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よろしくお願いします。
アリクティが俺たちを部屋に案内して直ぐ、俺たちはその待遇に驚かされた。
なんと辺境伯はリスティアお嬢様の従者である俺たちや御者であるクラルテにも一人一部屋を準備してくれていたのだ。
それ自体は非常に嬉しい話なのだが、俺たちが従者という立場である以上、その待遇を安易に受け入れる訳にもいかない。
俺たちは確かにルフナの客人としての立場なのだろうが、それ以前にリスティアお嬢様の従者であり、リスティアお嬢様の身の回りの世話が出来なければ何のためにいるのかという話になるのだ。
ましてやその役目を辺境伯の使用人に任せるなんて事は以ての外だろう。
故に、その辺りの説明を踏まえてリスティアお嬢様の下に直ぐ駆けつけられるような部屋割りが出来ないかアリクティに相談してみると、あっさりとそれについては解決した。
というのも、リスティアお嬢様の要望については出来るだけ叶えるようにと辺境伯から指示を受けているのだそうだ。
そういう訳で、俺たちはリスティアお嬢様用の一部屋とその部屋にほど近い二部屋を間借りさせて貰うこととなった。
部屋割りとしては、リスティアお嬢様の部屋、女性組の部屋、男性組の部屋といった具合だ。
そしてそんなアリクティの反応を見るや否や、
「……リスティア様。この後は辺境伯様と食事をなされると思いますが、いざと言う時の為に誰か従者を連れて行ってください」
レファリオはリスティアお嬢様に何事かを囁やき、
「そうね……。ねぇ、アリクティ。この後、多分わたしは辺境伯様と食事を取ることになるのよね? その時に従者を一人連れて行ってもいいのかしら?」
リスティアお嬢様はアリクティに従者の同行が許されるのか確認する。
すると、
「はい。問題ありませんよ」
特に従者の同行については問題ないらしい。
そして、
「それじゃオチバ、頼むわよ!」
リスティアお嬢様直々の指名で俺に白羽の矢が立ったのだった。
◇◆◇
「やっとひと息つけた……」
リスティアお嬢様と辺境伯の食事会が終わると、俺は借り受けた部屋に入るなり直ぐベッドに倒れ込む。
「お疲れ様です、オチバさん。……食事会では何かありましたか?」
そしてそんな俺にレファリオは労るような言葉を掛けるが、元はと言えばレファリオの助言が原因で俺が食事会に立ち会う事になったと考えると素直にその労りの言葉を受け入れる気持ちになれない。
──────つっても、仕方ねぇか……。最初に会った時の“辺境伯の圧”は、“マジで殺されるかも”ってくらいヤバかったし……。
レファリオもそんな辺境伯と食事を取るリスティアお嬢様が心配だったのだろう。そういう意味で考えるなら、辺境伯の圧の前でも何とか行動できた俺をリスティアお嬢様につけるのは納得出来なくもない。
とは言え、俺が動けたところで辺境伯がその気になれば対して結果に影響はないだろうが。
「んー、ぶっちゃけ特に何もなかったな。二人が食事をしながらちょっとした世間話をして、そんで明日の予定を軽く話して終わりって感じだ。普通の食事会だったよ。……まぁ、並べられた食事はどれも普通とは程遠いくらいのご馳走に見えたけどな。分かっちゃいたけど、目の前にすげぇご馳走があんのに食べられねぇってどんな拷問だよって思ったぜ……」
「それは仕方ないです。それらの食事はリスティア様との食事会の為に用意されたものですから。……そう言えば、冷めているかもしれませんがあっちのテーブルにネフシャリテ家の方で用意していただいた夕食が置いてありますよ」
「おお! これでやっと俺も夕飯にありつけるー!!」
俺は早速テーブルの上にある器に飛びついて遅い夕食の準備に取り掛かるのだが、その直後にこの部屋の戸を叩く音が響いた。
「僕が開けましょう」
レファリオが戸を開けると、
「夜分に失礼。さっきぶりの対面だ。部屋に邪魔しても?」
そこにいたのは辺境伯子息のルフナ・ネフシャリテだった。
「……どうぞ、中へ」
レファリオは若干の躊躇いを持ちつつも、家主の家族であるルフナを部屋へと招き入れる為に戸を大きく開いた。
しかし、
「……どうしました? 入らないのですか?」
戸の前に立つルフナは部屋の中に入らず、レファリオの顔を見ると僅かに硬直して動かなくなる。
そして、
