそうな気配を感じるのだが、卵男はそれを受けても全く笑顔を崩していない。
「それではァ、アナタが欲する物をお聞かせ願えますかなァ?」
卵男は紳士的な態度で武装男に接するが、
「はっ!! 俺はテメエが持ってるもん全部が欲しいんだ!! 勝ったら貰えるって聞いてるぜ! 殺されたくなかったら早く寄越しな!!」
武装男は荒々しい態度で卵男に全てを寄越せと言い放つ。
これには卵男も困った表情をみせているのだが、
「なるほどォ……。それは構いませんがァ。アナタァ、それに見合う“賭け品”はお持ちなのでしょうかァ?」
どうやら卵男が気にしているのは“武装男が何を賭けるのか”という事らしい。
「ああ!? テメエ、俺の事をナメてんのか!? いいぜ!? 俺に勝てるってんなら“なんだって”賭けてやるぜ!!」
「ほほォ! それは何とも気前の良い返事ィ! 素晴らしィ! この“賭け勝負”、受けて立ちましょウ」
卵男は武装男の返事を聞くとにこやかに頷いてステッキを掲げる。
すると卵男が何らかの魔法を発動させたのか、舞台上にいる二人がそれぞれシャボン玉に似た半透明の球体に覆われていった。
しかし、半透明の球体は二人を覆ったかと思うと直ぐに消えて見えなくなる。
「はっ! 不発かよ! どんな魔法だか知らねえが、その卵みてえな頭を叩き割って直ぐに終わりにしてくれるぜ!!」
武装男は卵男が発生させた球体を魔法の不発と断定し、抜き身の剣を正確に卵男の頭上へと振り落とした。
だが、
「なっ!?」
振り下ろされた剣は卵男の頭を叩き割れなかった。
卵男に避けられた訳でも、防がれた訳でもない。
「な、何だこいつの頭!? 硬てえ!?」
卵男は武装男の剣を直接頭で受け止めていたのだ。
「はァ、全くせっかちな方だァ」
普通の人体であれば粉々に粉砕されて当然の威力を受けたというのに、卵男が示した反応はその一言だけだ。
「さてェ……。お次はワタシの番という事でよろしいかなァ?」
そして今度は卵男が仕掛けた。
「うぉっ!? コイツ、急に柔らかくっ!?」
武装男が驚くのも無理もない。
突如として卵男の体が液状と化したのだ。
すると当然ながら卵男に振り下ろしていた剣は支えを失い、武装男は体勢を崩す。
それは致命的な隙だった。
「これで終わりですなァ」
液状化した卵男は瞬時に武装男の背後へと回り込むと、元の卵男の姿を取り戻し、ステッキの先端に仕込まれた刃で武装男の背中を一突きする。
「あがっ!? ゔぐぅぅ!? な、何だこいつは!? 気持ち悪い!!」
武装男は卵男のステッキに刺された直後から足下がふらつきだし、血涙を流し始めた。
「ホホホ、このステッキの先端に隠されたら刃には魔獣をも動けなくする猛毒が塗られておるのですよォ。しかし、まさかこれを受けて喋れるとは大したものですなァ」
「うぐぐ……!? う、うぐおおらああああ!!!!」
毒が体に回って後が無いと気づいた武装男は力任せに剣を振り回して背後にいる卵男への攻撃を試みるのだが、
「ほゥ? まだ動けるとはァ、少々見くびっておりましたァ」
卵男は再び体を液状と化し、武装男の薙ぎ払いは空振りに終わってしまう。
「ですがァ、これで本当に終いと致しましょウ」
そう宣言した卵男は液状化したまま武装男の剣を伝っていき、
「おごおおお!?」
武装男の口腔から体内へと侵入を果たした。
それから武装男は暫く空を足掻くが攻撃すべき相手は目の前に居らず、やがて武装男は体中から血を吹き出して倒れ伏す。
武装男が完全に沈黙すると武装男を覆っていた半透明の球体が目視出来るようになり、弾け、卵男の球体に吸われるようにして消えていった。
「ホホホ、ワタシの勝ちですねェ。それでは約束通りアナタの全部を頂くとしましょウ」
辺りに広がる血溜まりの中から姿を現した卵男は元の卵の体型へと戻り、埃を払う仕草をして身だしなみを整えるとステッキで床を鳴らす。
それが合図なのだろう。何処からともなく手下であろう無法者たちが現れると、白目を向いて倒れる武装男を何処かへと連れ去っていくのだった。
◇◆◇
「い……今の、なんなんだよ……?」
「あの卵みたいな奴が“ダルメジア”さ。残虐な男だろう?」
ルフナは俺に“あの卵男こそがダルメジアだ”と説明するのだが、今の俺は想像を絶する血なまぐさい戦いを間近に見た事で頭の処理が追いついていなかった。
「さて、どうやったら奴を倒せると思う?」
そんな俺にルフナは“奴を倒せるか”何て尋ねてくるが、
