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よろしくお願いします。

 

 フロンツィエ辺境伯の息子、“ルフナ・ネフシャリテ”を名乗る青年の目的は俺にあったようだが、その要求は当初と同じく“ネフシャリテ家の屋敷への招待”であり、どのみち俺の一存で決められない事に変わりなかった。


「つー訳で、今そのルフナって奴を魔馬車の外で待たせてんだけど……。どうする?」


 そこでルフナに断りを入れて一度魔馬車の中に戻った俺は、リスティアお嬢様たちに現状を説明してその判断を仰いでいた。


「ルフナ・ネフシャリテ……。話を聞く限りですと、あの“ネフシャリテ家の放蕩息子(ほうとうむすこ)”と呼ばれる方に間違いなさそうですね……。はぁ、また厄介な人に目をつけられたものです……」


 レファリオはルフナの名前を耳にすると頭を抱え、ため息まで()く。


「好きで目を付けられてる訳じゃねぇよ。……でも、その“()()()()()()()()()()()()”ってのは何だ? お前の様子を見るに相当な厄介者ってのは想像つくけど」

「……あくまで噂ですが、貴族としての品格に大きく欠ける方だと耳にします。実際のところは分かりませんが、今回の配慮に欠ける行いを見るに事実の可能性は高そうですね」


 ──────確かにルフナの素を見た感じ、あんまり貴族らしくはなかったかもしんねぇな……。


 ルフナの言動がどこか嘘臭く、そして慇懃無礼(いんぎんぶれい)に感じたのは、本人が貴族としての振る舞いにそもそも慣れていなかったからなのかもしれない。


「……と、率直に申し上げますとルフナ・ネフシャリテという人物は良い噂を聞きません。最終的にはリスティア様の決断に(ゆだ)ねますが、そもそも彼の要求はリスティア様に()てたものではありません。ここは“穏便(おんびん)に断る”というのも一つかと思われます」

「そうね……」


 レファリオからルフナの人物評を聞いて僅かに悩む仕草をするリスティアお嬢様だが、


「……決めたわ! ネフシャリテ家に行く事にするわよ!」


 やがてその決断を下した。


「そのフロンツィエ辺境伯の跡継ぎさんの事はよく知らないけど、フロンツィエ辺境伯が厳格なお人柄だっていうのはお父様から聞いた事があるわ。そんな人が父親なら、跡継ぎさんだって公爵家に手を出せばどんな事になるかって事くらい(わきま)えてる筈よ。……あと、フロンツィエ辺境伯は貴族社会で“どの派閥にも属してない中立的立場”って聞いた覚えもあるの。だからこの誘いを切っ掛けにフロンツィエ辺境伯と友好的な関係を作れたらきっとお父様の役に立つに違いないわ」