「ははっ! “父上が何を企んでいるか”だって? いや、その点に関しては一切気にしなくていい大丈夫だ。今頃、父上も公爵令嬢が急に我が家を訪れた目的について頭を悩ませてるだろうさ」
「……っ!?」
会話なんて繰り広げられていなかった筈なのに、まるでレファリオに対する返事のようなものをルフナは口にしていた。
これにはレファリオも驚きを隠せる筈もなく、むしろ一層警戒心を高めてルフナの挙動に注目する。
「おっと……。あー、そんなに熱烈な視線を向けないでくれ。……ん? 俺が何か企んでいるかだって? まさか! 誓って公爵家に何かしようなんて企んでないさ」
またしてもルフナはレファリオの言葉を待たずに返答している。
その光景はまるで一人芝居をしているような奇妙さが感じられた。
だが、この世界ならそんな摩訶不思議な状況が発生しても不思議じゃない。
「…………魔法なのか魔道具なのかは分かりませんが。ルフナ様、あなたは相手の心の内を読む事が出来る。そうですね?」
それが魔法的な効果によるものだとレファリオも判断したようだ。
そして、
「ん……? ああ、その通り。理解が早くて助かるよ。レファリオ・アルメヒス。俺は目を合わせた相手の心の声を読むことが出来るんだ。君の名前はまだ伺っていないが、こうして名前を知っているのはそういう訳さ。因みに相性が良ければある程度昔の記憶だって読める魔法だ」
ルフナはあっさりとそれが自身の魔法によるものだと認めた。
「何故──」
「『何故、自分の魔法を教えるのか』って?」
「……くっ!」
ルフナは再びレファリオの心を読んだのだろう。レファリオが喋りかけた台詞を先回りしていた。
「……ええ。あなたが自身の魔法の詳細を僕たちに教える必要性がありません」
レファリオは視線をルフナから外して会話を続ける。
するとルフナは、
「そう。それが正解。俺に心を読まれたくないなら、俺と視線を合わせない事だ」
自らの魔法の効果を教えたばかりか、その対処法についても呆気なく開示した。
「それでレファリオ、君の疑問についてだがその理由は至って簡単な話さ。後になって“実は君たちの心が読めてました”なんて事が発覚すれば、俺は君たちから大きく信用を失ってしまうかもしれないだろう? 友好的な関係を維持する為に秘密を打ち明けた。ただそれだけさ。まあ、俺なりの誠意として受け取ってほしい」
◆◇◆
“相手の心を読む魔法”とは随分と強力な魔法だ。
それこそ、使い方によっては他のどんな魔法よりも凶悪な魔法になり得る可能性を秘めている。
だが、そんな強力な魔法でも効果や対処法を知ってしまえばその脅威度は格段に下がってしまう。
少なくとも俺とレファリオ相手にはもうルフナの魔法は切り札として機能しなくなってしまった。
更に言えば、当然ながら俺たちがこの話をリスティアお嬢様たちと共有する事は分かりきっている筈であり、ルフナの魔法を知る者が増えるという事は、それだけルフナの魔法の優位性が失われてしまう事に他ならない。
──────そうすっと、マジで俺たちの信頼を得る為だけにオリジナル魔法を開示してるってことだよな……。
だが裏を返せば、ルフナの思惑は俺たちの信頼を得た先にあるという事だ。
──────となると、本題はここからだな。
俺はルフナがいったい何を言い出すのか待ち受けるのだが、
「……申し訳ありませんが、僕はこの辺りで席を外させていただきます」
ルフナから言葉が発せられる前にレファリオがそんな発言をした。
「すみません、オチバさん。僕もオチバさんの手助けをするつもりではいたんですが、どうやら僕はルフナ様とあまり性格的に相性が良くないみたいです。仕事であればそれも許容出来ますが、これはリスティア様に関する問題という訳でもなさそうですので。それに“心を読む魔法”を持つと聞いてしまったら、万が一にも重要な情報を読み取られる可能性がある以上はルフナ様と接触する人数は最小限に留めるべきです」
「あー、なるほど。確かにそりゃそうだ……」
言われてみれば、レファリオの言い分は納得させられるものでしかない。
それにそもそもの話、今回のルフナの件については俺個人に向けられたものだ。レファリオがこの場を抜ける事に何ら問題はない。
──────俺としちゃ、レファリオが居てくれるのと居ないのとじゃ安心感が違ぇけど……。
