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よろしくお願いします。

 

「みんな! フロンツィエが見えてきたよっ!」


 アーディベル邸を出発してから二日目の夕方、そんなクラルテの声が魔馬車に響いた。


「やっと着いたのね……!!」

「り、リスティアお嬢様……! 危ないですよぉ……!? ま、窓から落ちちゃいます……!? 乗り出さないでくださいぃ……!」

「ちょっと顔を出しただけじゃない……。大丈夫よ! 不安ならしっかり押さえてなさい!」


 新しい街が見えてきた事でリスティアお嬢様の機嫌は絶好調だ。


 だが、その気持ちは十分に共感出来るものがある。


 魔馬車に揺られる旅も目新しかったのは初日だけで、整備された街道は見通しを優先しているからか平原が広がるばかりだった。

 口に出していないだけで変わり映えのない景色に飽き飽きしていたのは恐らくリスティアお嬢様だけじゃないだろう。


 それに、テンションが上がるのはそれだけが理由じゃない。


 ──────なんてったって、このフロンツィエから出る船に乗りゃヴィッツ公国までもうすぐだからな!


 俺たちは目的地であるヴィッツ公国まで後少しの所まで辿り着いたのだった。



 ◇◆◇



 フロンツィエは、ロイライハ帝国の東端(とうたん)に位置するフロンツィエ辺境伯領の中心地となっている街だ。

 帝国より東に接する他国との交流地にもなっており、特に交易を目的とした商売人が集まる街としても有名らしい。


 しかし、フロンツィエにはそれだけでなく、何よりも有名なものがあった。


「それがあの巨大湖と巨大湖に浮かぶ島国、ヴィッツ公国です。ヴィッツ公国は巨大湖の中心にあり、巨大湖はフロンツィエの中にある。つまり、あの巨大湖はロイライハ帝国とヴィッツ公国の国境線にもなっているんです。当たり前ですけど、それらの立地条件からフロンツィエは唯一ヴィッツ公国との行き来が出来る街という事になりますね」


 レファリオの解説を耳にしながら俺たちを乗せた魔馬車はフロンツィエの街並みを進んでいく。

 進行方向の遥か前方には(くだん)の巨大湖が既に見えており、巨大湖に近づくに連れて街が活気づいているのが分かる。

 流石は“他国との交流地となっている街”と言われるだけあって行き交う人も様々だ。


「何つーか、モルテ=フィーレを思い出すな」

「そうだねっ! 色んな人が集まってる!」


 竜人や獣人といった亜人たちが大手を振って往来している光景を見るのは、モルテ=フィーレ共和国以来だ。


「僕たちは公爵家御用達の魔馬車に乗っていたので早く着く事が出来ましたが、本来フロンツィエは帝都からかなり距離のある街ですからね。昔から東の国と繋がる要所でもありますし、亜人に対する忌避感(きひかん)が根付いていないんでしょう」