「いや……いや、絶対に無理だろ!? つーか、あんなヤベェ奴に関わるべきじゃねぇって!? 今の見て戦おうって奴の気がしれねぇよ!?」
“勝てるかどうかという次元の話ではない”というのが俺の率直な感想だった。
「ははっ! そりゃそうだ。あんなのと正面から戦うなんて正気の沙汰じゃないな。だが安心してくれ、オチバ。俺たちは何もさっきの武装男みたいに『殺し合う』なんてルールで賭け勝負を挑む訳じゃないだろう? 俺たちは俺たちでダルメジアに“別のルール”で賭け勝負を挑むだけの話だ。俺が聞きたいのは、“奴を倒せるルール”についての話さ」
「そ、そういやそうだったな……。悪い、ちょっと気が動転してたぜ……」
──────そうだった。俺たちはダルメジアと戦闘するつもりでここに来たわけじゃねぇ。“賭け勝負”を挑みに来たんだ。
とはいえ、
「ダルメジアがあんなに腕の立つ奴だったってのは初耳だぞ……。ありゃあ、商人って動きじゃねぇだろ。それにあれだけ強いってなると、奴との賭け勝負が終わった後の方が心配だぜ……。仮に奴に勝って目的の魔道具を手に入れたとしても、直ぐに“力づくで奪い返しにくる“なんて事もありえんじゃねぇか? 俺としてはそっちの方が不安になってきたぞ……」
「ははっ! その心配は無用さ」
ダルメジアによるお礼参りを心配する俺だったが、ルフナはその心配はないと言い切る。
「凄え自信だなぁ……。根拠は?」
「奴が商人だからさ。商人は信用が第一ってよく言うだろう? “ルールに則って勝った事実”にいちゃもんをつけようもんなら、間違いなく奴の商人としての信用は失墜する。約束を破る商人なんて誰も取引に応じなくなるものさ。そうしたら奴はもう表で商売が出来なくなる。それは奴にとっても望まない結果に違いないだろう?」
「なるほどな……」
ダルメジアが商人という肩書きを失ってまで俺たちに執着するとなれば別だが、ここまで商人として上手くやっていた人物だ。そう簡単に生命線である“商人”という肩書きを捨てるとは思えない。
「……よし、分かった。だったら俺も切り替えてくしかねぇな。何とかダルメジアに勝てる勝負を考えようぜ」
「そうこなくちゃだ。なら取り敢えずダルメジアについて誰でも知ってる情報を共有しておこう」
「ああ。頼む」
◇◆◇
内緒話がしやすいように場所を壁端に移した俺たちは早速ダルメジアについての話をしていた。
「先ずダルメジアは卵人族という種の亜人だ。特徴としては、見た目通り卵の体を持つ人間って認識でいい」
「え? 卵ってマジの卵? いや、でも剣を振り下ろされてもビクともしてなかったけど……。あぁ、あれは魔法か……」
「その通り。本来卵人族は非常にひ弱な種族なんだが、奴は“賭け魔法”という固有魔法に恵まれた。賭け魔法というのは、平たく言うと“互いに何かを賭けて勝負し、勝ったほうがそれを総取りする魔法”だ。例えば、対戦相手が自身の固有魔法を賭けて戦って負けたのなら、その固有魔法はダルメジアの固有魔法となる」
「はぁ!? 何だそのデタラメな魔法!? あっ!? もしかして、あいつが硬くなったり、液状化してたのは……!?」
「そういう事だ。今の賭け勝負を見た感じだと、奴は少なくとも三つ以上の固有魔法を持っているな。それが奴の強さの秘訣って訳さ」
「マジかよ……。そりゃ強すぎる訳だぜ……」
ただでさえ厄介な固有魔法を三つ以上も持っているとなれば、ますます直接的な戦いは避けなくてはならないだろう。
「となると、注目しなくちゃなんねぇのはその賭け魔法の具体的な効果だな……」
「間違いない。そうだな……。オチバは“契約魔法”というのを知っているだろうか? 魔法自体に直接的な攻撃能力はないが、一度成立してしまえば対象者に強制的な効果を与える魔法。それが契約魔法だ。効果だけなら“賭け魔法”は“契約魔法”と非常に似通った魔法と考えていい」
契約魔法と聞いて思い起こされるのは、この前のゲルトナーとの試験試合でのことだ。
──────確かその時にレファリオが、“ゲルトナーが魔物と契約してる”ってな事を言ってたんだよな……。
レファリオは巨大植物と一体化したゲルトナーを指してそう言っていた。
だが結局“契約魔法”というのが具体的にどんなものなのかという話まではしていなかった筈だ。
「……あー、悪いな。契約魔法ってのは聞いたことあるけど、どんなもんかは知らねぇんだ。説明頼む」
