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よろしくお願いします。
ティミの件についての話があった日から二日が経過するとレファリオの容態は完全に回復し、
「オチバ・イチジク。レファリオ・アルメヒス。お前たちをセアリアス学園に赴くリスティア・アーディベルの従者に任命する」
俺とレファリオは正式にリスティアお嬢様の学園における従者に任命されていた。
併せて、ゲルトナーが起こした騒動については試験試合が白熱した結果起きてしまった出来事と説明され、ゲルトナーは療養という名目で現在はアーディベル邸から離れた場所にいる事になってるらしい。
そして、リスティアお嬢様のセアリアス学園入学まで残り二ヶ月を切っていることから、来週から俺たち従者は普段通りの業務に加え、ロルフさんやメナージュメイド長から従者としての心得を改めて叩き込まれる事が決まっていた。
来週からはより過密で過酷な日々となるのだろう。
だが、
──────それよりも先ず、明日を乗り越えねぇとだ……!
今の俺は明日に控えた重大な作戦を前に、来週の事を想像する余裕なんてどこにも無かったのだった。
◆◇◆
リスティアお嬢様の従者に任命された翌日。
本日の俺の業務は、いつも通りリスティアお嬢様の世話や何かあった時のサポートであり、今は午前の授業をそろそろ終えるリスティアお嬢様の為のお茶会の準備をティミと進めていた。
「お湯の温度はこのくらいで……いや、もう少しか?」
リスティアお嬢様のお茶会の準備は俺とティミが役割を分担して行っている。
俺の分担はお茶会の場所を手配する事や机に椅子といった調度品の準備であり、ティミの分担は厨房で作られた菓子の配膳とお茶淹れの準備だ。
しかし、本日のお茶会は俺がお茶淹れの準備をする次第となっていた。
というのも、今後学園でリスティアお嬢様がお茶会を開くとなった際、ティミが必ずお茶会の準備が出来る状態にあるとは限らないからだ。
その場合、お茶会の準備は他の従者である俺かスピラかレファリオの何れかがやらなければならない。
それらを考慮した結果、他の従者たちもお茶会の準備が出来るようになる必要があると判断され、俺は同じリスティアお嬢様の付き人という繋がりで直接ティミからお茶の淹れ方や配膳方法の手ほどきを受ける事となり、目下厨房でお湯の温度に悪戦苦闘していたのだった。
「よし……。ティミ、お湯の温度はこれくらいでどうだ? 駄目なとこがあったなら遠慮なく教えてくれ」
俺はタリスマンの魔力を止め、湯を沸かす装置を停止させると湯の入ったポットをティミに見せる。
ところが、
「ティミ? 聞こえてるか?」
「え……? あ、はい……。あ、あれ……? なんで装置を停止させて……? ま、魔力を流さないと動かないですよ……?」
「いや、教えてほしいのは装置の方じゃなくて、お茶に使う湯の温度についてなんだけど……」
「え……!? あ、そ、そうですね……! えと……えと……い、良い感じだと……思います……!」
このようにここ最近のティミはずっと上の空の状態だった。
それはやはり兄であるゲルトナーと暫く連絡を取れない事に原因があるのだろう。
表向きにはアーディベル邸から離れた場所で試験試合の怪我を療養しているとされているが、実のところゲルトナーは危険人物として牢に収容された状態にある。
その事実を知らないティミからすれば、兄の安否が気になってしまうのは無理もない事と言えるだろう。
同僚としては励ましてやりたいところだが、
──────悪ぃな、ティミ。今の俺は“お前の疑惑を探る”っていう重大な作戦を熟さなきゃなんねぇんだ……。
俺は絶賛重大な作戦を遂行している最中であった。
先日の話し合いで“ティミの疑いを晴らす手段に心当たりがある”といった提案をすると、皆はその提案内容についてすんなりと理解を示してくれた。
話し合いはとんとん拍子で進み、後はその作戦を実行するのみという段階まできたところで、
──────まさか発案した俺自身が実行者に任命されるとは……。てっきりロルフさん辺りがやってくれると思ってたのに……。
しかし、よく考えてみれば予想出来た事態でもあった。
俺はティミと二人きりになっても不自然じゃない同じリスティアお嬢様の付き人であり、他の事情を知る人たちと比較しても警戒される心配が少ない立場にいた。
その上、ティミの疑いを確かめられる方法を提案した本人でもある。