だがそうも言ってられないだろう。なんと言っても心を読む魔法を持つ相手だ。心を読むのに条件があるとは言え、ルフナと接触すれば情報が流出する可能性は常に付き纏う。
またそれ以前の問題として、多くの人は心を読まれる事に忌避感を覚えることだろう。
───────無理強いは出来ねぇよな……。
俺はリスティアお嬢様の付き人で従者だが、公爵家に関する重要な情報なんて持っていない。分かるとすれば、リスティアお嬢様の世話をする過程で知ったささやかな情報だろう。
個人的な思考についても、読まれて恥ずかしいのはせいぜいが“葉っぱ一枚でこの世界の街中に呼ばれた時の記憶”くらいだ。
他に気になる点と言えば元の世界の情報を読まれた場合だが、所詮はただの学生が持つ記憶だ。読んだ所で全容が理解できるとは到底思えない。
「よし、分かった。最初からこれはルフナが俺に持ちかけてきた話だったもんな。レファリオは、まぁ適当に聞き流しててくれ」
「……いえ、流石に関与しないと決めたのに話を耳に入れるのは不義理ですので僕は暫くリスティア様の様子でも見に行くことにします」
「そうか? 悪ぃな」
「僕の方こそ話を遮って済みませんでした。……重々承知だとは思いますし、僕が言えたことではないですが、ルフナ様の魔法には気を付けてください」
「ああ。多分、それは大丈夫の筈だ」
「そうですか。オチバさんがそこまで言うのなら安心です。では失礼します」
レファリオが部屋を出ていくのを見届けると、ルフナがため息混じりに息をついた。
「はぁ、こりゃ参った。どうやら俺に落ち度があったようだが……。なあ、オチバ。俺のいったいどこが悪かったんだ?」
「え……お前、マジで言ってる?」
「ああ? そんな分かりやすい落ち度があったか?」
ルフナは本気で自分の落ち度が分からないのだろう。
「いや、勝手に人の心を読まれて気分良い奴なんて普通いねぇだろ。それにお前、さっきなんてリスティアお嬢様に魔法を使ってたじゃねぇか。まぁそれは謝罪して終わった話だけど、今のはリスティアお嬢様の庇護下にある従者に向けて魔法を使ったんだぜ? ……まさか、その意味が分からねぇ訳じゃねぇよな?」
「……あー、なるほど。つまり、謝罪したにも関わらず、俺が懲りずにリスティア嬢の庇護下にある従者に魔法を使ったのが原因か。それがリスティア嬢を軽んじたように受け取られたと……。それは……リスティア嬢にもレファリオにも悪いことをしたな。ああ、これは完全に俺が悪い。……だが、誓ってリスティア嬢の事もレファリオの事も軽んじてる訳じゃないんだ」
ルフナは考えなしの性格のようだが、性格が悪いという訳ではないのだろう。意外にもレファリオにしてしまった行いに対して深く反省しているように見えた。
「まぁ、今後は気をつけるこったな。それで俺に何か用があるんだろ? もたもたしてるとレファリオが帰ってくるぜ?」
「……確かに。オチバ、君の言う通りだ。だがその前に一つ説明してもらいたい。さっきレファリオに言っていた『多分、大丈夫の筈だ』とはどういう事なんだ? 俺が君に魔法を使わないと信用しているという意味でいいのかな?」
ルフナは反省していた空気を一変させ、俺の様子をニヤついた表情で窺っている。
そのルフナの反応のお陰で俺は確信を持てた。
「ああ、やっぱりか。お前、俺の心を読めねぇんだろ」
ルフナは俺の心を読むことが出来ない。
「へえ……。何故そう思うのか聞かせて貰っても……?」
「んなの、お前が俺と会話するときだけ俺の心を先読みして返事をしねぇからだよ。今までお前の会話の様子を観察してたけど、お前っていつも相手の返答を待たねぇよな。そんで相手の心を読んでは先回りするような反応をしてみせてた。けど、俺との会話に限って律儀に俺の返答を待ってやがる。この理由が俺の心を読めない以外の他に何があるっていうんだよ」
「ははっ! 何だそれだけの理由で俺が君の心を読めないって判断したのか? 読めてるが反応してないってだけの可能性も──」
「いや、それはねぇよ」
「っ!? ……どうしてそう断言出来る?」
「だって心を読めても反応しないなんて芸当が出来んなら、最初からレファリオと揉めてねぇだろ……。お前はレファリオの機嫌を損ねた事を本当に反省してた。後悔してたじゃねぇか。お前が本当に心を読んでも反応しないでいられるなら、レファリオの心を読んだ時にもそうしてた筈だ」