 なるほど、どうやらリスティアお嬢様も考えあっての決断のようだ。

 そこまで考えた上での決断なら公爵令嬢としては非常に素晴らしい回答と言えるだろう。


「さ、流石リスティアお嬢様ですぅ……! 成長なさいましたねぇ……!」

「ま、いざとなったらわたし達がいるしな」


 リスティアお嬢様の決断にティミは感激し、スピラはやる気を(みなぎ)らせている。


 そしてレファリオも、


「そうですね。僕もリスティア様の決断には大いに賛成します」


 リスティアお嬢様の決断に賛成の意を示した。


「れ、レファリオ……。お前さっきまで反対の立場だったじゃねーか……」

「スピラ、それはあなたの早とちりですよ。僕は『リスティア様の決断に委ねる』と言ったんです。そもそも反対なんてしていません」

「はいはい、二人ともそれくらいにしとけって。……そんじゃあ、リスティアお嬢様。ルフナの提案を受けるって返答して良いんだな?」

「ええ! いいわ!」

「……分かった。そう伝えて来る」

「ふふっ! 絶対に良好な関係を築いてみせるんだから!」


 すっかりウルリーケ公爵の役に立つのだと息を巻くリスティアお嬢様だが、これから最も頑張らなければならないのは恐らく俺なのだろう。


 ──────(なん)せ、ルフナの目的は俺にあるみてぇだからな……。


 つまり、ネフシャリテ家と良好な関係を築けるかどうかは俺の肩に掛かっているという訳だ。


 俺はこれから訪れる苦難を想像して頬を引きつらせるのだった。



 ◇◆◇



 俺が魔馬車の外に顔を出すと既にルフナは何処(どこ)かに()めていたのであろう持参していた魔馬に(またが)っており、ネフシャリテ家の屋敷に厄介になる(むね)を伝えるとそのまま俺たちを先導してネフシャリテ邸へと案内してくれた。


「見えてきたわね……!」

「おぉ……アーディベル邸とは随分違うな」


 ネフシャリテ邸は巨大湖の(ふち)の近くに建てられており、邸宅の大きさはアーディベル邸よりも非常に大きい建物だった。

 また、アーディベル邸と違って屋敷のあちこちに様々な装飾が見受けられ、屋敷全体が一種の芸術作品のような印象を受ける。


 ──────加えてこの立地だと見晴らしも良いだろうし、まさに一等地に建つ豪邸って感じがするぜ……。


 ネフシャリテの屋敷が建つこの立地は巨大湖の縁にありながら丘のようになっており、フロンツィエ名物の美しい巨大湖が高所から一望出来るようになっていた。

 ネフシャリテ邸の最上階から一望すれば更なる絶景が見下ろせるのであろう。


「めちゃくちゃ金が()かってんだろうなぁ……」


 そんな事を思わずぼやくとレファリオが丁寧に説明してくれる。


「貴族が屋敷にお金を掛けるのは当然の事です。本来貴族は尊敬の念以外にも畏怖(いふ)の念を平民に抱かせなければなりませんから。平民に(あなど)られた貴族は帝国では長く続きませんので」

「へぇ、色々理由があんだな」


 ネフシャリテ邸が誰もが(うらや)むような豪邸なのは、貴族としての力を民衆に誇示するために必要な事なのだったのだろう。


「……ん? じゃあ、ウルリーケ公爵様は大丈夫なのか? 民衆から支持を得てるってのは知ってるけど、畏怖されてるって感じは全然しなかったぞ?」

「それが公爵様の凄い所ですよ。公爵様は見映えではなく、治安維持と精強な衛士たちを領民に示す事で力を証明しているんです」

「なるほど……。それなら力も誇示出来る上に、支持も集まるって訳だ」


 ウルリーケ公爵が領民から支持され続ける理由に改めて納得していると、


「みんな、着いたよ!」


 クラルテの声が耳に入り、魔馬車が停止した。


 そして、レファリオ、俺、スピラが先に魔馬車から降り、最後にティミがリスティアお嬢様の手を引きながら魔馬車を降りる。


 すると、俺たちが地に降り立つのを待っていたルフナが仰々(ぎょうぎょう)しい身振り手振りで俺たちを出迎えた。


「ようこそ、皆様。ここが我がネフシャリテ家の屋敷でございます。そして初めまして、リスティア・アーディベル嬢。お会い出来て光栄だ。俺はフロンツィエ辺境伯 ヴォルダム・ネフシャリテの長子、ルフナ・ネフシャリテ。どうぞよろしく」

「これはご丁寧に。初めまして、ルフナ・ネフシャリテ様。リスティア・アーディベルです。こちらこそよろしくお願いします」


 ルフナとリスティアお嬢様が向かい合うとまるで一枚の絵画のような空間が出来上がるが、


「ふぅん……。君はあんまり面白そうじゃないな」

「なっ……!?」


 次の瞬間にはルフナの貴族らしい仮面は剥がれ落ち、酷く落胆する様子を見せた。


 いや、貴族らしい仮面が剥がれ落ちたどころじゃない。


「あー、別に面白そうじゃないからって仲良くしない訳じゃないからそこは気にしなくていい。でも、派閥がどうたらって事を気にするなら、俺じゃなくて父上と仲良くなった方が良いだろうな」