「そうか。ああ、構わないとも。先ず前提として、“契約魔法”は属性を司る“汎用魔法”や個性豊かな“固有魔法”のどちらでもない特殊な魔法だ。区分けとしては魔力による身体強化が一番近い所にある」
ちょっと複雑になってきたが、要するに契約魔法は身体強化と同様に“魔力さえあれば誰でも使える魔法”という認識でいいのだろう。
「“二人以上の契約者となる者が、互いの魔力で決して破ることの出来ない契約を魂に施す儀式”。それが契約魔法の本質だ。ただし、全く異なる存在の魔力を魂に刻むのは容易な事じゃない。契約魔法はある程度の時間を要する魔法という訳だ」
──────ゲルトナーが巨大植物の魔力を利用できてたり、一体化なんて事ができたのはそういう契約をしていたからって訳か。
「そして“賭け魔法”は、賭けを行う両者の同意さえあれば発動条件が満たされる魔法だ。だが利益を得られるのは賭けに勝利した一方だけとなる。もし固有魔法を賭けて勝負に負けたのなら、敗者の固有魔法は勝者へと譲渡される。これはさっきも言ったな」
ダルメジアが固有魔法を幾つも持ってるのは、そうやって他人から固有魔法を奪ってきたからという訳だ。
「おっと、そうだ。大事な事を言い忘れていたな」
「大事な事……?」
「ああ。さっき見た戦いの最初の方で半透明の球体がダルメジアたちを覆っていたのは覚えてるか?」
「あー、そんなのあったな。出てきたと思ったら直ぐに消えて、決着が付いたら武装男の球体が見えるようになったけど弾けて消えて……その後は確かダルメジアの球体に吸われたんだっけか? あれにも何かあんのか?」
「あるとも。あの球体が賭け勝負を成立させているからな。一つ尋ねさせてくれ、オチバ」
「ん? なんだよ?」
「仮に君が賭け勝負に負けたとして、素直に賭けた品を勝者に差し出せるか?」
それはルールを守るかどうかという話だろうか。
だとすれば、
「それは差し出すしかねぇんじゃねぇか? それを承知で賭け勝負に挑んでんだから」
「ははっ! そうかそうか! ……なら、やむを得ない事情で命を賭けて負けたとしたら? それでも賭け勝負に負けたからと差し出せるか?」
「それは…………悪いけど無理だな。そういう事か。あの球体は賭け勝負をした二人を覆ってた。つまり、あの球体には賭けの結果に従わせる強制力があるんだな?」
「正しくだ。敗者が賭けたモノを勝者に移譲する、あの球体にはそんな能力があるのさ。だがそれだけじゃない。あの球体には、賭け勝負の当事者たちが取り決めたルールを記憶し、当事者たちがルールを違えないように制限する空間までも生み出す。勝敗も球体が判定する仕組みだ。球体が割れたという事は球体がルールに則ってそいつを敗者だと認定した事になる。これらの賭け魔法の影響は当然ダルメジアにも適用される。まあ、このお陰で賭け勝負と関係のないやり方で危害を加えられる心配が無くなるって話さ。あくまでも賭け勝負は公正に行う。それがダルメジアによる賭け勝負だ」
つまり、ダルメジアでさえも“賭け魔法”を使った賭け勝負においては不正が出来ないという事だ。
「ダルメジアについてはざっとこんな感じだ。どうだ? 何か早速ダルメジアを倒せる良い案は浮かんでないか?」
「……いけるかどうか分かんねぇけど。やっぱり得意な分野で挑むのがいい気がするな。不正がねぇってんなら尚更有利な条件で挑んだほうが勝機はある筈だ。なんてったってこっちには切り札があるからな」
「俺の魔法か?」
「ああ。お前の魔法は相手の心を読み合いする勝負において絶対に有利だ。これを使わない手はねぇ」
「だな。俺もそう思う。初代ロイライハ皇帝の再来である君がそう判断するなら、俺も自信を持ってこの魔法で挑めるというものさ」
「だから、俺はそんな大層な存在じゃねぇっての……」
この様子を見るにルフナも最初から伝心魔法を頼りにするつもりでいたのだろう。
「さて、それでは君に保証されたこの魔法でダルメジアに挑みにいくとしようか」
そうして舞台に向かって進むルフナを、
「…………いや、まだ駄目だ」
俺は止めた。
「へえ……? 何か問題でも気づいたのかな?」
「いいや、そうじゃねぇ。ただ折角こっちでルールを作って提示出来るってんなら、可能な限り俺たちに有利なルールを作ったって損はねぇだろ?」
「ははっ! 実に俺好みの答えだ」
こうして俺たちは対ダルメジア用の賭け勝負の内容について更に詳しく詰めていくのだった。
読んで頂きありがとうございます。
ブックマーク、いいね、評価も大きな励みになってます。




