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よろしくお願いします。
超巨大植物魔物の茎から上半身を生やしたゲルトナーは、俺たちを視界に捉えると上腕を振り上げる。
その姿はまるで指揮者のようで、この後に起こる事態を否が応でも想像させられた。
「レファリオっ! 何か来るぞ……っ!!」
「分かってます……!!」
直後、ゲルトナーの上腕が振り下ろされると同時に今まで周囲に展開されていた巨大植物の蔓が俺たちに向けて襲いかかる。
────くそ……! ゲルトナーの奴、蔓を何本も動かせるようになってやがる……!!
俺もレファリオも多数の蔓を一度に処理する術を持たない。
だからここは回避に専念する他ないのだが、
────避け続けんのだっていつか限界は来ちまう……!
俺たちに休む間を与えないようにするためだろう。
蔓による攻撃の手は絶え間なく続き、足を止めようものなら次の瞬間には強烈な一撃を貰ってしまう状況を作られてしまった。
────このままじゃジリ貧だ……! 何とかして打開する切っ掛けを作んねぇと……!
打開の役目を担う人物がいるとすれば、現状それは俺しかいない。
その理由は俺の方がレファリオよりも回避に余裕があるからだ。
蔓は今まで同様に魔力を持った存在を優先的に攻撃する性質を待ち合わせているのか、明らかに俺に対する攻撃よりもレファリオに対する攻撃が多い。
俺が回避を成功させ続けられているのは、魔力を持つレファリオが蔓の注目を集めてくれているという側面が大きく影響していた。
そして魔力のない俺が蔓に攻撃されているという点を考えると、
────恐らく俺を狙ってる蔓はゲルトナーが直接操作してやがんな。
しかし、それが分かった所で、
────この状況を打開する切っ掛けなんてどう作りゃいいんだ……?
事態を好転させるアイデアは未だ出てこない。
────今の俺には武器に出来るような物なんて持ってねぇ……。
目くらましに使える可能性のあった催涙風船爆弾は、ゲルトナーに魔力を気取られる可能性を考慮し、タリスマンをキールに預けるタイミングで手放してしまっている。
魔剣はそれ自体に魔力を持っていないため今も手元にあるが、タリスマンが無い状況では剣身を持たない只の柄でしかない。
────俺が囮になってレファリオに逆転の一手を任せる? …………いや、それも駄目だ。
レファリオを攻撃する蔓はゲルトナーが直接操作してる訳じゃない。
俺がゲルトナーの注意を引いた所でレファリオに対する攻撃の手が緩むことはないだろう。
────当然、レファリオに近づくのも悪手だ……。
レファリオを襲う蔓が増えるだけであり、俺という足枷まで負う事になる。
極めつけは、
────領域魔法と巨大植物の壁のせいで外に助けを呼びに行くことも出来ねぇ……! くそっ……! 俺が動いて何とかできるって状況じゃねぇぞ……!