 帝都でもアーディベル領でも、全くと言ってもいい程に亜人を見かけなかった。例外はそれこそ見知ったリルドやリーノといったくらいのものだろう。

 それは帝都において亜人の地位が小さく、忌避される傾向があり、亜人が住みづらい環境が出来上がっていたからだ。

 例えばアーディベル家の料理長、セイヴァリーなんかも典型的な亜人嫌いだったのを覚えている。


 しかし、これはリスティアお嬢様の授業で聞きかじった話なのだが、実のところ帝国民の亜人嫌いに深い理由はないのだとか。

 発端は、かつて一部の帝国貴族が亜人を蔑視(べっし)し始めた事から始まった風潮に過ぎないのだという。

 もしかするとウルリーケ公爵が猫人族であるリルドを使用人として迎え入れていたのは、そういった帝国における亜人の地位を上げる目的もあったのかもしれない。


「へえ、そうなのね。……でもやっぱりちょっと怖いわ。乱暴そうだし、いきなり噛み付いてきたりしそうだもの」

「あ、安心してください……! り、リスティア様は私が護りますから……!」


 リスティアお嬢様は亜人を見て不安になり、ティミはリスティアお嬢様を護ると意気込んでいる。

 きっと今のような状況が積み重なって帝都では亜人嫌いの風潮が出来上がってしまったのだろう。


 だが、


「んなの人によるだろ。ヤバい奴は亜人だろーがなんだろーがヤバい奴だし、亜人だって乱暴な奴もいりゃそうじゃねー奴だっているしな。見た目で判断すると痛い目みるかもしんねーぜ」


 それを聞いていたスピラがリスティアの偏見を反省するように(たしな)める。


 それは従者に似つかわしくない言い回しであったが、従者の有様としては正しいものだった。


 とはいえ、


「……いやぁ、まさかお前の口からそんな言葉を聞けるとはな。スピラ、お前覚えてるか? 俺と最初に会った時、お前めちゃくちゃ俺の事を見掛けで判断しまくってたよな」


 そういうスピラこそ、ミットヴィルで初めて出会った時は他人を魔力の強さでしか判断していなかった。

 そう考えると今のスピラは精神的に成長しているのだろう。感慨深いものがある。


「あ、あの時の事は忘れろっての!? くそぉ……!! と、とにかくリスティア! わたしみたいに恥かきたくなかったら見掛けで判断すんのは止めとけよな!」


 スピラが恥ずかしさから声を荒げてリスティアお嬢様にそう忠告すると、


「ふふっ! そうね! 今のスピラを見てたら気を付けようって思えたわ!」


 リスティアお嬢様もそれに笑顔で答えるのだった。



 ◇◆◇



「今夜はフロンツィエの宿に泊まる事になるかと」


 アーディベル邸からここまで順調に進んできた俺たちだったが、いよいよ足を止めざるを得ない事態に直面していた。


 とはいえ、その理由は至極単純なものだ。


「まぁ、今日の出航便がもう全部終わってるってんなら仕方ねぇよ。明日の午後の便は取れたってんだから御の字じゃねぇか」


 ヴィッツ公国を往来する渡し船は午前と午後の日に二度しかなく、俺たちがフロンツィエに到着した段階で既に本日の便が終了していたのだ。


 日に二度しかない渡し船というのは非常に少ないと思うが、それにも当然ながら理由がある。

 ヴィッツ公国にはセアリアス学園の他にも様々な技術職を育てる育成機関が多数あり、警備の観点からヴィッツ公国とフロンツィエを渡る船の数が絞られているのだとか。

 また、個人で巨大湖を渡ってヴィッツ公国とフロンツィエを往来することも厳しく取り締まられており、正式な手順で渡る方法はこの船着場から出る船に乗る以外はないのだという。


「……でも、午後の便なのよね? ねぇ、アーディベルの名前を出せば特別に午前の便に乗せて貰えたりしないのかしら?」


 リスティアお嬢様がふと思い付いたようにそんな発言をすると、


「り、リスティアお嬢様!? そ、それは……や、止めておいた方がよろしいかと……!」


 ティミが慌てたようにそれを止める。


 しかし、リスティアお嬢様も長旅で疲れているのか簡単には納得しようとはせず、


「……どうしてかしら? 明日の便には帝国貴族も沢山乗るんでしょう? 公爵家の名前を聞けば午前の便を譲ってくれる貴族はいそうなものじゃない?」


 自身の意見が否定されたことにムキになっている様子だった。


「はぁ……」


 そこへため息を吐きながらも割って入るのはスピラだ。


 スピラのため息にリスティアお嬢様が視線を向けると、スピラは息を深く吸い、


「『公国は公爵家だからとリスティアお嬢様を特別扱いはしないでしょう。リスティアお嬢様、思い付きによる言動には十分に気を付けなさいますように。下手をすればアーディベル家の評判どころか、婚約相手であるクラウディオ様にも迷惑が掛かる事になると覚えておいてください』…………だっけか?」