 ルフナは公爵令嬢を相手にしてるとはまるで思えない対応をぶち撒け、更にはリスティアお嬢様の思惑までもを見事に当ててみせた。


「な、なな!? なんであなた……!? わたしの考えてること……!?」


 これには流石のリスティアお嬢様も面食らっているようで、開いた口が塞がらない。


「ま、それが普通の反応だ。期待してた訳じゃないが、全くの想像通りじゃ面白みは微塵(みじん)もないな。こんな俺で良ければよろしく……と。あぁ、そうそう。御者の君も俺の客人として我がネフシャリテ家の屋敷に泊まるといい。部屋は有り余ってるから遠慮はいらないとも」

「え……あ、うん。ありがとう」

「魔馬車はそうだな……。後でうちの使用人にやらせるから端にでも寄せておいてくれ」


 そしてルフナは興味を失ったリスティアお嬢様から目を逸らすと、何食わぬ顔で会話の相手をクラルテに変え、魔馬車を()める場所について話し出す。


「ちょ……ちょっと貴方! り、リスティアお嬢様に……し、しし失礼ですよ!!」


 それを見たティミは血相を変えてルフナに食って掛かろうとするが、その行為はレファリオに止められる。


「れ、レファリオさん……!? 何で止めるんですか……!! あの方、リスティアお嬢様に向かってなんて失礼な事を……!! 私、許せません!!」

「ティミさん、落ち着いて下さい。それこそ相手の思惑かもしれません。僕たちが手を出せば全ての責任はリスティア様に向かいます。……ですが、これでハッキリしましたね。“ネフシャリテの放蕩息子”という呼び名に嘘偽りはなさそうです。改めて宿を探しましょう。オチバさんもそれで構いませんね? …………オチバさん?」


 レファリオは俺に確認を取ろうとするが、俺はそれどころじゃない。


()()()()()()()()()()()()()()()()()鹿()()()()()()()?」


 俺は静かにキレてるスピラを止めるのに全力を注いでいた。


「待て待て待て!? スピラ!! お前がリスティアお嬢様をめちゃくちゃ大事な友達だって思ってんのは十分に分かってる! けど、暴力はヤバい!! そこまでにしとけ! あっ!? おい!? その掴んだ胸ぐら離せって!?」

「け、けどよ……。あいつ、クラルテさんにも色目つかってやがったし……」

「いやいや!? それは流石に勘違いだろ!?」


 ──────つーか、“クラルテさんにも”って……。別にリスティアお嬢様にも色目を使ったようには見えなかったぞ……?


 スピラの言動に疑問を持ちつつも、何とか話題を繋いでスピラの怒りを鎮める方向へと持っていくが、


「おいおい、構って貰えなかったからって俺に嫉妬してるのか?」


 そんな俺の努力を無視するように“ネフシャリテの放蕩息子”が口を開く。


「そんな怒った振りなんかしてもバレバレ……ん? へぇ……怒った振りじゃないな。本気の怒りだ。君も中々面白い奴じゃないか。どうだ? 後で俺と話でも……。いや、悪い。先約があった」


 ルフナはそう呟くとスルリとスピラの腕を解き、俺の目前へと移動する。


 そして、


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 俺の腰に手を回したかと思うと、俺の耳元で身震いするような台詞を吐きやがった。


「スピラ、俺が間違ってた。こいつ一回殴って良いぞ。ヤバい奴だったわ」

「よっし!!」



 ◆◇◆



「あなた達は何をやっているんですか!? しかもオチバさん、あなたは止める側じゃなかったんですか!?」

「「だって……」」

「“だって”!? “だって”じゃないですよ! ()()()()()()()()()()()()()()()()!?」

「……魔力込めてねーし、大した怪我はしてねーよ」

「スピラ! そういう問題じゃないです! 使用人が主人の命令もなしに貴族に手を上げるなんて言語道断です! せめてリスティア様の許可を貰ってから動いて下さい!!」

「わ、悪い。俺がしっかりスピラを抑えねぇといけねぇのに……。ん……? レファリオ、お前も結構な事言ってね?」

「そんな事気にしてる場合ですか!?」


 結論から言うと、スピラがルフナを殴り飛ばした。


 そして“俺がスピラの背中を押す”という想定外の事態にレファリオも気が動転したのか殴られたルフナを放置して俺とスピラを叱り、リスティアお嬢様とティミは呆然と立ち尽くし、クラルテはそれを見て苦笑する、といった状況だ。


