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よろしくお願いします。
『ここでゲルトナーを倒す』。
そう意気込んで作戦を開始したものの、未だ俺たちはゲルトナーの魔力核を見つけられずに悪戦苦闘していた。
その理由は至極単純。
魔王と化したゲルトナーの図体があまりにも巨大過ぎるからだ。
人の姿をしていた時のゲルトナーも滅多に見ないような巨漢ではあったが、
──────魔物と融合した今はそれとは比較になんねぇ大きさだな……ッ!
ゲルトナーの下半身は完全に植物魔物の茎部分と一体化している。
茎から上に視線を向けるとその頂点には巨大な白花が咲き誇り、茎の途中から伸びる幾つもの蔓にも大きな花が見受けられ、下に伸びて地面に接地している茎はそのまま地中へと続いている。
魔力核の大きさがどれ程のものなのか分からないが、この巨大な質量の中から見つけ出す行為が至難の業であることは言うまでもない。
加えて、
────ゲルトナーの野郎、俺たちの作戦に勘付いてやがる……ッ!
ゲルトナーは蔓による攻撃対象をクラルテからスピラに移していた。
蔓の大半は強力な魔力を発するクラルテの光球に引き寄せられているが、それでもスピラの魔眼が発する魔力に反応する蔓も多数あり、ドミがスピラを護っているお陰で何とか均衡を保てている状態と言わざるをえない。
つまり、ドミの体力が尽きても、クラルテの魔力が尽きても俺たちの負けという訳だ。
そうならない為にもスピラはゲルトナーの魔力核を探し、俺はゲルトナーの弱点に繋がる他の手掛かりを求めて観察し続けるのだが、
────あいつ、マジで体力が無尽蔵なんじゃねぇか……?
観察すればするほど、ゲルトナーの体力が底なしだという事が理解出来る。
魔王となったことで魔力と共に体力も格段に上がっている事が窺えた。
「……クラルテさん。少しですが魔力が回復しました。影魔法が必要な時は指示を下さい。ドミさんの援護に行きます」
そうこうしている内に魔力を回復させたレファリオがクラルテに報告を済ませ、短剣を片手にドミの加勢に向かっていく。
「うん! 分かったっ! 気をつけて!」
レファリオがドミたちの下に向かうのを見送ると、如何に自分が役立たずなのかという事を自覚させられる。
リスティアお嬢様の付き人となってからは戦闘訓練の時間が設けられるようになり、ある程度は剣を扱えるようにもなったが、まだまだ人並み以下だ。
たとえ俺がスピラたちの下に駆けつけたとしても、逆に皆の足を引っ張ってしまうのは容易に想像がつく。
だがこのまま何も手を打たなければ、クラルテとドミが先に力尽きるのは間違いない。
「くそ! マジで役立たずだぞ……ッ!! 何か俺に出来ることはねぇのか……!?」
ゲルトナーの前に躍り出て注意を引くだとか、今のうちに更なる救援を呼びに行くだとか、挙げ句には石つぶてでもゲルトナーの顔面にぶつけてやれば多少は皆が楽になるんじゃないのか、などと思考が迷走していると、
「オチバ! そんな顔する必要なんてないよっ!」
クラルテの声に思考が中断させられる。
「キミが不安に感じてるのは魔王因子の影響なんだ。魔王因子は負の感情を大きくさせる。オチバ、落ち着いてみんなを見てみようっ!」
クラルテに言われ、ゲルトナーではなく、スピラ、ドミ、レファリオの戦う姿を眺める。
瞳を深紅に染めたスピラは魔力核を探す事に集中し、ドミとレファリオはひたすらスピラに迫る蔓の攻撃を対処していた。
「……皆、他の事には目もくれてねぇ」
誰もがクラルテから貰った指示を成し遂げようと動いていた。
そして、切羽詰まった状況であるというのに不思議と悲壮感はない。
──────いや、違ぇな。
「他の事を全部追いやって、目の前の事に集中してんのか」
「うん。みんな、本当は魔王の放つ魔王因子の影響で負の気持ちが強くなってると思う。対策方法は強い意思を持つこと。だからそんな負の気持ちに呑まれないようにする指揮者って存在は、実は魔王と戦う時すっごく大切なんだ。ドミは直感的に指揮が必要って分かったみたいだけどね」
