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よろしくお願いします。

 

 ルフナに連れられて俺がやって来たフロンツィエの“裏町”という場所は、フロンツィエを象徴する巨大湖から大きく離れた東の方角に位置していた。


 街並みは表通りよりも薄汚れている印象を受けるが、街灯や街路の舗装といったインフラ設備はそれなりに整備されているようだ。

 いくつもの屋台や商店が並び、商人たちの姿や表通りではそこまで見掛けなかったフロンツィエの住人らしき人たちの姿もそこかしこで見受けられる。


 俺の知るイメージとして一番近いのは、夜市(よいち)といったところだろうか。


「裏町なんて言うもんだからちょっと怖い雰囲気な場所って思ってたけど……、別に大したことはなさそうだな」

「へえ……。オチバはこの環境に慣れてるのか。それは実に頼もしい限りだ。()()を前にして落ち着けるなんて、やっぱり修羅場を越えてるだけはある」


 俺が裏町の空気に浸っていると、前を歩くルフナがそう言いながら視線を“人通りの少ない暗がりの路地”へと向ける。


 ──────あれって……、いったいどれのことだ?


 ルフナの視線に釣られて暗い路地に目を向けるが、俺には何かがあるようには見えない。

 強いてあったとすれば、それはドブネズミに似た小動物が路地の付近にいる事くらいだろう。


「なぁ、ルフナ。お前が言うあれっていうのは────うぉっ!?」


 “あれ”とはいったい何なのかとルフナに尋ねようとしたその時、暗がりにいた小動物の背中に突然鋭利な刃が突き刺さった。

 小動物は悲痛の叫びを上げてその場から逃げ出そうとするのだが、直後に路地奥の暗がりから伸びた何者かの腕に掴まれてしまい暗がりへと引きずり込まれていく。


 一瞬の出来事に目を疑いたくなるが、今の光景が錯覚でないというのは路地の前に広がる血痕が証明している。


 そして俺の見間違えでなければ、暗がりから伸びたのは()()()()だった。


「こ、これは……っ!?」 


 異様な状況に俺は周囲を隈無(くまな)く観察する。


 すると、意識しなければ分からなかった点が徐々に見えてきた。


 ──────誰も暗がりの近くに近づこうとしねぇ……!


 道行く誰もが暗がりを避け、明るい道を選んで歩いていたのだ。

 だが、それは暗くて足下が危ないからではない。


 ──────暗がりに近づくと襲われる危険性があるからか……っ!


 しかし、最も恐れるべきは他にある。

 決して小さくなかった小動物の叫び声に()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。


 ──────驚くどころか、見向きもしてねぇ……! つまり、今みたいなのはこの裏町じゃ大した問題でもなく日常的に起きてるって訳だ……!


 こんな光景が当たり前になっているのは異常としか言えないだろう。

 仮に襲われていたのが人であったとしても、この裏町に根づく人々は同じ反応を示すに違いない。


 ──────裏町ってのは、俺が想像してたよりも遥かにヤバい場所じゃねぇか……!?


 本音を言えば、今すぐにルフナを説得してネフシャリテ家の屋敷に帰りたいところだ。

 だが、ルフナの様子を見るに今から引き返すという事はしないだろう。

 そうなると、ここで引き返す場合は俺が一人で帰ることになる。


 ──────ここから一人で帰るのは流石に危な過ぎて無理だ……。


 最早ルフナと一緒に行動するのが一番安全だと考えた俺は、直ぐに帰るのを諦めて次の方針に切り替える事にする。


 それというのも、


「…………ルフナ、ここはいったい何なんだ? 裏町って言ったって、無法地帯が過ぎんだろ。お前、こんな場所にいったいどんな用があんだよ?」


 この異様な裏町とルフナの目的についてだ。


「そうだな……。俺の目的については今向かってる場所に着いてから話すとして、それじゃあ先ずはこの裏町について軽く説明するとしよう」



 ◆◇◆



 裏町がこのような状況になってしまった大きな要因の一つは、フロンツィエと諸外国の接する大きな国境線にあるのだという。


 フロンツィエはロイライハ帝国が東の諸国と通じる為の玄関となっている要所であり、商人を始めとして東から帝国に入る人間はこのフロンツィエを介さなければ入国出来ない仕組みとなっている。

 当然ながら外国人がフロンツィエに入る為にはある程度厳しい審査が必要であり、(すね)に傷を持つような無法者(むほうもの)は入国することを許されていない。


 だが厳しい審査があるからこそ、追われる人間は何としてもロイライハ帝国への密入国を試みる。

 一度入国してしまえば、追手も容易に帝国に入国出来ないからだ。

 そこでフロンツィエの大きな国境線が問題となる。

 単純に警備の手が回らないのだ。


 結果、フロンツィエには無法者の密入国者が増えてしまったというのが現状である。


 しかし、そんな無法者らが何人も流入して来ているというのにロイライハ帝国全体ではそこまで大きな問題にはなっていない。


 というのも、彼ら無法者は国境線を越えてフロンツィエに入ることは出来たが、フロンツィエ以外の領地に入る事が出来なかったのだ。


 それはフロンツィエ以外の領地の警備体制があまりにも厳重であったからなのだが、衛兵の質や量にかんしてはどの領地でもそこまで大きな差というのはない。


 では何故フロンツィエの警備だけが甘いのかというと、殆どの領地が領内の問題だけに警備を集中すれば良いのに対し、フロンツィエは領内の警備に加え、国境線の警備、そして巨大湖の警備と、合わせて三ヶ所の警備を要求される領地であったからだ。