 スピラの口からスピラらしくない言葉がリスティアお嬢様に放たれた。


「んなっ……!?」


 するとその言葉に聞き覚えがあるのか、リスティアお嬢様は硬直してみせる。

 そして、その口調には俺たち従者もここ最近馴染みがあった。


「……スピラ、お前それメナージュメイド長の真似か! よく特徴を(とら)えてんな!」

「へへっ! 器用だろ? 実は結構暗記とか物真似は得意なんだよ。他にもメイド長がリスティアにしてた説教の文言(もんごん)は幾つか暗唱出来るぜ! ……と、それでだ。良いのかよリスティア? たかが我が儘一つで大好きな親父に迷惑が掛かるかもしんねーぞ?」

「わ、分かってるわよ! 別にただちょっと冗談を言ってみただけじゃない! ほ、本気にするなんてスピラもまだまだね!」

「はいはい。そういう事にしといてやるよ」

「ん〜〜〜〜!! もうっ!!」


 得意気な顔をするスピラにリスティアお嬢様は頬を膨らませるが、誤魔化すようにふんと鼻を鳴らすと仕切り直す。


「とにかく! それなら早速今日泊まる場所を探しましょう! 何処か宛はあるのかしら?」

「はい。船着場(ふなつきば)で幾つか候補となる宿について耳にしましたので、今僕たちはそちらに向かっております。ですが、格式高い宿の多くは既に埋まっている可能性も高く……」

「ふーん。別に安宿でもいいわよ? わたしの事はあなた達がちゃんと護ってくれるんでしょ?」


 リスティアお嬢様は先の会話の影響を受けているからかそう言うのだが、


「いや、ここは権力でも金でも交渉でも、使えるものは使ってちゃんとした宿に泊まるべきだな」


 俺はちゃんとした宿に泊まる事を提案する。


「……どういうこと、オチバ? さっきスピラが言ってた事と違うじゃない」

「ああ、それは────」


 と俺が説明しようとした所で、魔馬車が止まった。


「……着くにしては早すぎますね」

「……だな。ちょっと見てくる。……クラルテ、何かあったのか?」


 俺が御者席に繋がる戸を開けると、


「えーと、お客さん……かな?」


 困惑した様相のクラルテが俺に振り向きながら魔馬車の前を塞ぐ人物を指差した。


「こんばんわ。急に道を塞いでしまい大変申し訳ありません。俺はフロンツィエ辺境伯の長子、ルフナ・ネフシャリテと申します。どうしてもあなた方を引き止めたく、このような少々乱暴な形となってしまった事、心よりお詫び申し上げます。……魔馬車の家紋、アーディベル公爵家の方であるとお見受けします。間違い御座いませんか?」 


 ルフナ・ネフシャリテと名乗る人物は、俺と目が合うと即座に謝罪をしてきた。


 しかし、その慇懃無礼(いんぎんぶれい)な物腰からも今の謝罪が本心からではないのは明らかだ。


 ──────何だか胡散(うさん)くせぇ奴だな……。


 無視して進みたいのは山々だが、道を塞がれた上に相手はこの地の領主の子息を名乗っている。

 無理に突破して後々これが問題になった時、責任者として槍玉に上がるのは一行を率いるリスティアお嬢様になるだろう。

 さらに言えば、俺たちは公爵家の家紋入り魔馬車に乗っている。公爵家と関係がないなんて(しら)を切る事は出来ない。


 ─────クラルテが魔馬車を止まらせざる得なかったのはそういう訳だろうな……。


 こうなると正面から相対する他ないだろう。


「……そうだ。まさしくこの魔馬車はアーディベル家のもの。だが、この魔馬車がアーディベル公爵家のものだと理解した上で行く手を阻むとは一体どういう了見(りょうけん)だ」