クラルテが珍しく指揮を取った理由は、皆が魔王因子に呑まれてしまうのを防ぐためだったという訳だ。
「けど、そんな風に戦いながら集中出来るのは戦い慣れてる人だけ。レファリオくんが戦い慣れてるのは意外だったかな。…………ねぇ、オチバって本当は戦い慣れてないんでしょ? 流石にボクもこの数ヶ月、オチバと過ごして気付いたよ」
「──────」
さらっと言われた台詞に俺は言葉を失う。
俺に対する誤解がやっと解けたのは嬉しい事なのだが、どこか嘘がバレたような罪悪感が押し寄せ、
「何が切っ掛けか分からないけど、心の底に眠る魔王の精神と入れ替わっちゃう時がある……って事だよね?」
「全然違ぇけど!?」
その罪悪感は直後に引いていった。
「安心して! 強い心を持てば魔王因子は抑えられるから!」
「ど、どんどん誤解が複雑になっていきやがる……!」
誤解が解けていなかったことに悔しさと何故か安堵を覚えるが、今の一連の流れで俺が感じていた悲壮感や危機感は先ほどよりも小さくなったような気もする。
それに冷静になって腑に落ちた事が一つあった。
それは、
「俺が戦闘慣れしてねぇから、俺への指示はゲルトナーの観察だったんだな。済まねぇ。俺がもっと戦えてたら……」
実力不足を痛感し、ついクラルテに謝ってしまうが、
「え? 違う違う! そんな理由じゃないよっ!」
クラルテは心底驚いた様子でそれを否定した。
「ボクはみんなが得意にしてる事を頼んだだけ! スピラは魔眼のお陰で魔力が見えるし、ドミは魔力がないけど身体能力が高いからすごく自由に動ける! オチバは洞察力が誰よりもあるでしょ!」
危機的状況にあるというのに、クラルテは普段以上に自信満々な表情を浮かべている。
「まぁ、レファリオくんの事はあんまり詳しくないからいつでも影魔法が使えるようにって頼んだんだけど……。でも大丈夫! だってスピラなら絶対に魔力核を見つけられるし、ドミは絶対にスピラを護り切る。だったらボクはみんなを助けるために最初に力尽きる訳にはいかないし、オチバだってみんなの為に絶対活路を見つけてくれる!」
その表情の理由は俺たちへの信頼からくるものだ。
しかし、それは盲目的な信頼ではない。
クラルテが信頼するのは、俺たちが今まで互いに見せてきた武器であり、その武器が実績を伴っているからだ。
そして、その気持ちは俺にもよく理解出来る。
「……ありがとな、クラルテ。ちょっと俺、勘違いしてたわ」
最初から俺の役目は示されていた。
俺の役目は皆を直接援護することじゃない。
俺の役目は、
「ただひたすら考え抜いて、後は誰かに頼る! それが俺のやり方だったよな!」
「きょ、極端だけど……オチバらしいといえばらしいのかなぁ」
そうと心が定まれば、俺はさっそく思考に没頭する。
今のゲルトナーだけじゃなく、今までのゲルトナーからもヒントはないか。
ゲルトナーだけじゃなく、他の場所からも手掛かりを見つけられるかもしれない。
この世界で過ごした日々に糸口はないだろうか。
そうして次々と記憶を辿っていくと、
「…………あ?」
幾つかの記憶が結びつき、ある可能性に行き着いた。
それは、俺がロイライハ帝国に行くことを決めた時と、リスティアお嬢様と初めて邂逅した時の記憶。
その時の俺は、ロイライハ帝国の状況やリスティアお嬢様の性格、身の上、そしてこの先に待ち受ける彼女の学園生活を予想し、まるで乙女ゲームを舞台にした悪役令嬢の物語だと感じたのを覚えている。
そして、俺が神によってこの世界に呼ばれたように、もしかしたらリスティアお嬢様も神によって運命を弄られている存在なのかもしれないと思った。
それは証拠もないただの俺の妄想だ。
だが、その妄想を否定出来る証拠もない。
もしこの妄想が事実だとすれば、この『舞台』と『配役』を整えた神が必ずいる筈であり、違う神によってこの世界にやって来た俺は『イレギュラーな存在』でしかないという可能性が考えられる。
それを前提にもう一つの記憶を付け足して考えると、ある仮説が立った。
「……なぁクラルテ。確認すっけど、魔王の弱点ってのは魔力核だけなのか? 例えば、心臓を狙ったりとか、多量失血や呼吸困難で倒すって手段は?」