 特に巨大湖は帝国中の貴族子弟や諸外国からの留学生が(つど)う重要な地点というのもあり、警備の優先順位が高く、次点で領内の住人を守る為に衛兵を動かせば、どうしても国境線の警備が手薄になってしまうのは致し方ないことだったということなのだろう。



 ◇◆◇



 ルフナから現状の裏町の成り立ちについて説明されたが、それでも俺は()に落ちていない部分があった。


 それは、


「やっぱりあの辺境伯がこんな荒れた場所を放っておくとは思えねぇんだよなぁ……」


 辺境伯がこの異様な状況の裏町を取り締まっていないという点についてだ。


 少し会っただけではあるが、辺境伯は“曲がった事が許せない厳格過ぎる人物”であるということが窺えた。

 そんな人物がこの無法地帯を放置しっぱなしにしておくとはどうにも思えない。


「良いところに目をつけてるな、オチバ。まさに君の言う通りさ。父上はこの裏町を放置するつもりはなかった。だが、それは少しばかり()()()()のさ」

「遅かった?」

「ああ。父上が対処するよりも早くに動いた男がいた。その男の名は“ダルメジア”。帝国の外からやって来た商人だ」


 ──────ダルメジア……。聞き覚えはねぇ名前だな。


「ダルメジアは持てる財力を駆使して逸早(いちはや)く裏町の無法者(むほうもの)どもを統率すると、裏町に新しく規則を作った。無法者たちがこの裏町から出てフロンツィエの至るところに現れないのは、奴が作ったその規則があるお陰だ」


 それだけ聞けばその“ダルメジア”という人物が行った事は善行のように思えるが……。


「何となく、お前のその口振り……。ダルメジアってのにはあんまり良い印象を持ってねぇみてぇだな」

「ははっ! ご明察だ、オチバ。俺はダルメジアに良い印象なんて持ってない。確かに奴が作った規則はフロンツィエの治安維持に一定の貢献を示しているが、その反面この規則は裏町の犯罪行為を助長しているのさ。奴が作った規則はあくまでも無法者を守る為に作られた規則。裏町の外で問題を起こす事こそご法度だが、裏町で問題を起こす分には何一つ咎められる事はない。奴の本当の目的は、この裏町を“()()()()()()()()()()()()()()()()”に仕立て上げる事なのさ。……フロンツィエは俺の生まれ育った町だ。裏町にだって愛着がある。人の町で好き勝手してるダルメジアに良い印象がないのは当然だろう?」