──────うーん、そりゃ俺が選ばれんのも仕方ねぇよな……。兎に角、今はティミの腹を探んねぇとだ。
ティミと二人きりになれる機会はこのお茶会準備の間くらいしかなく、その時間すらもそう長い訳ではない。
早く動くに越したことはないだろう。
「ティミ、ちょっといいか?」
「え……? な、なんですか……?」
普段俺とティミはあまり会話をしない。
だからなのだろう。唐突に会話の口火を切った俺に対し、ティミは警戒する様子を見せた。
「いや、俺もティミもリスティアお嬢様の付き人で従者だろ? けど俺たちって案外親交がねぇよなって思ってさ。リスティアお嬢様に付き添って学園に行ったらもっと連携しなきゃなんねぇ場面だってあるかもしんねぇし、ちょっとは互いについて知っとくのも悪くねぇんじゃねぇか?」
「う……そ、そうかも……しれませんね」
ティミは及び腰になりながらも俺の提案に賛同してくれたようだ。
「なら、さっそくだけど……。お前がさっきから上の空になってる理由って、やっぱゲルトナーが心配だからだよな? ゲルトナーからは妹だって聞いたよ」
先ずはゲルトナーの話題を持ち出して反応を見る。
「あ、その……えと……」
表情からすると、それは“戸惑い”だろうか。
いったい何故そんな反応をするのか疑問だが、
「お、オチバさんは……兄と仲が良かったんですか……?」
その疑問は直ぐに解消した。
──────あー、そうか。ティミは俺とゲルトナーに接点があるのを知らねぇのか……。
俺とゲルトナーの接点はお茶会の為に俺が庭園に赴く時だったのだが、ゲルトナーは毎度リスティアお嬢様と入れ代わりで庭園から姿を消していた。
そうなれば、リスティアお嬢様に付きっきりのティミが俺とゲルトナーの接点を知らないのは当然と言えるだろう。
「ああ。庭園でお茶会の準備をする時には毎回顔を会わせてたからな。それなりに言葉を交わした仲だと思ってるぜ」
「そ、そうなんですね……。あっ……話が逸れちゃいました……。はい……オチバさんの言う通りです……。えと、兄が心配で……それで注意不足になってました……。その……ごめんなさい」
「え!? いやいや、何でティミが俺に謝るんだよ!? んな必要ねぇって!? ……それどころか、お茶会準備の指導でティミの時間を使わせちまってんのは俺の方だ。ありがとな」
「あ、えと……その……ど、どう致しまして……え、えへへ」
ほんの僅かだがティミの気持ちが持ち上げ直したのを確認すると、俺は次の段階へと作戦を進める準備に入る。
「ところで、ティミの反応で俺も気づいたんだけど。この数ヶ月、俺もティミとゲルトナーが話してる所を見たことねぇんだよな。お前らはお前らでどこかで話す機会があったりしたのか?」
「えと、えと……。そ、そう言えば……孤児院に居た頃と比べて……アーディベル家に来てからはめっきり兄と話す機会は無くなりましたね……。で、でも! 昔は仲が良かったんですよ……!」
「へぇ。まぁ、ゲルトナーは面倒見が良さそうだもんな」
ティミからは、ゲルトナーに対する親愛が強く感じられる。
「……おっと、そろそろリスティアお嬢様の授業も終わる頃合いか」
「で、ですね! わ、私たちも向かいましょう……!」
配膳台にお茶会に必要な諸々を乗せた俺たちは、厨房から庭園に向かって進んでいく。
その道すがら、俺は思い出したかのようにティミに話を振った。
「……それにしても俺とティミって結構な共通点があるよな。リスティアお嬢様の付き人に従者、ゲルトナーとの接点とか」
「い、言われてみればそうですね……」
「実は他にも共通点があったりしてな?」
「そ、そうですかね……?」
「んー、そうだな。例えば、ティミには何か見据えてる目標とか将来の夢とかはねぇのか?」
「ゆ、夢ですか……?」
「ああ。まぁ、これからやりたい事とか望みでも良いんだけどさ」
そこで俺はティミに仕掛ける。
「俺の望みは、“会って文句を言いてぇ神がいる”ってことかな」
俺は、顎に指先を当てて考える仕草を取りながら、己の望みを口にしたのだった。
◆◇◆
ウルリーケ公爵らが知りたいのは、ティミがゲルトナーと志を共にしているのかどうか。ティミがクルエル教徒なのかそうでないのかという事だ。
そして、それを確かめる方法を俺はとうの昔に知っていた。
“クルエル教の符号を使う”。
それが俺がウルリーケ公爵たちに提案したティミの疑惑を確かめる方法だった。
──────頼むから反応しないでくれよ……っ!