「──────鋭いね。うん。オチバの想像通りだよ。魔王も生き物としての弱点を備えてる。でもそうした弱点を突いても、魔力核がある限り魔力で回復されちゃう。だから、先に魔力核を破壊するんだ」
「だよな。って事は、ゲルトナーの魔力を無効化出来るなら魔力核は無視しても構わねぇんだよな?」
「……うん。そうなるね。でもそんな手があるの?」
クラルテは俺に疑問を投げ掛けるが、その目は俺が打開策を見つけ出したと信じて疑っていない。
「ある。属性融合魔法だ」
仮説を完成させるため最後に付け足した記憶は、魔力研究機関でのものだ。
ゲルトナーの魔力を無効化する手立ては、ピアード博士との会話にあった。
「なんでも、属性融合魔法は他の魔力や魔法と融合して新しい魔法を生み出すらしい。この状況を打開するにはうってつけの魔法だろ?」
「……確かに。けど、ボクはその魔法を使える人に心当たりは──────ううん、オチバには心当たりがあるって事なんだね?」
「ああ……」
俺の見出した仮説は、“この場に属性融合魔法の使い手として配役された人物が存在している筈”というものだ。
普通に考えれば、都合よくそんな人物がこの場にいる筈ない。
だが、この状況が“神によって整えられた乙女ゲームのような舞台”だとするならば、話は違ってくる。
その仮説を補強するのが、属性融合魔法と皇帝候補者の関係だ。
属性融合魔法を使える者は皇帝候補者としての資格を得るというのがロイライハ帝国の決まりだ。
また、ロイ神とライハ神によって帝国臣民のたった六人にしか与えられない魔法だという。
──────乙女ゲームを舞台にしてんなら、その六人が攻略対象としか思えねぇ。
噂に聞くクラウディオ・ドリスという人物も、ロイライハ帝国が乙女ゲームを舞台にしている可能性を強めている。
リスティアお嬢様の婚約者であるクラウディオ・ドリスは、火の属性融合魔法が使えるらしく、現在ロイライハ帝国において最も勢いのある皇帝候補者だ。
更に噂によると容姿端麗で心優しく、正義感の強い人物らしい。
──────まさに乙女ゲームで言うところの“攻略対象”にピッタリな人物像って訳だ。
リスティアお嬢様の存在もそうだ。
悪役令嬢の道を進もうとしていたリスティアお嬢様と、乙女ゲームの攻略対象として相応しい道を進むクラウディオ・ドリス。
その二人が婚約しているという状況。
──────出来すぎてんだろ。絶対に誰かが仕組んでやがる。
だが、今重要なのは“誰が仕組んでいるか”じゃない。
重要なのは、
──────仕組まれてるってんなら、俺やクラルテが関わらなくても最初からゲルトナーを収められる配役がいた筈だって事だ……ッ!
いったいその人物は誰なのか。
──────そいつは、今この場にいてもおかしくねぇ人物だ。
つまり、従者採用試験に参加する資格を有していて、且つ従者になる意欲がある人物ということ。
──────そいつは、乙女ゲームなら攻略対象なんて呼ばれるような人物像を持ってる。
これまでの推察から、ロイライハ帝国を取り巻く状況は乙女ゲームがモチーフになっていると俺は確信している。
属性融合魔法を使えるその人物は、皇帝候補者としての資格を持っているということであり、クラウディオ・ドリスと同格の存在であると考えられる。
クラウディオ・ドリスを乙女ゲームの攻略対象と仮定するなら、同格であるその人物も攻略対象である可能性が高い。
──────そいつは男で、それなりに目立つ人物だ。
乙女ゲームの攻略対象は基本的に男性と見るのが自然だ。
そして攻略対象だとするなら、人目を引く何かを持っているに違いない。
それらの条件を全て満たす人物を考える。
「いや、考えるまでもねぇ……。むしろ、あんなにキャラが立ってたのになんで気づかなかったんだって感じだぜ……」
間抜けな自分に苦笑いしつつ、全ての条件を満たしている人物へと視線を向ける。
「お前が属性融合魔法の使い手だったんだな」
俺は遂に属性融合魔法の使い手を突き止め、
「レファリオ・アルメヒス」
その名を呟くのだった。
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