「……あれは俺の魔法を分かりやすく説明するために敢えて──」
「その説明ってのだって、別に不意打ちみたいな形にしなくてもよかっただろ。下手すりゃ、俺とレファリオの二人が機嫌を損ねてた可能性だってある。確実に協力してほしいならもっと穏便な方法で説明出来た筈だ」
「そ、それは……」
「要はお前のその魔法、無意識に発動してんだろ。それに相手の心を読むだけじゃねぇ。お前自身の本音も同時に表に出すような魔法ってこった」
「──────」
「それと今回の様子を見るに、お前が心を読む条件ってのはどうにも視線を合わせるだけじゃねぇ気がすんだよな。俺の心が読めねぇとなると、魔力が関係してるとかか?」
俺がルフナの魔法についての考察を披露すると、
「──────おい、マジかよ。まさか、そこまで分かるなんて予想外にも程があるだろ……。いや、驚いた……。感服した! 流石は帝都で初代皇帝の再来と謳われるだけはある! オチバ! 君の推察通りだ!」
ルフナは激しく感銘を受けた様子で俺に賛辞の言葉を贈っていた。
「俺は中々に不自由な魔法を生まれながらにして持っていてね。父上の調べによれば、名を“伝心魔法”と言うようだ。俺は無意識の内に相手の魔力からその心を感じ取る事が出来るらしい。その反動で俺はその時感じた心情を吐露してしまうというのは痛い欠点だがね。そして魔力に着眼した点も流石だ。伝心魔法は相手の魔力に依存する魔法だから魔力の強弱で効果は薄くなる。ははっ! 君の心を俺が読めなかったのを見るに、どうやら君は規格外の強さの魔力を持っているようだ。噂だと魔法を使わない姿が闘技場を沸かせたと聞いたが、なるほど。魔法を使えないんじゃなく、使わないってのが正しい見解だった訳か。……オチバ、お前かなりの策士だな」
「え……!? いや、それはちょっと誤解があるというか、勘違いというか……。流石に話が盛られ過ぎてるっていうか……」
「ははっ! この期に及んで謙遜するとはますます大物だな! あー、けど少しだけ訂正するとすればだ。視線を合わせた方が心を読み取れるってのは本当だ。視線には無意識にでも魔力が乗る。言ってしまえば、俺は視線を向けられただけでその視線に込められた心を読むことが出来るのさ。とはいえ、オチバの心はどれだけ集中しても全く読めないがな」
「…………なぁ? もしかして、俺は今とんでもねぇ秘密を聞いてたりしねぇよな?」
「ははっ! 今更な疑問だな。当たり前だろ? 俺の伝心魔法の詳しい効果は、俺と父上以外は誰も知らないネフシャリテ家の機密事項の一つさ。だが、俺はもう君を信用することにした。オチバ、君の性格からすると全てを打ち明けた方が協力して貰えそうだからな」
「おい!? ふざけんな!? 言っとくが手に負えねぇような手伝いは出来ねぇぞ!?」
「ははっ! 君がお手上げならその時は俺も諦めがつくさ!」
──────ぐっ……!? そんな言い草されたら無下にも出来ねぇだろうが……。
「とにかく、お前は結局のところ俺に何をさせてぇんだ? 話はそれを聞いてからだ」
「そうだな……。かなり時間も使ったしそろそろ出発してもいい頃合いか。道中に話すのも悪くない」
「はぁ? 出発って、どこに?」
「さっきちょっとは耳に挟んだだろう? フロンツィエの裏町を案内しようじゃないか」
「え……。いや、もう夜中だぞ!? それに外に出るときは一声掛けるってアリクティと約束してたのもう忘れたのかよ!?」
「別にクティとの約束を忘れた訳じゃないさ。屋敷にいるお前にちゃんと一声掛けてるだろ? それに夜中が一番裏町が活発になる時間だ。何処に問題がある?」
「お前、それは……普通に大問題だろ」
「ほらほら、急がないと門番の交代時間の隙間をつけなくなるだろう?」
そう言ってルフナは部屋の外に移動して俺を手招きするが、俺としては勝手にそんな行動をしていいものか葛藤せざるを得ない。
──────けど、明日の午後にはルフナと別れるんだよな……。
そう考えると今のルフナを簡単に見放す事は俺には出来ず、
「仕方ねぇな……。危ねぇ事に首を突っ込むつもりはねぇぞ……!」
「ははっ! そうこなくちゃだろ!」
俺とルフナはフロンツィエの裏町目掛けてネフシャリテの屋敷を抜け出すのだった。
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