ティミがクルエル教徒でない事を祈りつつ、俺はティミの反応を注視する。
しかし、
「そ、それは……っ!?」
ティミは明らかに動揺する素振りを見せていた。
──────そう、か。
ティミのその反応は、周囲に隠れて監視するロルフさんやメナージュメイド長、そしてウルリーケ公爵とリスティアお嬢様にもしっかりと見られた事だろう。
視界の端、ティミのずっと後方でロルフさんが動き出し始める様子が見て取れる。
ティミがそれに気づく様子はない。
何故なら、クルエル教の符号には続きがあるからだ。
クルエル教徒は、符号に対して符号を返す。
瞳を揺らすティミは、このままクルエル教の符号を俺に返すのだろう。
ティミは腕を徐々に上げていく。
そして、
「かか、か……神様に物言いするなんて……!? ば、罰当たりですよ……!? ま、まさかその神様ってロイ神とライハ神の事じゃないですよね……!?」
「うぉ!? や、止めっ!?」
ティミは持ち上げたその両手で俺の両肩を掴み、思い切り揺さぶり始めた。
「ち、違ぇ! 違うって! 俺が探してる神はロイ神とライハ神じゃねぇ!! だから落ち着け!?」
「そ、そうなんですか……? それなら……落ち着け、る訳ないじゃないですか……!? 全然……! 落ち着けません……!」
そんなこんなで騒いでいると、
「おやおや? オチバ殿にティミ殿、何か揉め事ですかな?」
俺たちの後方からゆったりとした歩調で近づいてきたロルフさんが声を掛けてきた。
「あ……え……? ろ、ロルフさん……!? い、いえ!? な、何でもありません……! お、オチバさん! ほら、オチバさんも……そうですよね……っ!」
「……そ、そうですね。少しだけ騒いじゃいましたけど、問題とかではないです」
「そうですか。ならば結構です」
ロルフさんはティミの反応を見て全てを察したのだろう。
ティミに気付かれないよう俺に視線で合図すると俺たちの前を通り過ぎていく。
と思われたが、ロルフさんは俺たちに背を向けた状態で突然その足を止める。
「貴方達はリスティアお嬢様の付き人であり、従者です。人目のない所でも常に人目を気にして過ごしなさい……とまでは言いませんが、学園ではあまり羽目を外さないようお願いします。それと、リスティアお嬢様はもう庭園に向かわれておられる様です。それでは」
ロルフさんは俺たちにそう告げると今度こそ去っていく。
「び、びっくりしました……」
「ま、お咎めなしって事みたいだから俺はホッとしたよ。それより、リスティアお嬢様がもう庭園に向かってんなら急がねぇとだな」
「そ、そうですよ……!? 急いでください……! 最近のリスティアお嬢様は優しくなられましたけど、いつ前みたいに怒りっぽくなったっておかしくないんですから……!」
ティミは当然預かり知らない事だが、ロルフさんたちとの話ではティミの疑惑が解けなかった場合、ティミはこの場で拘束される手筈になっていた。
つまり、
──────ウルリーケ公爵とロルフさんは、ティミは大丈夫だって判断してくれたんだな。
こうしてティミの疑惑は当人の知らぬ間に晴れ、“アーディベル家の使用人にクルエル教徒は潜んでいない”という結論が下されたのだった。
「な、何で立ち止まってるんですか……!? 叱られたらオチバさんのせいですよ……!?」
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