 俺は出来るだけ感情を押し殺した表情と声を作ってルフナと名乗る人物にそう言い放つ。


 また、いざとなったら動くようにとクラルテに視線で合図し、クラルテが小さく頷くのを確認すると、俺はルフナという人物を詳しく観察する事にした。


 ルフナ・ネフシャリテは色白の肌と猛禽類(もうきんるい)想起(そうき)させる鋭い金の瞳を持った人物だ。

 整った容姿と長く伸ばした銀髪を後頭部で綺麗に纏めている事からパッと見は女性に見えなくもないが、声の低さや服装、口調からすると男性なのは間違いない。


「へぇ、君も読みづらいな……」


 ──────ん? 何だ?


 ルフナも俺を観察していたのか、俺と目がバチリと合うと何か小さく呟き、誤魔化すように含みを持った表情を見せた。


「あぁ、いえいえ。どういう了見も何も、物騒な企てなどありませんとも。そんな怖い顔をしないでいただきたい。ただ俺は、公爵家に(ゆかり)のある方々が困っているかもしれないと小耳に挟んだものでして……。宿をお探しなのでしょう? 僭越(せんえつ)ながら我がネフシャリテ辺境伯の屋敷にあなた方を招待致したく参上した次第です。宜しければ案内させていただきますよ」


 ──────こいつ、公爵家って聞いても全く物怖じしてねぇな。それに“小耳に挟んだ”だって? さっき決めたばっかの事だぞ? 知るにしたって余りにも早すぎる……。


 物怖じしていないという事は、元からそのような気質を持っているか、貴族に対して慣れている立場の人物という可能性が高い。

 後者に関しては、いつもの事ながら恐らく魔法の類いが予想される。


 俺はそっとクラルテの様子を窺う。


 ──────ここまでクラルテが動く様子はねぇ……。つまり、今のところこのルフナって奴に敵意がねぇのは本当みてぇだ。それに、現状を(かんが)みるにこのルフナって奴がフロンツィエ辺境伯の息子ってのも十分に真実味がある……。


「……分かった。けど、俺一人の判断じゃ決められない。ルフナって言ったな。お前は少しそこで待っててくれ」

「ええ。良い返事をお待ちしています」

「……クラルテ、あいつが変な動きを見せた時は頼むぞ」

「あー。えーと、それは任せて欲しいんだけど……。オチバ、ちょっと誤解があるかも……?」

「誤解? 何だそりゃ……?」

「……ちょっと待ってくれ」


 瞬間、そんな俺たちの会話を耳にしたルフナから待ったが掛かった。


「もしかして……、君がオチバ・イチジクなのか? いや、確かにその腰の剣、そしてその粗野な口調……。しまった!? 待ってくれ!! 君が想像していたよりも随分と礼儀があったものだから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()……!!」


 ルフナが敬語も忘れて素の様相で話す内容は、俺の聞き間違いじゃなければ俺に向けられたものだ。


「……な、なぁクラルテ。これっていったいどういう状況なんだ?」


 ふつふつと湧いてくる嫌な予感に冷や汗を掻きつつ、俺は今更ながらクラルテに現状の説明を求める。


 そして、


「やっぱり誤解してた……。この人はリスティアお嬢様のお客さんじゃなくて、()()()()()()()()だったんだよ」

「まさしく! オチバ・イチジク、君の勇姿はここフロンツィエまで轟いている! 是非、君と話がしたかった! 俺の屋敷に招待させてくれ!」


 俺は新しい街に来て早々、またヤバそうな奴と縁を結ぶことになるのだった。


 俺がちゃんとした宿に泊まりたかったのは、つまりこういう変な(やから)に絡まれる心配が少ないだろうと考えたからなのだが、


 ──────結局のところ、その輩が貴族だってんならどの宿に泊まっても関係ねぇ話だったってこったな……。





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