 話を聞く限り、ルフナがダルメジアを嫌う理由は最もと言えるだろう。


「けど、ダルメジアがそこまでとんでもねぇ悪党だって分かってんなら尚更どうして辺境伯はそいつを────」 


 “取り締まらないのか”と口にする寸前に、


「────あ!? いや、待てよ!? ()()()()()()……っ!?」


 俺は“ダルメジアを取り締まること”が“悪手である”という事に思い至った。


「ははっ! どうやら気づいたみたいだな。そうだ。ダルメジアを取り締まるのはヤバい。もし取り締まったりなんてしたら無法者たちが暴動を起こしてもおかしくないからな」


 考えてみれば簡単な話だ。

 裏町に居座る多くの無法者はダルメジアが作った規則に守られており、最早無法者たちにとってダルメジアは無くてはならない程に大きな存在となっているのだ。

 そんなダルメジアを取り締まろうとすれば、無法者たちが自分たちに有利な今の裏町を守るために団結するのは目に見えている。


「これじゃあ、そう安々とダルメジアを取り締まれる訳がねぇ……」


 恐らく全てダルメジアの計算の内なのだろう。

 そう考えるとダルメジアという人物が如何に狡猾で危険な存在であるかという事が理解できる。


 となると、やはり俺が気になる点は一つに収束された。


 それは、


「つーか!? お前マジで何の用があってこんな場所に連れて来たんだよ!?」


 ルフナの目的についてだ。


 俺がもう何度目かになる同じ質問をすると、


「まあ、そう慌てるなよ。ここが俺の目的地さ」


 ルフナは漸く足を止め、目の前にある建物を見上げた。


「やっと着いたのか……? ここがお前の目的地?」


 その建物は、目立つように色とりどりの装飾が施された大きな平屋だ。

 建物の中には人が大勢いるのか、外にまでその喧騒が漏れ聞こえている。


「……何だか随分と騒がしいな」

「ははっ! それはそうだろう。ここは裏町にある賭博場の中でも一番大きい、ダルメジアが胴元の賭博場だからな」

「は……? 賭博場……? えっ!? つーか、今ダルメジアが胴元って!? はぁ!? お前、何て所に連れてきやがんだ!?」



 ◆◇◆



 賭博とは互いの財を賭けて勝負をする事であり、賭博場とはそれらが行われる場所を指している。


 ここダルメジアが胴元の賭博場では金銭、貴重品、権利といった様々な財が賭けの対象となっており、誰もが自由に賭博を行っていた。


 そして、


「月に一度くらいの頻度でダルメジア本人がここで賭け勝負を開くのさ。参加は誰でも自由。当然賭ける品は必要だ。そして、ダルメジアが賭け勝負を開く時は決まって貴重な魔道具を賭けてくる。今回の賭けの対象は“隠秘(いんぴ)を司る神 アマウット”に由来する魔道具らしくてな。なんでも、魔力を抑制する効果があるって話だ」


 今日はそのダルメジアによる賭け勝負が開かれる日とのことだった。


「ルフナ、お前の目的がやっと分かったぜ……。その魔道具があればお前の伝心魔法を抑制できるかもしんねぇ。だからお前はその魔道具が欲しいって訳だ。そんで、お前はダルメジアとの賭け勝負に勝つために何故だか分かんねぇけど俺をここまで連れて来た。そういう訳でいいんだな?」

「その通りさ、オチバ。俺はどうしても今日の賭け勝負に賭けられるその魔道具が欲しい。君を連れてきたのは、君が初代ロイライハ皇帝の再来と呼ばれる程の気骨の持ち主だと耳にしたからだ」

「初代ロイライハ皇帝……? それが俺をここに連れてきたのとどんな関係があんだ? 確かに帝都でちょっと目立った事をしちまってからは“初代ロイライハ皇帝の再来”なんて騒がれたりもしたけど……。別に俺は初代皇帝の血なんて引いてねぇし、なんだったら帝国の人間ですらねぇ。ただ戦い方が似てたってだけの話だ。妙な期待はするんじゃねぇよ……」

「ははっ! それで十分さ。いや、それが良いんじゃないか」

「はぁ……?」

「オチバ、済まないが君の噂を耳にしてから俺は君の事をよく調べさせて貰った。すると驚くべきことに気付かされたのさ」

「驚くべきこと? なんだよそれ?」

「ははっ! 君はあらゆる面において、初代ロイライハ皇帝と類似しているのさ! 何処からともなく来訪してきたという謎の経歴! この地に由来する著名な家柄の出ではないこと! 恵まれた仲間と共に様々な戦いを潜り抜け、未だに無敗であるという事実! 全てが初代ロイライハ皇帝の逸話と類似してる! ……これは偶然か?」

「いや、偶然だろ」

「ははっ! 偶然な訳がない!」

「き、聞いてねぇ……」

「初代ロイライハ皇帝は賭けの分野においても生涯無敗だったという逸話がある。俺が君をここに連れてきたのは、“初代ロイライハ皇帝の再来”である君の助けが欲しかったからなんだ」


 それが、“ルフナが俺に固執していた理由”という訳だ。


「……頼む、オチバ。どうか俺と一緒にダルメジアとの賭け勝負に挑んでほしい」


 ここに来て切実に頼み込むルフナの姿は、今日一番の真面目な空気を醸し出している。


 ──────はぁ……。どうしたもんかな……。


 どう考えても危険過ぎる案件だ。


 ──────せめて仲間たち誰か一人でもこの場に居てくれりゃあ心強ぇんだけど……。


 だが、いくら“たられば”を考えた所で現状は変わらない。


 ルフナが頼りにしたのは他の誰でもなく俺なのだ。


 俺はかつて聞いた初代ロイライハ皇帝の逸話の一つを思い出す。


 なんでも、初代ロイライハ皇帝は情にだけは弱かったという逸話だ。


 ──────案外、初代皇帝ってのは俺と似たような境遇だったのかもしんねぇな……。


 頼られて、頑張って、何だかんだで上手くいっちゃって、また勘違いされては頼られる。


 こうしてルフナが俺に希望を抱いているのは、俺が今まで行ってきた事が遠因となっているのだ。


 とはいえ、


「ルフナ……。正直、裏町の事情やダルメジアの野望についての諸々は気の毒だって思う。けど、それに俺が首を突っ込んだ所で出来る事なんて何もねぇ。只々(ただただ)、リスティアお嬢様に迷惑を掛けちまうだけだ」


 大きな問題になるのが目に見えている以上、他の領の人間が下手に関わるべきじゃない。


「……でも、賭け勝負って言うからにはルールがあんだよな? 確か“参加は誰でも自由”なんだろ? って事はだ。手順に(のっと)って魔道具を手に入れる分には何も問題はねぇ筈だ。……ルフナ、お前と一緒にその賭け勝負ってのに出てやるよ。ここでお前を見捨てたら気分よくヴィッツ公国に行けねぇからな」

「…………っ!! ははっ!! ありがとう、オチバ!!」

「ったく、喜ぶにはまだ(はえ)ぇだろ……」


 ルフナに勢い良く肩を組まれた俺は、そうして賭博場へと足を踏み入れるのだった。




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