「そ、そうだ!? マジでそんな事気にしてる場合じゃねぇじゃねぇか!? ルフナ、大丈夫か!? いきなり悪かった!」


 俺は殴り飛ばされて倒れるルフナの下に駆け寄る。


 すると、


「はは! 気にしなくていい。俺がそう仕向けたようなもんだ。それに純粋な怒りが乗った良い拳だった。いやしかし、どうやらこれは俺が無神経だったようだ」


 ルフナは殴り飛ばされた事なんて全く気にした素振りも見せずに立ち上がり、リスティアお嬢様の前まで進んでいく。


「リスティア・アーディベル嬢。先程の俺の礼を欠いた行い、大変失礼しました。申し訳ありません。……俺はつい最近まで好き勝手に生きてたから貴族の作法については付け焼き刃なんです。悪気はありませんでした」

「い、いえ! こちらこそわたしの従者が大変失礼しました。全てわたしの責任です。どんな罰でもわたしが受けますので、何卒従者たちだけはご容赦ください」

「本当に気にしなくていいですよ。…………そもそもあんな真正面から手加減された一撃、ゴロツキ共の卑怯な手やらクティから貰う一発と比べたら可愛いもんだ」

「ゴロツキ……? クティ……?」

「あー、何というか……クティってのは俺のお目付け役? 付き人みたいな奴ですよ。……兎に角、どうしても気が済まないと言うんでしたら、それこそ今夜オチバと話をさせて貰えませんか」

「……今回の落ち度はわたしの方にあります。ですが、まだわたしはルフナ様を完全に信用出来ていません。従者は主人を守るものですが、従者を守るのも主人の役割だとわたしは考えています。ですので、オチバがルフナ様と話をする場を設けることに賛成するようでしたら……」


 リスティアお嬢様とルフナは揃って俺を見る。


「オチバ、さっきのは誤解だ。どんな反応が返ってくるのかつい面白くなって悪ふざけが過ぎちまった。悪かった」


 ルフナの金色の瞳は真っ直ぐに俺を見つめ、俺を騙そうだとか陥れようとする気概は感じられない。


 だが、だからといってそれがルフナを完全に信用出来る要素かというと心許(こころもと)ない。

 俺はルフナと知り合ってまだ時間が浅すぎる。

 ルフナからは未だに怪しさを感じるし、もっと言えば明らかに俺たちに何か隠し事をしている。


 そして、


 ──────恐らくその隠し事は厄介事だ。明日ヴィッツ公国に行く俺たちにとっちゃ、そんな火種みたいもんは邪魔にしかなんねぇ……。


 だが、



『だって、その人たちは、普通の生き方が出来なくて、誰とも付き合えなくて困っていたんでしょ? でもオチバはそんな彼らと一緒にいた、見捨てなかった。それはすごいことなんだよ』



 俺を救ってくれた勇者の言葉が俺の心の内で反芻(はんすう)される。


 ──────助けを求められてんのに見捨てるってのは、やっぱ俺の(しょう)に合わねぇな。


「いいぜ。ルフナ。俺もお前を見捨てらんねぇ気持ちになった。役に立てるかどうかは分かんねぇけど、先ずは話くらい聞かせてもらうよ」

「……っ!! ははっ! オチバ! 君はやっぱり面白い奴だ!!」


 ルフナは俺に近づいて手を差し出し、俺もルフナの握手に応じようと手を差し出す。


 その瞬間、


「ルフナ様!! どこに行ってらしたんですか!! 凄く探したんですよ!!!!」

「お前!? クティ!? 待っ──!?」


 ルフナの名前を呼ぶ何者かが異様な速度でルフナを横から蹴り飛ばしたのだった。







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