いくら考えてもこの状況を覆す手段が思いつかず、焦りだけが募っていく中、
「……っ!? レファリオ!!」
とうとう蔓の攻撃がレファリオを捉えた。
だが、
「……今のは本当に危ない所でした」
ぎりぎりでレファリオは影魔法を発動させる事に成功していたようで、蔓の攻撃はレファリオの影へと誘導されていた。
しかし、それはレファリオ自身よりも影に内包された魔力が大きかったという事であり、
「今の影を作るのに魔力の大半を消費してしまいました……! 次、同じ手を使っても今度はちゃんと誘導出来るか分かりません!」
レファリオの魔力が確実に少なくなっている事を示している。
反対にゲルトナーの勢いは増すばかりで更に蔓の本数を増やし、
「なっ!? 地中で俺たちを囲む準備を進めてたってことかよ……っ!?」
俺たちをそれぞれ包囲するように蔓が展開されてしまっていた。
後は徐々にその包囲網を狭めていくだけで蔓の攻撃が当たるという寸法だろう。
必死に感覚を研ぎ澄ませてこの包囲網から逃れる手段を模索していくが、手掛かりは掴めない。
皮膚感覚は激しい運動によって流れる汗を認識し、味覚は渇ききった喉によって殆ど機能していない。
嗅覚は充満する超巨大植物魔物の不快な臭いを嗅ぎ取るだけであり、視覚に映るのは俺を取り囲む蔓の大群だけ。
耳を澄まして聴こえてくるのは、ジャラジャラと床を這う蔓の音や蔓が地中を進む破砕音だけだ。
────ん? いや、それにしてはおかしいような……。
何か引っ掛かる所を感じたところで、
「レファリオ……。まだ……間に合う。君の答え次第では……君だけなら……見逃してもいい」
ゲルトナーがレファリオに話を持ち掛ける。
「君が……リスティア様の洗脳を解く手伝いをしてくれると誓うのなら……君を見逃そう。これは……君の洗脳を解く為……クルエル様が用意された舞台だったんだ」
蔓に囲まれていてレファリオの表情を俺が読み取ることは出来ない。
俺に分かるのはレファリオが声を発していないという事だけだ。
「リスティア様は……未だ帝国貴族の柵に……囚われている。彼女を助け出すため……彼女の楔となっているウルリーケ公爵を……君の手で亡き者にしてもらいたい」
そんな話を持ち掛けられたレファリオは、
「…………呆れてものも言えませんね。帝国貴族の批判に続き、今度は公爵様の殺人計画。そんなものに加担するつもりはありませんよ」
当然の如く、その提案を退けた。
「そうか……。やはり貴族の洗脳は……恐ろしい。惜しいが……君も始末するしかないようだ」
ゲルトナーは交渉決裂と見るや否や、俺たちを囲む蔓の勢いを加速させる。
「すみません、オチバさん。少しでも時間を稼げれば良かったんですが……。嘘であったとしてもアーディベル家を裏切るような言葉を口にしたくありませんでした……」
レファリオの表情は見えないが、その声には申し訳無さが込められているのが分かる。
しかし、
「いや、時間稼ぎは十分に出来てたみてぇだぜ……っ」
段々と大きくなる破砕音、そして地面の振動に俺の口角は自然と上がっていく。
「……!? 何だ……この音は……!? まさか……侵入されているのか……!?」
ゲルトナーが今まで気づかなかったのは、領域魔法内に足を踏み入れられた気配をまるで感じなかったからだ。
それは、“地中にまで領域魔法の影響が及んでいない”という事を意味している。
突如、地面にひび割れが起こり、激しい破砕音と共に地面に穴が出来た。
「あ……有り得ない……! 地中には……僕の植物が……張り巡らされている……! 突破出来る筈が……ない……!」
巨大植物の魔物は魔力を好み、魔力に吸い寄せられる性質を持つ。
故に巨大植物の魔物は魔力を伴った攻撃に滅法強く、ゲルトナーはそれらの性質を利用して巨大植物を“領域魔法への出入りを阻む壁”として用いていた。
「魔力を持つ存在が近づける訳がない……!!」
そして今さっき明らかになった事だが、ゲルトナーの領域魔法は地中にまで影響しない。
ゲルトナー自身もそれを知っているからこそ、領域魔法を出入り出来る可能性のある地中にも巨大植物の魔物を張り巡らせていたに違いない。
だから、ゲルトナーはそれらの妨害をほぼ無傷で突破して現れたその人物を見て狼狽していた。
「ふぅ、やっと外か。ん? おぉ、オチバ。アンタか。無事で安心したぞ」
「ドミ!! よく来てくれた!! マジでナイスタイミングだぜ!!」
彼女の名前はドミ。
魔力を持たない体という性質こそ俺と同じだが、その代わりに人並み外れた身体能力を有している。
つまり、彼女は巨大植物魔物に対して有利に立ち回れる数少ない存在だということだ。
ドミの登場に僅かな希望を感じていると、
「ドミだけじゃねーよ! わたしもいる!!」
「スピラ!?」
「ボクもねっ」
「クラルテも!?」
ドミだけじゃなく、スピラ、そしてクラルテの二人がドミの掘った穴から現れた。
「え!? ありがてぇ救援だけど、お前らどうやって来れたんだ!? 地中でも魔力に反応する植物魔物がわんさかいたんだろ!? まさか、全部ドミに任せてたって訳じゃ……?」
「んな訳ねーだろ。植物、魔力を吸収する能力があるみてーだからな。最低限の身体強化だけして、体があいつらと接触しないようにしながら魔力を通してない武器使って戦っただけだっての」
涼しい顔でスピラはそう言うが、その体には既に幾つも生傷があり、ここまで来ることが言葉で言うほど簡単ではなかった事を物語っている。
────こいつら……俺たちを助ける為に相当無茶してくれたんだな。
「……三人とも、駆けつけてくれてありがとな。それに無事だったようで良かったぜ」
「オチバも無事で良かったよっ! でも遅れちゃった事は本当にゴメンっ! 地中で手間取っちゃったのもそうだけど、地上からだとあのゲルトナーってクルエル教徒が邪魔して助けに行けないだろうって話だったから……。本当に間に合って良かったっ!!」
どうやら地上からじゃなく地下からやってきたのは、“魔力を持つ彼女らが領域魔法に足を踏み入れるとゲルトナーに探知される”という情報をちゃんと知っていたからだそうだ。
しかしそうなると、
「『話だったから』……って、まるで誰かから聞いたみたいな感じだな? 俺たちの状況もある程度分かってたみてぇだし。もしかして領域魔法内の事情を知る術があったのか?」
「はぁ? それはアンタがあいつをわたしたちの所に寄越したからじゃねーか」
「……え?」
スピラが言うには、俺が誰かをスピラたちの下に行くように指示し、今の状況を伝えさせたらしい。
────そんな指示を誰かに出した覚えなんて、
「キールの奴がアンタに指示されたって言ってたぜ?」
────あったわ。
正確にはタリスマンを持たせて動き回らせるついでの頼みとして“領域魔法の出口を探して欲しい”と頼んだのだが、
「でもここに出口はねぇ筈だろ……? どうやって出たんだ……?」
「あいつ、出口が見当たらねーからってあの植物の壁を直接登って越えやがったんだよ」
「な……っ!? それ無事なのか!?」
「命に別状はねーってよ。元々魔力が少なかったってのもあって、早いうちに魔力切れを起こしたみてーだな。そのお陰であの植物から執拗に狙われるような事はなかったんだと。そんで後は気合で植物の壁を乗り越えて、わたしたちに状況を説明したら直ぐに気絶しちまったよ」
「……マジか」
キールがそこまでの仕事をしてくれたというのは全くの予想外であり、感謝の気持ちもあるが、それよりも危険な頼みを押し付けてしまった事に罪悪感を覚える。
「アンタが気に病む事はねーよ。そうするべきだって判断したのはキール自身だからな。それよりも、ほらこれ。キールからアンタに返すように頼まれて預かってた物だ。今のアンタは何も武器がねーんだろ?」
「これは……」
スピラから手渡されたのは、俺がキールに預けていたタリスマンだ。
タリスマンを持てばゲルトナーに感知され、植物に狙われる危険性も増すだろう。
だがそれ以上に、現在の状況において自衛出来る力は最も重要だと考えられる。
「ありがとな、スピラ!」
「別に良いっての! 取り敢えず、周りの雑草を駆除するとしようぜ!」
「そうだねっ! でもその前に大切な報告があるんだ!」
話が纏まり掛けたところで声を上げたのはクラルテだ。
「実はさっき強い揺れがあった時に魔王因子を感じたんだけどね……っ! 今、直接見て確信したっ! 皆、注意して……っ!! あれは魔物じゃない! あれは──────」
それはロイライハ帝国建国以来国内で一度も確認された事のなかったという存在だ。
ロイライハ帝国の外では徐々に数を減らしつつあるものの、現存する彼らは一人で一国を滅ぼす程の力を持っており、更には強い破滅の意思をもって行動しているため、聖教会からは討伐指令まで出されている。
この世界の人々はそんな彼らを“人の世の平和を乱す魔の存在”として、こう名付けたらしい。
「──────魔王だ……っ!!」
即ち、魔王であると。
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